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第14章 拳の王
第507話 『本物』ならばと迫られて
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オレはとにかく役人達から背を向けて駆け出そうとするが、そこでオレの腕をつかむ手が現れた。
「お待ちなさい。ここは愚僧とお話よろしいでしょうか」
なんだ? さっきの言葉からするとマクラマンはオレを『本物』と思っていたはずなのに、なんで止めるのか。
いや。待てよ。
マクラマンがもっとも重視するのが秩序と弱者保護だとしたら、オレに要求してくることはだいたい見当がついてくる。
「あなたが本物であれば、法に則って自らの潔白を証明すべきです」
「いえ……マクラマンさんの仰る事は分かりますけど……」
やっぱりこうなるか。
悪意で言っているワケではないのだけど、こういう善意もオレにとってはむしろ困るだけなんだよなあ。
これまで何度もあったプロポーズの押しつけをされるのに近い気分だ。
「もちろんお気持ちは分かりますよ。あなたはきっと困っている人を助ける事を優先させ、世俗の事などどうでもよいのでしょう。だから偽者と呼ばれても気にしないし、特に身の潔白を証明する必要も考えていない事は分かります」
う~ん。間違ってはいないんだけど、微妙に食い違っている気もするのが『かゆいところに手が届かなくて』なんとも歯がゆい。
「しかしそれでもあなたはいまご自身の身の証を立てるべきです」
「それはあなたが言われていた『偽者』の事に関するものでしょうか」
「もちろんですとも。現在、あちこちで人を騙して活動している者達を止めるためにも、ここは何とぞご決断下さい」
そりゃまあ偽者がいて悪事を働いている事はオレもどうにかしたいけど、仮にオレが『本物』となったところで、それで事態が沈静化するようなものではないだろう。
そもそもオレが本物だと認定する公的機関があるわけでもなく、そこらの領主が認めたところでそんな詐欺師が『はいそうですか』と悪事を辞めるはずも無い。
「しかしここでわたしが仮に『本物』とされても、他の地域でそうそう問題が解決するものではないと思います」
「確かにそれはおっしゃる通りです。愚僧もチラと耳にしたのですが、あちこちの町や貴族が『自分のところにいるアルタシャこそ本物』だと主張し、互いに相争う事がしばしばあるそうですね」
いったいなんですかそれ?!
そんな事で争われるなんて、オレの方が真っ平ゴメンですよ。
あちこちで恋人を作って、男を手玉にとっていると言われた時は、顔が引きつったものだけど、この有様だと将来『幾つもの都市を手玉にとって戦を引き起こした』だの何だの言われてしまいかねないな。
まあそうやって『認定』している側とすれば、たぶん『アルタシャ』の名前は自分たちの権威付けに勝手に使っているだけなんだろう。
そのあたりはオレの恋人を自称しているらしい、テマーティン王子だのウァリウス皇帝だのとあまり変わらないと言えるかもしれないが、どっちにしてもオレの意志とは無関係に暴走しているところは同じか。
「聞くところによるとあるところではどちらが本物か明らかにするため、直接対決させるという事もあったそうです」
「それで……どうなったんですか?」
まさかお互いに魔術勝負とかして、勝った方が本物とかそういう展開でしょうか?
もちろんオレがそんな勝負をやらされることになったら、とっとと逃げ出すけどね。
それで『偽者』認定されても仕方ない。
どういう事情があろうと、オレは他人と殺し合いなんて真っ平だから。
「その対決の当日、双方が揃って姿を消したそうです」
「なるほど……」
要するに両方共に相手が本物かもしれないと思って、さっさと逃げ出したというわけか。
もうここまで来ると『喜劇』だな。
もっともオレ自身、そんな事になったら逃げ出すのは間違い無いから、本物でも偽者でもやることが一緒というのは、我ながら苦笑せざるをえないよ。
「笑い事ではありませんよ。こんな話はあちこちに転がっているのですからね。それで少なからぬ混乱が引き起こされているのです」
そういってマクラマンは更に迫ってくる。
「そのような混乱を食い止め、秩序を守るためにもここはあなたが名乗り出て、皆にその存在を示すべきでしょう。もちろん愚僧も微力を尽くしてお助けしましょう」
うう。良くも悪くも口説かれるのは慣れてきたせいか、それなりに対応出来るようになった気もするが――あんまり嬉しくもないけどな――こうやって迫られるとこっちが押されてしまいそうだ。
何とも困った事にマクラマンは明らかに『善意』で言っているワケだし、彼の立場からすれば当然の主張なのだ。
聖女教会の追っ手であるミツリーンも似たような事を口にしていたけど、今後はプロポーズしてくる男だけでなく、こんな相手にも追われる事を考えねばならないのか。
「少し待ちなさい。相変わらずイーヒルムの信徒は押しつけがましいですね」
「そうだ。勝手に決めつけるな」
ここでマクラマンに対し、ビネースとミーリアが止めに入ってきた。
「彼女はきっとそんな『偽者』の相手で不毛な時間を取られるよりも、一人でも多くの人間を助けたいと思っておられるのでしょう。それは尊重すべきではないですか?」
「そうだ。偽者に騙されるのも本人の責任というものだ。私はそんな連中を直接見た事は無いが、欲得に目がくらんだ結果とすれば自業自得ではないか」
今度は役人そっちのけで、相変わらず面倒臭い口論に発展しそうだ。
考えてみたらこの三人は信仰の食い違いのせいで、もともと仲が悪かったけど、一番険悪だったビネースとミーリアがなぜか一緒になってマクラマンに対抗しているのが何とも皮肉な話だ。
どっちにしてもオレの意志とは無関係に話がこじれているのは変わりないのだけどな。
「お待ちなさい。ここは愚僧とお話よろしいでしょうか」
なんだ? さっきの言葉からするとマクラマンはオレを『本物』と思っていたはずなのに、なんで止めるのか。
いや。待てよ。
マクラマンがもっとも重視するのが秩序と弱者保護だとしたら、オレに要求してくることはだいたい見当がついてくる。
「あなたが本物であれば、法に則って自らの潔白を証明すべきです」
「いえ……マクラマンさんの仰る事は分かりますけど……」
やっぱりこうなるか。
悪意で言っているワケではないのだけど、こういう善意もオレにとってはむしろ困るだけなんだよなあ。
これまで何度もあったプロポーズの押しつけをされるのに近い気分だ。
「もちろんお気持ちは分かりますよ。あなたはきっと困っている人を助ける事を優先させ、世俗の事などどうでもよいのでしょう。だから偽者と呼ばれても気にしないし、特に身の潔白を証明する必要も考えていない事は分かります」
う~ん。間違ってはいないんだけど、微妙に食い違っている気もするのが『かゆいところに手が届かなくて』なんとも歯がゆい。
「しかしそれでもあなたはいまご自身の身の証を立てるべきです」
「それはあなたが言われていた『偽者』の事に関するものでしょうか」
「もちろんですとも。現在、あちこちで人を騙して活動している者達を止めるためにも、ここは何とぞご決断下さい」
そりゃまあ偽者がいて悪事を働いている事はオレもどうにかしたいけど、仮にオレが『本物』となったところで、それで事態が沈静化するようなものではないだろう。
そもそもオレが本物だと認定する公的機関があるわけでもなく、そこらの領主が認めたところでそんな詐欺師が『はいそうですか』と悪事を辞めるはずも無い。
「しかしここでわたしが仮に『本物』とされても、他の地域でそうそう問題が解決するものではないと思います」
「確かにそれはおっしゃる通りです。愚僧もチラと耳にしたのですが、あちこちの町や貴族が『自分のところにいるアルタシャこそ本物』だと主張し、互いに相争う事がしばしばあるそうですね」
いったいなんですかそれ?!
そんな事で争われるなんて、オレの方が真っ平ゴメンですよ。
あちこちで恋人を作って、男を手玉にとっていると言われた時は、顔が引きつったものだけど、この有様だと将来『幾つもの都市を手玉にとって戦を引き起こした』だの何だの言われてしまいかねないな。
まあそうやって『認定』している側とすれば、たぶん『アルタシャ』の名前は自分たちの権威付けに勝手に使っているだけなんだろう。
そのあたりはオレの恋人を自称しているらしい、テマーティン王子だのウァリウス皇帝だのとあまり変わらないと言えるかもしれないが、どっちにしてもオレの意志とは無関係に暴走しているところは同じか。
「聞くところによるとあるところではどちらが本物か明らかにするため、直接対決させるという事もあったそうです」
「それで……どうなったんですか?」
まさかお互いに魔術勝負とかして、勝った方が本物とかそういう展開でしょうか?
もちろんオレがそんな勝負をやらされることになったら、とっとと逃げ出すけどね。
それで『偽者』認定されても仕方ない。
どういう事情があろうと、オレは他人と殺し合いなんて真っ平だから。
「その対決の当日、双方が揃って姿を消したそうです」
「なるほど……」
要するに両方共に相手が本物かもしれないと思って、さっさと逃げ出したというわけか。
もうここまで来ると『喜劇』だな。
もっともオレ自身、そんな事になったら逃げ出すのは間違い無いから、本物でも偽者でもやることが一緒というのは、我ながら苦笑せざるをえないよ。
「笑い事ではありませんよ。こんな話はあちこちに転がっているのですからね。それで少なからぬ混乱が引き起こされているのです」
そういってマクラマンは更に迫ってくる。
「そのような混乱を食い止め、秩序を守るためにもここはあなたが名乗り出て、皆にその存在を示すべきでしょう。もちろん愚僧も微力を尽くしてお助けしましょう」
うう。良くも悪くも口説かれるのは慣れてきたせいか、それなりに対応出来るようになった気もするが――あんまり嬉しくもないけどな――こうやって迫られるとこっちが押されてしまいそうだ。
何とも困った事にマクラマンは明らかに『善意』で言っているワケだし、彼の立場からすれば当然の主張なのだ。
聖女教会の追っ手であるミツリーンも似たような事を口にしていたけど、今後はプロポーズしてくる男だけでなく、こんな相手にも追われる事を考えねばならないのか。
「少し待ちなさい。相変わらずイーヒルムの信徒は押しつけがましいですね」
「そうだ。勝手に決めつけるな」
ここでマクラマンに対し、ビネースとミーリアが止めに入ってきた。
「彼女はきっとそんな『偽者』の相手で不毛な時間を取られるよりも、一人でも多くの人間を助けたいと思っておられるのでしょう。それは尊重すべきではないですか?」
「そうだ。偽者に騙されるのも本人の責任というものだ。私はそんな連中を直接見た事は無いが、欲得に目がくらんだ結果とすれば自業自得ではないか」
今度は役人そっちのけで、相変わらず面倒臭い口論に発展しそうだ。
考えてみたらこの三人は信仰の食い違いのせいで、もともと仲が悪かったけど、一番険悪だったビネースとミーリアがなぜか一緒になってマクラマンに対抗しているのが何とも皮肉な話だ。
どっちにしてもオレの意志とは無関係に話がこじれているのは変わりないのだけどな。
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