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第17章 海と大地の狭間に

第706話 部屋に棲まう亡霊は

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 なんだ? この霊体は?
 いきなりガレリアにまとわりついた霊体はこの世界における亡霊の典型的なもので、半透明の人型をしている。
 ボンヤリとした外見だが、恐らくは中年の男性だろう。
 服装は見慣れない姿だが、かなり上質なものに思える-――亡霊の服装というものなんとも不可思議な表現ではあるけどな――恐らくはこの相手が生きていた頃にまとっていた服装だろうな。
 その身に宿る霊力はオレを基準にすると『弱い』のだが、これにはほぼ全ての相手が当てはまるので区分けとしてはほとんど意味がないのが困りものだ。
 情報源になってくれるかもしれないが、今はガレリアを乗っ取るような事をされてはたまったものではない。
 だが既にその身に取り憑かれているから『霊体遮断』スピリット・スクリーンでは意味が無い。ここは相手を追い払うだけだな。
 そんなわけでオレはこの霊体を追い払うため『追放』バニッシュメントを放つ。
 霊体を『本来いるべき場所へと強制的に送り返す』この魔法ならば、たとえ取り憑かれていてもその身から引きはがせるはず――だった。

「ううう」

 魔法をかけたにもかかわらず、どういうわけかガレリアは苦悶の表情を浮かべつつ、その腕は空しく虚空をつかむばかりだ。
 なんだって?
 オレの『追放』が効果を発揮していないだと?
 どういうことだ? 思わぬ事態にオレが困惑している内に、霊体の半透明の姿はガレリアの肉体に重なりあってしまう。

『ふう。随分と久しぶりの肉体だな』

 目の前でガレリア、いやガレリアの肉体に取り憑いた亡霊は呟く。
 どういうことだ? 亡霊ならば『追放』をかければ本来、死者の魂が行くところに強制的に送られるはずだ。
 この霊体はそれほど強力なものではないから、オレの魔法が効かなかったとも思えない。
 いったいコイツの正体は何者なんだ?
 オレが愕然としていると、横合いから静かな声が飛ぶ。

「あなたはいかなる用事で我が兄の肉体に宿ったのですか?」

 エレリアは特に驚いた様子も無く問いかけていたのだ。
 おい! 今までもエレリアはかなり人間離れしていたと思っていたけど、双子の兄が霊体に憑かれても落ち着き過ぎだろ!
 いや。もしかするとこの亡霊がさほど邪悪な存在ではないと思ったのかもしれないけど、それでもやっぱり尋常では無い。
 むしろ空恐ろしいものを感じるほどだ。

「ほう。そなたはもしかすると――」

 亡霊は自分が憑いた肉体と同じ顔をしたエレリアに対し、何かに気付いた様子を見せるが、そこでヴェガもまた問いかける。

「あなた様はどなたですか? よろしければお教え下さい」

 そしてヴェガも厳しい表情ながら、丁重な態度を示している。少なくともオレやガレリア達に出会った時の態度とはまるで違う。
 明らかに相手を目上の存在として敬うものだ。
 そりゃあ霊体に対して司法官の寄って立つ法は適用されないかもしれないけど、いくら何でもおかしいぞ。

「あのう。ヴェガさん。どういうことなんですか?」
「あれを見るんだ」

 オレの問いかけに対し、ヴェガはこの部屋の入り口に彫り込まれている、魔力のこもった紋様を指差す。
 あの紋様に気付かなければ、この部屋に足を踏みいれなかったわけだから、今にして思えばロクでもないものを見つけてしまったものだ。

「この紋様は高貴な人間が罪人として、収容されている事の証なのだ」
「それではさきほどヴェガさんがここに入るなと言ったのは、もしや……」
「当然だが、あの紋様は部外者立ち入り禁止の証でもある」

 それでヴェガはガレリアが部屋に入るのを止めたのか。つまり霊体云々とは無関係に警告を発したと言う事になる。
 そうだとすると幾ら何でもそれ杓子定規過ぎませんかね。
 たぶん何でも『神様が見ている』この世界ならではの事なんだろうけど。
 そしてヴェガは手にした槍を収めつつ、改めて亡霊に問いかける。

「あなたが高位のお方なのは分かっておりますが、それでも罪人である以上は自由な行動を許すワケにはいきませんぞ」

 そういう問題か? いや。ガレリアの肉体が乗っ取られているから、下手に刺激するのは危険がある。
 これが邪悪な亡霊ではなくとも、言わばガレリアは『人質』状態なのだから、どんな事をしでかすか分からないから、これはこれで正しい対応なのか。
 ヴェガはそんな事考えていないだろうけどな。

『アンティリウス神の司法官か……それぐらいは分かっているとも』

 亡霊はガレリアの身で部屋から歩き出そうとしたところで、まるで見えない壁があるかのように動きを止める。

『ふうむ……分かってはいたが、この身でもまだ我は罪人のままか……』

 どうやらあの魔法の紋様によって罪人とされたこの亡霊は、死んだ後も収容された部屋から出る事が出来なかったらしい。
 逆を言えばそれだからこそ、オレの『追放』が効かなかったというわけだな。
 そもそもこの部屋から出られない霊体に対し『本来いるべき場所に送り返す』魔法をかけても意味が無いのだ。
 ようやく合点がいったが、それで状況が変わるわけではない。
 そしてガレリアを乗っ取った亡霊は、改めてオレ達に向き直る。

『我が名はスキリオス。かつてこの寺院にて『導き手』の役に就いていたものだ』

 そう言って亡霊は、静かに口を開いた。
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