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第15章 とある御家騒動の話

第544話 「領主投票」についてあれこれと

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 一応はドズ・カムの町について話をしてくれたのは、オレをそれなりに信頼してくれたからだとは思いたい。
 しかしミリンサはまだオレの事を全面的に信じるわけにもいかないのだろう。

「それではミリンサさんが追われているのは、あなたの票目当てなのですか?」
「恐らくはそうでしょう……しかしそこまでは私もこれまで追ってくる相手と話をして確認したわけでもないので……」

 どうにも歯切れが悪いが、明確に嘘をついているわけではなににせよ、やっぱり何かを隠しているように思えるな。
 ただどうしても教えるわけにはいかないとか、騙して利用しようとか、そういうわけでは無く、やっぱりオレの事を信じ切れないという感じだろう。

 ミリンサがどんな風にオレについて聞いているかはよく分からないが、このマニリア帝国でオレは『皇帝が崇拝している女英雄』でもあったりするので、逆を言えば帝国中央の圧力とも取られる可能性があるわけだ。
 元の世界の基準で考えると、幾ら帝国が過去の内戦で傾いていると言っても、規模では比較にもならない地方の半独立領のひとつが、皇帝の威光に逆らうなど愚の骨頂だろう。
 しかし過去の歴史を見ると無謀であっても中央政権の意に沿わずに刃向かい、滅ぼされた領主が多数いたのだから、同様の事がドズ・カムで起きても不思議では無い。

 そんなわけでオレが彼女の立場でも、地方領主の後継者争いにウァリウス皇帝と密接な関係のある相手が、自分の正体を隠して関わってきたら『裏に何かあるのでは?』と勘ぐってしまうのは間違い無い。
 しかも皇帝はその気になれば領主家を『お取りつぶし』まで出来るわけだから、警戒されるのは仕方ないし、困った事にウァリウス自身もオレの身を心配して本当に皇帝本人が乗り出して来かねない勢いだった。
 そうなるとやはりオレを警戒するのは当然か。

 しかしミリンサはオレの助けを当てにしているところもありそうだ。
 ムシがいいと言えるかもしれないが、己の身はもちろん故郷がどうなるか分からずに不安なので、色々と悩んでいるのだろう。
 ただそれでも分かっている限りは教えてもらいたいところだ。

「それではドズ・カムの女性はどれぐらいの数がいるのです? だいたいの数字でいいので教えて下さい」
「わたしがドズ・カムを出たとき成人の女性で市民として認められているのは七百人はいたでしょうか。恐らく今でも大差は無いはずです」

 そのあたりはだいたいオレの想像と同じぐらいか。
 そうすると男女比が同じで子供も相応にいるとなると、ドズ・カムの町の住民は二千人かそこらだろうか。
 この世界の基準ではまずまずの町なんだろうな。

「あと市民と認められていない下層階級の者が町とその周辺に市民と同じか、少し多いぐらい住んでいましたが、彼らには領主を選ぶ権利はありません。投票できる女性の数が変わらないと言えるのも、正式な市民になるにはいろいろと条件が必要なので、そうそう数が変わらないと言えるからです」

 うう。女性の権利はまだ高い方だけど、身分に関してはいろいろと厳しそうだな。
 まあ何年も住んでいても『よそ者』扱いされるような、閉鎖的な共同体の存在は元の世界でもしばしば問題になっていたから、そこに突っ込みを入れても仕方ない。
 しかし少なくとも数百人の女性が投票するとして、ミリンサ一人をこれほど躍起になって追う理由は何なのだろうか?
 票が割れて僅差になる事はあるだろうけど、そもそも投票する女性達も最初から誰に決めるかハッキリしていない人間が多いはず。
 元の世界の選挙でも『投票する候補を誰にするかは当日に決める』という人間が無視出来ない数いたのだから、それはこちらでもそう変わらない筈だ。
 そうすると遠方から戻っているたった一人に対して目くじらを立てるのはどう考えてもおかしい。
 とにかく確かめるべき事はいくつかあるな。

「ミリンサさんは数年前にドズ・カムを出たと言っておられましたけど、その理由はなんですか?」
「勉学のためです。恥ずかしながら勉強は出来たもので、父が金を出して学校に入れてくれたのです。それと前もってお教えしておきますが、今回戻るように言われた理由も、領主を決める投票のためです」
「それで票はひとりにつき一票なのですか?」
「もちろんですよ。投票資格があるのなら、誰であっても一票です」

 それは当然だろうなあ。
 たとえば出した金に応じて一人に何票も配分されるとか、そんなシステムなら人を雇ってまで彼女を追い回すのもおかしい。

「あと誰が誰に投票したのかは、他の人間に分かるのですか?」
「聞くところでは昔はそういうやり方をしていたそうですが、それでは後で報復があって混乱を招くので、今では誰に投票したかは分からないようにやることになっています」

 それなら投票そのものは安心して出来るのだな。
 ますますもってミリンサ一人に固執する理由が分からない。

「それでは改めて聞きますけど、本当にミリンサさんは自分が追われる理由に心当たりのある限り教えてくれませんかね?」
「先ほど申し上げた通り領主を決める投票にて私の票が目当てだとは思いますが……それ以上は何とも……」

 やっぱり話題がそこに来ると何か奥歯にものが挟まったような感じになるな。
 その理由の一端として、皇帝とは親密だと聞いたオレを信じ切れないところがあるのは間違い無いだろうな。
 仕方ない。今は無理をせずに一緒に行動してオレを信頼してもらうしかないのだろう。
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