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第19章 神気の山脈にて
第784話 顕れたものとは
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フォラジはもう他のことなど一切、目に入らない様子で、オレに詰め寄ってくる。
ええい。本来ならばここの神殿跡に対する学術的興味があって来たはずなのに、一つの事にのめり込むと周囲が見えなくなるタイプだな。
「落ち着いて下さい! 今はそれどころではないでしょう! ここに来たのはわたしの話を聞くためではないですよね!」
「おお。言われてみればそうだった。アル君の話はまた後にしよう」
本当に視野が狭いにも程があるぞ。
取りあえず学術的興味は後回しで、この女性が意識を取り戻したところで、警備兵を連れて来て捕まえた連中を引き渡し、そこで改めてここを学術調査でしょう。
「それではボクはここを調べるとしよう」
やっぱりそうなるか。予想は出来ていたけどな。
「なんだ? 不満があるのかい?」
「普通はそうでしょう」
「まずはあいつらの扱いを優先すべきかな?」
そういってようやくフォラジは捕まえた狂信者連中――どこのどいつかは知らないが、少なくとも人間を生け贄に捧げようとした時点で狂信者以外の何者でもない――へと視線を向ける。
「もちろんですよ。とりあえず――」
「そうだな。君の言うとおり、彼等が何を考えて、いかなる意図を持って生け贄を捧げようとしたのかは『現代における信仰』を研究するに当たっての貴重な資料ではあるな」
なぜそこでオレの『言うとおり』になる?
「つまり奴らから証言を取るのを先にしろと言いたいのだろう?」
「違いますよ! 証言云々ではなく、いったん砦に戻って兵士を連れて来ましょう! 研究はその後でも出来ますよね?」
今のところ捕まえた五人以外には、人影はないが他に連中の仲間がいることは当然考えられるのだ。
生け贄にされかけた女性の意識を戻して、なるだけ早くここを立ち去るべきだろう。
だがここで背後からの叫びが響く。
「おい! お前ら! この縄をほどけ!」
「罰当たりめが!」
「儀式の邪魔をしやがって!」
どうやら連中の誰かがオレの『平静』から覚醒して、一緒に縛られていた仲間も正気に戻したようだな。
「ふうむ。君たちはいったい何が目的で、こんなことをしていたのだね?」
フォラジはごく平然と問いかけるが、連中は喚き散らす。
「何だと? 俺達が何をしているのかも知らずに邪魔をしたのか!」
「ふざけるんじゃねえぞ!」
どうやら連中はかなり興奮している様子だ。
傍目にはおぞましい限りでも、本人達にとっては極めて神性な儀式のつもりというのはよくあることで、連中にとってこちらのやったことは『神性冒涜』ということになる。。
「知らないから聞いているのだよ。そういう論理的思考の出来ない人間は困ったものだ」
オレに言わせればあんたもその『困った』一人だよ。
「俺達は『椀かづき』様に生け贄を捧げて、その祝福を得ようとしただけだ!」
「そうだ! 『椀かづき』様のご助力を得たら、お前達なんぞぶち殺してやるからな!」
「そんなに喚かなくても聞こえているよ。落ち着きたまえ」
むしろフォラジが落ち着き過ぎなんだよ。
初対面の時にも山賊を相手にズレた説得を試みようとしていたが、本当に危なっかしくてたまらない――それに付き合っているオレも偉そうな事を言えた義理でもないが。
「それではあの儀式のやり方はどこで学んだのだね? 口伝で伝わっていたのかい? それとも自分達で考えたのかな?」
フォラジはどんどんノリノリになってきたな。
オレがそのように誘導した面はあるけど、のめり込むとはまでは思わなかった。
「とにかく今はここを離れて、砦に戻り――」
周囲の空気がどこか変わっている事に気がついて、オレは言葉を呑み込む。
先ほどから弱い霊体がうろつき回っていたのだが、その姿が見えなくなっていたのだ。
もちろんそれがただ単に連中が去っただけならいい。しかしこれは違うぞ。
むしろ霊体は逃げ出して、今は嵐の前の静けさのごとき雰囲気だ。
「フォラジさん。これは何か危険が――」
オレがそこまで口にしたところで周囲の石造りの床や柱、祭壇の隙間から、まるで煙のようにどす黒いものがあふれ出してきたのだ。
それで縛られていた連中は恐慌の叫びを挙げる。
「ひぇぇぇぇ!」
「た、助けて!」
どうやらこの存在は普通の人間でも見えるらしい。オレの記憶からすると、マニリア帝国の後宮にいた時に見た瘴気に近いぞ。
その瘴気からは、声なき苦悶の声を叫んでいるかのように口を開いた人の顔が浮かび上がっては、また呑み込まれるように消えていく。
そして溺れる人間が藁をもつかむかのように、瘴気の中から現れた人影はオレを含めた人間に対して一斉に手を伸ばしてつかみかかってくるようだ。
もちろん実態は無いが、触られるといろいろな感情が伝わってくる。
『うう……なんでお前達は生きている……』
『いやだ! 死にたくない! 助けて!』
『ああ。今日はどうすれば……』
生きている人間に対する嫉妬、救いを求める叫び、自分が死んだ事を未だに理解出来ない声など諸々が迫ってきた。
似たような経験はもう何度もあるが、いい気分では無いな。
しかしまるで慌てる事が無くなったのは、やっぱり『慣れた』というべきなのだろう。
ええい。本来ならばここの神殿跡に対する学術的興味があって来たはずなのに、一つの事にのめり込むと周囲が見えなくなるタイプだな。
「落ち着いて下さい! 今はそれどころではないでしょう! ここに来たのはわたしの話を聞くためではないですよね!」
「おお。言われてみればそうだった。アル君の話はまた後にしよう」
本当に視野が狭いにも程があるぞ。
取りあえず学術的興味は後回しで、この女性が意識を取り戻したところで、警備兵を連れて来て捕まえた連中を引き渡し、そこで改めてここを学術調査でしょう。
「それではボクはここを調べるとしよう」
やっぱりそうなるか。予想は出来ていたけどな。
「なんだ? 不満があるのかい?」
「普通はそうでしょう」
「まずはあいつらの扱いを優先すべきかな?」
そういってようやくフォラジは捕まえた狂信者連中――どこのどいつかは知らないが、少なくとも人間を生け贄に捧げようとした時点で狂信者以外の何者でもない――へと視線を向ける。
「もちろんですよ。とりあえず――」
「そうだな。君の言うとおり、彼等が何を考えて、いかなる意図を持って生け贄を捧げようとしたのかは『現代における信仰』を研究するに当たっての貴重な資料ではあるな」
なぜそこでオレの『言うとおり』になる?
「つまり奴らから証言を取るのを先にしろと言いたいのだろう?」
「違いますよ! 証言云々ではなく、いったん砦に戻って兵士を連れて来ましょう! 研究はその後でも出来ますよね?」
今のところ捕まえた五人以外には、人影はないが他に連中の仲間がいることは当然考えられるのだ。
生け贄にされかけた女性の意識を戻して、なるだけ早くここを立ち去るべきだろう。
だがここで背後からの叫びが響く。
「おい! お前ら! この縄をほどけ!」
「罰当たりめが!」
「儀式の邪魔をしやがって!」
どうやら連中の誰かがオレの『平静』から覚醒して、一緒に縛られていた仲間も正気に戻したようだな。
「ふうむ。君たちはいったい何が目的で、こんなことをしていたのだね?」
フォラジはごく平然と問いかけるが、連中は喚き散らす。
「何だと? 俺達が何をしているのかも知らずに邪魔をしたのか!」
「ふざけるんじゃねえぞ!」
どうやら連中はかなり興奮している様子だ。
傍目にはおぞましい限りでも、本人達にとっては極めて神性な儀式のつもりというのはよくあることで、連中にとってこちらのやったことは『神性冒涜』ということになる。。
「知らないから聞いているのだよ。そういう論理的思考の出来ない人間は困ったものだ」
オレに言わせればあんたもその『困った』一人だよ。
「俺達は『椀かづき』様に生け贄を捧げて、その祝福を得ようとしただけだ!」
「そうだ! 『椀かづき』様のご助力を得たら、お前達なんぞぶち殺してやるからな!」
「そんなに喚かなくても聞こえているよ。落ち着きたまえ」
むしろフォラジが落ち着き過ぎなんだよ。
初対面の時にも山賊を相手にズレた説得を試みようとしていたが、本当に危なっかしくてたまらない――それに付き合っているオレも偉そうな事を言えた義理でもないが。
「それではあの儀式のやり方はどこで学んだのだね? 口伝で伝わっていたのかい? それとも自分達で考えたのかな?」
フォラジはどんどんノリノリになってきたな。
オレがそのように誘導した面はあるけど、のめり込むとはまでは思わなかった。
「とにかく今はここを離れて、砦に戻り――」
周囲の空気がどこか変わっている事に気がついて、オレは言葉を呑み込む。
先ほどから弱い霊体がうろつき回っていたのだが、その姿が見えなくなっていたのだ。
もちろんそれがただ単に連中が去っただけならいい。しかしこれは違うぞ。
むしろ霊体は逃げ出して、今は嵐の前の静けさのごとき雰囲気だ。
「フォラジさん。これは何か危険が――」
オレがそこまで口にしたところで周囲の石造りの床や柱、祭壇の隙間から、まるで煙のようにどす黒いものがあふれ出してきたのだ。
それで縛られていた連中は恐慌の叫びを挙げる。
「ひぇぇぇぇ!」
「た、助けて!」
どうやらこの存在は普通の人間でも見えるらしい。オレの記憶からすると、マニリア帝国の後宮にいた時に見た瘴気に近いぞ。
その瘴気からは、声なき苦悶の声を叫んでいるかのように口を開いた人の顔が浮かび上がっては、また呑み込まれるように消えていく。
そして溺れる人間が藁をもつかむかのように、瘴気の中から現れた人影はオレを含めた人間に対して一斉に手を伸ばしてつかみかかってくるようだ。
もちろん実態は無いが、触られるといろいろな感情が伝わってくる。
『うう……なんでお前達は生きている……』
『いやだ! 死にたくない! 助けて!』
『ああ。今日はどうすれば……』
生きている人間に対する嫉妬、救いを求める叫び、自分が死んだ事を未だに理解出来ない声など諸々が迫ってきた。
似たような経験はもう何度もあるが、いい気分では無いな。
しかしまるで慌てる事が無くなったのは、やっぱり『慣れた』というべきなのだろう。
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