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第17章 海と大地の狭間に
第669話 隠そうとした事の報いとは
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そしてここでヴェガは改めてオレに念押ししてくる。
「これでアルにも、かの干拓地に棲まうもの達がおぞましい邪神を崇拝していると言う事が分かっただろう」
「ええ……まあ……」
適当に相づちを打ったが、もちろんヴェガの唱える『神の法』は干拓地の住民に適用される事は決していないから話はややこしい。
そして恐らく干拓地の住民の殆どにとっては双子神の司祭は、神の力で塩害を取り除くなどの恩恵を有り難がっているだけで、近親婚については特に興味が無い。
眉をひそめる人間もある程度はいるようだが、そんな事よりもまず日々の暮らしが大切なのは当然なのだ。
また干拓地を離れたところだと、逆にその手の話は別世界の事であって、ムキになって糺弾する程の事でも無い。
要するに大多数の農民にとっては『どうでもいい話』なのである。
しかしこれは決して楽観できる状況という事では無い。
ヴェガはそのように司祭階級の近親婚について気にしていない一般の農民達にも嫌悪感を抱いているのは明らかだ。
たぶん彼女にとっては『悪を見逃す者も悪』という観点で、干拓地の住民も全部『敵』に見えているだろう。
そして恐らくヴェガの崇めるアンティリウス神の信徒はもちろん、それ以外の役人も双子神の信徒には寛大では無いだろう。
つまり今後の行動には今まで以上の警戒が必要という事になる。
そしてヴェガは改めてオレに向けて問うてくる。
「そなたを疑っているわけではないが、フードをとって顔を見せてもらえるか?」
たとえ相手が女性でも、オレの素顔を見せたくは無いが、これは仕方ないか。下手に断ったらかえって疑われるのは確実だからな。
「これでよろしいでしょうか」
「むう……」
オレが素顔を晒すと、ヴェガは一瞬だが絶句する。
はいはい。こういう反応にはとっくに慣れっこですよ。
「ふう。なるほど。それでは顔を隠して旅をするのは当然か……」
一応は納得してくれたらしいが、その次の言葉はオレの背を寒くするのに十分だった。
「ところであちらの二人も顔を見せてもらえるかな」
そう言ってヴェガは今度はガレリア・エレリアの兄妹に視線を向ける。
むぐう。やっぱりそうなるか。だけど明らかにそれはマズい。
「お待ち下さい。あちらの二人は――」
「顔を見せてくれるだけで構わんのだ。あくまでも念のためにお尋ね者かどうか確認するだけだからな」
そう言ってヴェガが近寄ってくると、ガレリアは妹をかばうように前に立つ。
「気持ちは分かるが警戒する事は無い。ただお前達の顔を見せてくれたらいいだけだ」
「分かった。いいだろう……」
ひとまずガレリアが顔を見せると、ヴェガは少しばかり安堵した様子で息を吐く。
「なんだ。隠すようなものでもないだろう。それでは後ろの娘。そちらも顔を見せてくれ」
どうする? ヴェガに対し『平静』をかけて精神をロックさせるか?
しかしその場合、どっちにしてもこちらが追われるのは間違い無い。
それどころかアンティリウスの教団を上げて追跡してくる事すらあり得るぞ。
そうするとこちらから双子である事を明かした上で説得するべきだろうか。
「あの――」
オレは口を開きかけたが、それは少しばかり遅かった。
エレリアがフードを外して、ガレリアと同じ顔をさらしてしまったのだ。
そりゃまあこっちも顔をさらすなと言っていたワケでも無いし、こっちが離れたところで会話していたのでよく聞こえていなかったのだろうけど、これはマズい。
「な……なんだと?!」
ヴェガは驚愕と供にガレリアとエレリアの『同じ顔』を見回し、そしてしばしの後――
「お前達は!」
黄金に輝く槍を握りしめ、ヴェガは激発した。もしもオレが『調和』をかけていなかったら、問答無用でその切っ先が目の前にいるガレリアに突き立っていたかもしれない。
「エレリア、下がれ!」
もちろんガレリアもエレリアをかばいつつ小剣を抜いて身構える。
仕方ないので、オレはヴェガの前に飛び込みつつ叫ぶ。
「待って下さい! この人達は確かに双子ですけど、あなたが言っておられた双子神の司祭ではありませんし、もちろん結婚しているワケでもありません」
「ではなぜ黙っていた!」
確かにヴェガが怒るのは当然か。
もうここは正直に答えるしかないか。
「もちろんそれについては謝ります。しかし失礼ながら、もしもあなたがこの二人を見たら、双子で結婚している双子神の司祭だと誤解するだろうと思ってしまったのです。そして残念ながらその予想通りになってしまいました……」
「そんな空々しい嘘をつくな!」
「嘘ではありません!」
オレは必死で訴えかける。実際に嘘では無いのだけど、こうなってしまったのはオレが迂闊だったとしか言いようが無いな。
「いくら何でも双子の兄妹が一緒にいるだけで、罪に問われるわけではないでしょう。あくまでもその兄妹が結ばれるのが罪なだけのはずです。だからもしもその二人をヴェガさんが手にかける事をしたら、あなたは無辜の人間を傷つける事になりますよ!」
「その通りだ……だがそれを簡単に信じるわけにはいかんぞ」
「それならばあなたの神様に問うことは出来ないのですか?」
「む……それは……」
ここでヴェガは少しばかり恥ずかしそうに顔を背ける。
「私はまだ未熟者で、神に問う儀式が行えるのは一〇日に一度なのだ。そして次に使えるのはまだ八日ほど先だ」
ヴェガも年齢的に見ればまだ駆け出しの部類だから、その程度なんだろうな。
だが困ったぞ。本当にこの双子は恋人同士では無いのだが、しかし目的がこの近辺にある双子神の聖地を探すと明かしたら、また面倒は避けられない。
「とにかくこの二人は本当に恋人だったりしないのですよ」
「その通りだ。むしろ俺達は兄妹で結ばれる事を当たり前と考える連中がイヤで、ここまで来たんだ」
「そんな事を口先で言われただけで信じられる筈が無かろうが!」
ガレリアの叫びを聞いても、ヴェガはまるで聞く耳を持っていない。
最初にオレが二人を隠そうとしたのがつまずきの始まりだし、ここはちょっとばかりオレが我慢するしか無いか。
「本当にこの二人は恋人では無いんです。なぜなら――」
「なんだ? 根拠があるというならすぐに示せ!」
オレは次の言葉をちょっとどころではなくためらう。しかし躊躇しても仕方ない。
「なぜならこの人とわたしが恋人同士だからです!」
そう叫びつつオレはガレリアの腕にしがみついた。
「これでアルにも、かの干拓地に棲まうもの達がおぞましい邪神を崇拝していると言う事が分かっただろう」
「ええ……まあ……」
適当に相づちを打ったが、もちろんヴェガの唱える『神の法』は干拓地の住民に適用される事は決していないから話はややこしい。
そして恐らく干拓地の住民の殆どにとっては双子神の司祭は、神の力で塩害を取り除くなどの恩恵を有り難がっているだけで、近親婚については特に興味が無い。
眉をひそめる人間もある程度はいるようだが、そんな事よりもまず日々の暮らしが大切なのは当然なのだ。
また干拓地を離れたところだと、逆にその手の話は別世界の事であって、ムキになって糺弾する程の事でも無い。
要するに大多数の農民にとっては『どうでもいい話』なのである。
しかしこれは決して楽観できる状況という事では無い。
ヴェガはそのように司祭階級の近親婚について気にしていない一般の農民達にも嫌悪感を抱いているのは明らかだ。
たぶん彼女にとっては『悪を見逃す者も悪』という観点で、干拓地の住民も全部『敵』に見えているだろう。
そして恐らくヴェガの崇めるアンティリウス神の信徒はもちろん、それ以外の役人も双子神の信徒には寛大では無いだろう。
つまり今後の行動には今まで以上の警戒が必要という事になる。
そしてヴェガは改めてオレに向けて問うてくる。
「そなたを疑っているわけではないが、フードをとって顔を見せてもらえるか?」
たとえ相手が女性でも、オレの素顔を見せたくは無いが、これは仕方ないか。下手に断ったらかえって疑われるのは確実だからな。
「これでよろしいでしょうか」
「むう……」
オレが素顔を晒すと、ヴェガは一瞬だが絶句する。
はいはい。こういう反応にはとっくに慣れっこですよ。
「ふう。なるほど。それでは顔を隠して旅をするのは当然か……」
一応は納得してくれたらしいが、その次の言葉はオレの背を寒くするのに十分だった。
「ところであちらの二人も顔を見せてもらえるかな」
そう言ってヴェガは今度はガレリア・エレリアの兄妹に視線を向ける。
むぐう。やっぱりそうなるか。だけど明らかにそれはマズい。
「お待ち下さい。あちらの二人は――」
「顔を見せてくれるだけで構わんのだ。あくまでも念のためにお尋ね者かどうか確認するだけだからな」
そう言ってヴェガが近寄ってくると、ガレリアは妹をかばうように前に立つ。
「気持ちは分かるが警戒する事は無い。ただお前達の顔を見せてくれたらいいだけだ」
「分かった。いいだろう……」
ひとまずガレリアが顔を見せると、ヴェガは少しばかり安堵した様子で息を吐く。
「なんだ。隠すようなものでもないだろう。それでは後ろの娘。そちらも顔を見せてくれ」
どうする? ヴェガに対し『平静』をかけて精神をロックさせるか?
しかしその場合、どっちにしてもこちらが追われるのは間違い無い。
それどころかアンティリウスの教団を上げて追跡してくる事すらあり得るぞ。
そうするとこちらから双子である事を明かした上で説得するべきだろうか。
「あの――」
オレは口を開きかけたが、それは少しばかり遅かった。
エレリアがフードを外して、ガレリアと同じ顔をさらしてしまったのだ。
そりゃまあこっちも顔をさらすなと言っていたワケでも無いし、こっちが離れたところで会話していたのでよく聞こえていなかったのだろうけど、これはマズい。
「な……なんだと?!」
ヴェガは驚愕と供にガレリアとエレリアの『同じ顔』を見回し、そしてしばしの後――
「お前達は!」
黄金に輝く槍を握りしめ、ヴェガは激発した。もしもオレが『調和』をかけていなかったら、問答無用でその切っ先が目の前にいるガレリアに突き立っていたかもしれない。
「エレリア、下がれ!」
もちろんガレリアもエレリアをかばいつつ小剣を抜いて身構える。
仕方ないので、オレはヴェガの前に飛び込みつつ叫ぶ。
「待って下さい! この人達は確かに双子ですけど、あなたが言っておられた双子神の司祭ではありませんし、もちろん結婚しているワケでもありません」
「ではなぜ黙っていた!」
確かにヴェガが怒るのは当然か。
もうここは正直に答えるしかないか。
「もちろんそれについては謝ります。しかし失礼ながら、もしもあなたがこの二人を見たら、双子で結婚している双子神の司祭だと誤解するだろうと思ってしまったのです。そして残念ながらその予想通りになってしまいました……」
「そんな空々しい嘘をつくな!」
「嘘ではありません!」
オレは必死で訴えかける。実際に嘘では無いのだけど、こうなってしまったのはオレが迂闊だったとしか言いようが無いな。
「いくら何でも双子の兄妹が一緒にいるだけで、罪に問われるわけではないでしょう。あくまでもその兄妹が結ばれるのが罪なだけのはずです。だからもしもその二人をヴェガさんが手にかける事をしたら、あなたは無辜の人間を傷つける事になりますよ!」
「その通りだ……だがそれを簡単に信じるわけにはいかんぞ」
「それならばあなたの神様に問うことは出来ないのですか?」
「む……それは……」
ここでヴェガは少しばかり恥ずかしそうに顔を背ける。
「私はまだ未熟者で、神に問う儀式が行えるのは一〇日に一度なのだ。そして次に使えるのはまだ八日ほど先だ」
ヴェガも年齢的に見ればまだ駆け出しの部類だから、その程度なんだろうな。
だが困ったぞ。本当にこの双子は恋人同士では無いのだが、しかし目的がこの近辺にある双子神の聖地を探すと明かしたら、また面倒は避けられない。
「とにかくこの二人は本当に恋人だったりしないのですよ」
「その通りだ。むしろ俺達は兄妹で結ばれる事を当たり前と考える連中がイヤで、ここまで来たんだ」
「そんな事を口先で言われただけで信じられる筈が無かろうが!」
ガレリアの叫びを聞いても、ヴェガはまるで聞く耳を持っていない。
最初にオレが二人を隠そうとしたのがつまずきの始まりだし、ここはちょっとばかりオレが我慢するしか無いか。
「本当にこの二人は恋人では無いんです。なぜなら――」
「なんだ? 根拠があるというならすぐに示せ!」
オレは次の言葉をちょっとどころではなくためらう。しかし躊躇しても仕方ない。
「なぜならこの人とわたしが恋人同士だからです!」
そう叫びつつオレはガレリアの腕にしがみついた。
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