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第19章 神気の山脈にて
第783話 「正しい知識」のあり方について
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とりあえずオレとフォラジは生贄の女性を縛っていた縄をほどき、祭壇からゆっくりと降ろして、床に敷かれていた粗末な敷物の上に降ろす。
「気をつけて下さいよ」
「もちろんだとも。そもそも生け贄の扱いというものはだね――」
「その話は後にしてもらえますか」
生け贄の女性は見た所、目は虚ろで外界の刺激に反応もしないので、やはり薬物か何かで正気を失わせて騒がないようにしていた様子だ。
儀式の進め方についてフォラジは不満を抱いているが、少なくともそれなりに準備を整えていたのは間違い無い。
周囲には低級な霊体が集まってきているが、生け贄の儀式に寄ってきたのか、元からここがそんな霊体を引きつけるものなのかはよく分からない。
女性を降ろしたところで、頭のところに置いてあった神像を改めて確認すると、木を掘って造ったもので、まだかなり新しい。
つまりこの像の掲げる椀にはこれまで生け贄の血が注がれた事が無いわけで、そこは少しばかりホッとしたところである。
正直に言えば造作はかなり荒く粗略な作りだけど、それはこの連中が最近になって『椀かづき』への信仰を始めたと言う事なのだろうな。
当然ながら彼等は『生け贄を捧げれば力を与える』という神話を聞いて、それにすがろうとしただけであり、詳しい教義だの何だのはまるで知らなかったのは間違い無い。
これが以前に出会った神造者だったら、人間の生け贄を捧げる以外の神話を作って、都合よく信仰をねじ曲げていたのだろうか。
それぐらいならまだいいけど、あの倫理観の欠如した連中の事だから下手をすると『もっとも効率のよい生け贄の捧げ方』を求めて、実験を繰り返していたりするかもしれないな。
まあ今はそんな事を妄想しても仕方が無い。
目の前でフォラジが勝手に憤っていたのだ。
「この像もいろいろと間違っている。いや。ただ椀を頭に担いでいれば、それでいいと言わんばかりの代物ではないか!」
「正直に言わせてもらえば、彼等にとってはそれで十分なのではないですかね?」
別に生け贄を捧げようとしていた連中をかばってやる義理はないのだが、ここはフォラジに対して、ちょっとばかり物申してみたかったのだ。
それは先ほどキツい事を言われたので、少しばかり意趣返しをしてやりたかったという面もある。
「何を言っているのだ? 儀式を行うのであれば――」
「その儀式のやり方も時代や、その地方によって色々と違いがあるのではないですか? 何百年にも渡ってずっと同じやり方を続けているのでもないでしょうし、場所によっても違いがあるのでしょう」
「それはその通りだが……」
「結果的に一番、広まったのが『正当』とされるのは分かりますよ。しかしそれと異なるやり方だって無条件に否定されるものではないでしょう」
あちこちで同じ神を崇めていても、その教義が違っていて時には敵対するのを何度も見てきたから言える事であって、この世界の住民だとこういう考え方もかなり『異端』に近い事は分かっている。
「しかし学術的には儀式のやり方についても定められているのだ」
「その学説もいろいろとあるのではないですか? それにフォラジさんだってこの地に来て実地で調査した結果、幾つも新しい発見があったのでしょう?」
「もちろんだとも。それを研究・記録するのがボクの使命だ」
フォラジの場合は神造者のように研究した上で、それを自分達に都合よく改めるとかそういう発想はなく、純粋に学者として研究してそれを記録する事にしか興味が無いのは確かだろう。
良くも悪くも、それ故にこそちょっとどころではなく視野が狭い部分はあるな。
「それならば今回、彼等が行っていた事もまた一つの儀式のあり方というものではないですかね? つまり過去の伝統とは関係無く、いま現在の姿という事です」
生け贄を捧げるなんて真似は許されないから、オレがそんな儀式のあり方を許容する事は絶対にあり得ない。
ただ単にフォラジに少しでも考えを改めてもらいたかったのだ。
「君は……そんな事を考えていたのか……」
フォラジはちょっと驚いた様子でオレを見ている。
「アル君!」
フォラジはいきなりオレの肩をつかんで正面から向き直ってきた。
おい。これではまるで今から『告白』するかのような体勢だぞ。
まあ今まで散々、男からそんな事をされてきたわけだが、それでも決して慣れるものではないな。
「いやあ驚いたよ! 正直に言えば、君は少しばかり知識に理解がある程度かと思っていたが、そのような見識の持ち主だったとは!」
「そんなに……大したものでもありません……」
オレの容姿や魔力、名声を称賛されるのはいつもの事だけど、見識に注目されたのは随分と久方ぶりの気がするな。
「だがその若さにて、単独で結論に達したワケではあるまい。いったいどこでそのような教えを受けたのか是非とも教えてはくれまいか?」
「わたしの故郷では、むしろそのような考えが一般的なのですよ」
「何だと?! ううむ。それはボクの分野とは違うが興味はそそられるな! 是非とも詳しく教えてくれ!」
そう言ってフォラジはまたしても迫ってくる。性的な意味で迫られる事はしょっちゅうだが、考えて見るとこんな事は初めてな気がする。
しかしこの時、フォラジに気をとられていたオレの周囲では、思いもかけぬものが形をとりつつあったのだった。
「気をつけて下さいよ」
「もちろんだとも。そもそも生け贄の扱いというものはだね――」
「その話は後にしてもらえますか」
生け贄の女性は見た所、目は虚ろで外界の刺激に反応もしないので、やはり薬物か何かで正気を失わせて騒がないようにしていた様子だ。
儀式の進め方についてフォラジは不満を抱いているが、少なくともそれなりに準備を整えていたのは間違い無い。
周囲には低級な霊体が集まってきているが、生け贄の儀式に寄ってきたのか、元からここがそんな霊体を引きつけるものなのかはよく分からない。
女性を降ろしたところで、頭のところに置いてあった神像を改めて確認すると、木を掘って造ったもので、まだかなり新しい。
つまりこの像の掲げる椀にはこれまで生け贄の血が注がれた事が無いわけで、そこは少しばかりホッとしたところである。
正直に言えば造作はかなり荒く粗略な作りだけど、それはこの連中が最近になって『椀かづき』への信仰を始めたと言う事なのだろうな。
当然ながら彼等は『生け贄を捧げれば力を与える』という神話を聞いて、それにすがろうとしただけであり、詳しい教義だの何だのはまるで知らなかったのは間違い無い。
これが以前に出会った神造者だったら、人間の生け贄を捧げる以外の神話を作って、都合よく信仰をねじ曲げていたのだろうか。
それぐらいならまだいいけど、あの倫理観の欠如した連中の事だから下手をすると『もっとも効率のよい生け贄の捧げ方』を求めて、実験を繰り返していたりするかもしれないな。
まあ今はそんな事を妄想しても仕方が無い。
目の前でフォラジが勝手に憤っていたのだ。
「この像もいろいろと間違っている。いや。ただ椀を頭に担いでいれば、それでいいと言わんばかりの代物ではないか!」
「正直に言わせてもらえば、彼等にとってはそれで十分なのではないですかね?」
別に生け贄を捧げようとしていた連中をかばってやる義理はないのだが、ここはフォラジに対して、ちょっとばかり物申してみたかったのだ。
それは先ほどキツい事を言われたので、少しばかり意趣返しをしてやりたかったという面もある。
「何を言っているのだ? 儀式を行うのであれば――」
「その儀式のやり方も時代や、その地方によって色々と違いがあるのではないですか? 何百年にも渡ってずっと同じやり方を続けているのでもないでしょうし、場所によっても違いがあるのでしょう」
「それはその通りだが……」
「結果的に一番、広まったのが『正当』とされるのは分かりますよ。しかしそれと異なるやり方だって無条件に否定されるものではないでしょう」
あちこちで同じ神を崇めていても、その教義が違っていて時には敵対するのを何度も見てきたから言える事であって、この世界の住民だとこういう考え方もかなり『異端』に近い事は分かっている。
「しかし学術的には儀式のやり方についても定められているのだ」
「その学説もいろいろとあるのではないですか? それにフォラジさんだってこの地に来て実地で調査した結果、幾つも新しい発見があったのでしょう?」
「もちろんだとも。それを研究・記録するのがボクの使命だ」
フォラジの場合は神造者のように研究した上で、それを自分達に都合よく改めるとかそういう発想はなく、純粋に学者として研究してそれを記録する事にしか興味が無いのは確かだろう。
良くも悪くも、それ故にこそちょっとどころではなく視野が狭い部分はあるな。
「それならば今回、彼等が行っていた事もまた一つの儀式のあり方というものではないですかね? つまり過去の伝統とは関係無く、いま現在の姿という事です」
生け贄を捧げるなんて真似は許されないから、オレがそんな儀式のあり方を許容する事は絶対にあり得ない。
ただ単にフォラジに少しでも考えを改めてもらいたかったのだ。
「君は……そんな事を考えていたのか……」
フォラジはちょっと驚いた様子でオレを見ている。
「アル君!」
フォラジはいきなりオレの肩をつかんで正面から向き直ってきた。
おい。これではまるで今から『告白』するかのような体勢だぞ。
まあ今まで散々、男からそんな事をされてきたわけだが、それでも決して慣れるものではないな。
「いやあ驚いたよ! 正直に言えば、君は少しばかり知識に理解がある程度かと思っていたが、そのような見識の持ち主だったとは!」
「そんなに……大したものでもありません……」
オレの容姿や魔力、名声を称賛されるのはいつもの事だけど、見識に注目されたのは随分と久方ぶりの気がするな。
「だがその若さにて、単独で結論に達したワケではあるまい。いったいどこでそのような教えを受けたのか是非とも教えてはくれまいか?」
「わたしの故郷では、むしろそのような考えが一般的なのですよ」
「何だと?! ううむ。それはボクの分野とは違うが興味はそそられるな! 是非とも詳しく教えてくれ!」
そう言ってフォラジはまたしても迫ってくる。性的な意味で迫られる事はしょっちゅうだが、考えて見るとこんな事は初めてな気がする。
しかしこの時、フォラジに気をとられていたオレの周囲では、思いもかけぬものが形をとりつつあったのだった。
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