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第13章 広大な平原の中で起きていた事
第444話 『黒幕』という程でもない裏の存在とは
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ヌリアの主張からするとどうも『ライオンが絶滅し、それにより遊牧民の掟の盲点をついてライオンの一部を売りつけて暴利を貪っている』行為を明かすのは、この寺院が立ち行かなくなりかねない事らしい。
その表情や態度を見る限り、決してウソをついているわけではないようだ。
だがこの『白き貴婦人』の寺院を脅しつける程の相手とは何者だ?
略奪を生業にしている遊牧民ですら手を出さない回復役を脅迫するとは相当な相手だぞ。
もちろん利益も与えているから、ただ一方的に従わせているワケでもないだろうが、それでも尋常で無いことは明らかだ。
いや。よくよく考えて見ると、どうもそこには遊牧民に対する明確な悪意が感じられる。
ライオンが絶滅し、遊牧民が族長や勇者になるためにはこのパップスにて法外な値で買い入れねばならない状況を利用してただ利益を挙げるというよりは、それを固定して遊牧民を苦しめる事を望んでいる。
そんな相手が背後いるような気がするのだ。
この平原では当然、圧倒的に遊牧民の勢力が大きいが、彼らは日常的に他の部族を略奪の対象にしているから部族同士の仲は悪い。
そして遊牧生活を否定する『餓えし幽鬼』のように戒律が大きく異なる部族もあるから、族長になるためにライオンを狩る必要の無い部族もいるかもしれない。
またそれらの部族から追放されて平原の烈風の神であり『荒れ狂うもの』を崇拝する無法者も、少数と言えど決して無視出来ない存在らしい。
そいつらが手を回して、ライオンを狩る必要のある部族を苦しめているのだろうか。
だけどそれも不可解だ。
このパップスは小さな都市だが単純に聖地というだけでなく、周囲が不毛な荒野に覆われ、あとは『悪鬼の湿原』に接しているだけだから遊牧民にとって攻めるのは困難を極める場所である。
少数の無法者では隊商を襲うのが関の山のはずだ。
なにより平原で唯一といってよい、城壁に覆われた都市であるパップスを攻め落とせるような軍勢を、お互いの部族を日常的に略奪の対象とするほど仲が悪い遊牧民が形成出来るとも思えない。
とてもここにある寺院を脅しつける事のできる相手ではないな。
それではやっぱりこのパップス内部の相手なのだろうか。
しかし街の神以上の存在などそうそう思い浮かばない――いや。待てよ。
一つだけ可能性がある。
ターダから聞いた遊牧民の神話だけでなく、ロニールから聞いた獅子神信者の神話のどちらにも恨みを抱く勢力があったぞ。
そしてその勢力が本気になったら、確かにこのパップスにいる誰だろうと脅しをかける事が可能だ。
オレは意を決するとヌリアに問いかける。
「ひょっとして……このパップスで皆さんを口止めしている一番の勢力は『川の民』なんですか?」
この質問に対しヌリアはゆっくりと頷く。
「ええ……その通りです。アルタシャ様が仰った事を下手に漏らせば、この寺院も必需品を絶たれてしまうのですよ」
そうか。川の民は遊牧民からは日常的に略奪の対象とされ、しかも彼らの崇拝する川の流れを無理矢理に変えられて遊牧民を恨んでいたんだ。
そして獅子神信者の神話でも、このパップスにある岩山は、彼らの獅子神が変じたものであって、かの神が岩に変じつつある身を引きずった後がこのパップスに続く運河になったと言っていた。
いずれにせよ流れを変えられた川が『羞恥のあまりその頭を隠した』のがパップスの周囲に広がる『悪鬼の湿原』の興りだったはず。
どちらの神話も川を蹂躙した事に変わりは無い。
もちろんこれと言った武力も魔力も持たない川の民には遊牧民や獅子神信仰者に直接報復する力はない。
だから今までオレも川の民の事は、意識から外れていたんだ。これもまた『盲点』だったよ。
いずれにせよこのパップスにおいては交易品だけでなく、食料など生活必需品の多くは川を通じて運び込まれているのだった。
当然、流通に深く関わる川の民は情報通でもある。
彼らはライオンが絶滅した事を知って、こんな手で報復に出たのだろう。
ああ。力なきものだと侮っていたら、その相手に知恵で裏をかかれてやり込められるのも神話や昔話の定番中の定番だけど、実際に目の当たりにしてみるとちっとも痛快でもなければ格好良くもないな。
そしてヌリアは必死になって、オレに対して訴える。
「お願いです。ご不満なのは分かりますが、このままお引き下がり下さい。アルタシャ様はご自身の正義を貫くためには我らが苦しんでも構わないのですか?」
いかにも『不幸な被害者』のような態度だけど、ヌリアがそれで遊牧民から搾り取ったものから、おこぼれを頂いていなかったら同情したかもしれないな。
しかしやっぱりこの人も聖女教会同様に『魑魅魍魎』の一人というわけだ。
この話は関わっている殆どのもの、遊牧民、川の民、獅子神信者、パップスの住民がいずれもある面では加害者であり、また別の面では被害者で、しかもそれが絡み合って、なおかつ見方一つですぐ立場が入れ替わる。
本当にややこしいところに来てしまったものだよ。
オレにとってはやっぱりいつもの事なんだけど。
その表情や態度を見る限り、決してウソをついているわけではないようだ。
だがこの『白き貴婦人』の寺院を脅しつける程の相手とは何者だ?
略奪を生業にしている遊牧民ですら手を出さない回復役を脅迫するとは相当な相手だぞ。
もちろん利益も与えているから、ただ一方的に従わせているワケでもないだろうが、それでも尋常で無いことは明らかだ。
いや。よくよく考えて見ると、どうもそこには遊牧民に対する明確な悪意が感じられる。
ライオンが絶滅し、遊牧民が族長や勇者になるためにはこのパップスにて法外な値で買い入れねばならない状況を利用してただ利益を挙げるというよりは、それを固定して遊牧民を苦しめる事を望んでいる。
そんな相手が背後いるような気がするのだ。
この平原では当然、圧倒的に遊牧民の勢力が大きいが、彼らは日常的に他の部族を略奪の対象にしているから部族同士の仲は悪い。
そして遊牧生活を否定する『餓えし幽鬼』のように戒律が大きく異なる部族もあるから、族長になるためにライオンを狩る必要の無い部族もいるかもしれない。
またそれらの部族から追放されて平原の烈風の神であり『荒れ狂うもの』を崇拝する無法者も、少数と言えど決して無視出来ない存在らしい。
そいつらが手を回して、ライオンを狩る必要のある部族を苦しめているのだろうか。
だけどそれも不可解だ。
このパップスは小さな都市だが単純に聖地というだけでなく、周囲が不毛な荒野に覆われ、あとは『悪鬼の湿原』に接しているだけだから遊牧民にとって攻めるのは困難を極める場所である。
少数の無法者では隊商を襲うのが関の山のはずだ。
なにより平原で唯一といってよい、城壁に覆われた都市であるパップスを攻め落とせるような軍勢を、お互いの部族を日常的に略奪の対象とするほど仲が悪い遊牧民が形成出来るとも思えない。
とてもここにある寺院を脅しつける事のできる相手ではないな。
それではやっぱりこのパップス内部の相手なのだろうか。
しかし街の神以上の存在などそうそう思い浮かばない――いや。待てよ。
一つだけ可能性がある。
ターダから聞いた遊牧民の神話だけでなく、ロニールから聞いた獅子神信者の神話のどちらにも恨みを抱く勢力があったぞ。
そしてその勢力が本気になったら、確かにこのパップスにいる誰だろうと脅しをかける事が可能だ。
オレは意を決するとヌリアに問いかける。
「ひょっとして……このパップスで皆さんを口止めしている一番の勢力は『川の民』なんですか?」
この質問に対しヌリアはゆっくりと頷く。
「ええ……その通りです。アルタシャ様が仰った事を下手に漏らせば、この寺院も必需品を絶たれてしまうのですよ」
そうか。川の民は遊牧民からは日常的に略奪の対象とされ、しかも彼らの崇拝する川の流れを無理矢理に変えられて遊牧民を恨んでいたんだ。
そして獅子神信者の神話でも、このパップスにある岩山は、彼らの獅子神が変じたものであって、かの神が岩に変じつつある身を引きずった後がこのパップスに続く運河になったと言っていた。
いずれにせよ流れを変えられた川が『羞恥のあまりその頭を隠した』のがパップスの周囲に広がる『悪鬼の湿原』の興りだったはず。
どちらの神話も川を蹂躙した事に変わりは無い。
もちろんこれと言った武力も魔力も持たない川の民には遊牧民や獅子神信仰者に直接報復する力はない。
だから今までオレも川の民の事は、意識から外れていたんだ。これもまた『盲点』だったよ。
いずれにせよこのパップスにおいては交易品だけでなく、食料など生活必需品の多くは川を通じて運び込まれているのだった。
当然、流通に深く関わる川の民は情報通でもある。
彼らはライオンが絶滅した事を知って、こんな手で報復に出たのだろう。
ああ。力なきものだと侮っていたら、その相手に知恵で裏をかかれてやり込められるのも神話や昔話の定番中の定番だけど、実際に目の当たりにしてみるとちっとも痛快でもなければ格好良くもないな。
そしてヌリアは必死になって、オレに対して訴える。
「お願いです。ご不満なのは分かりますが、このままお引き下がり下さい。アルタシャ様はご自身の正義を貫くためには我らが苦しんでも構わないのですか?」
いかにも『不幸な被害者』のような態度だけど、ヌリアがそれで遊牧民から搾り取ったものから、おこぼれを頂いていなかったら同情したかもしれないな。
しかしやっぱりこの人も聖女教会同様に『魑魅魍魎』の一人というわけだ。
この話は関わっている殆どのもの、遊牧民、川の民、獅子神信者、パップスの住民がいずれもある面では加害者であり、また別の面では被害者で、しかもそれが絡み合って、なおかつ見方一つですぐ立場が入れ替わる。
本当にややこしいところに来てしまったものだよ。
オレにとってはやっぱりいつもの事なんだけど。
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