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第19章 神気の山脈にて
第806話 首無し精霊の実態は
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台座からわき出てきた首を持たない霊体は、それでも何かを見ているかのように周囲を睥睨するかのようにその身体を振る。
そしてくだんの存在は何かを訴えようとしているのかのようだが、それでいて出来ないもどかしさがあるかのように悶えている。
イスタスの口にした伝説からすると、ここにある『椀かづき』の霊体は首をはねられた後で暴れ回り、最終的に力尽きてその身を打ち砕かれた破片として語り継がれているから、このような形で顕現しているに違いない。
これまで見てきた『椀かづき』の神像は首をはねられたものではなかったので、オレもそれは想像していなかったな。
まあ元の世界でも、英雄なり怪物なりが首をはねられたからと言って、わざわざ首無しで描くような事はしないからそれが当たり前というものか。
ペルセウスに首をはねられたメドゥーサも首だけが描かれる事はあっても、首無し胴体として描写されるのは見た事が無い。
『首を……首を……』
聞こえてくる苦しげな声は、はねられた首を求めるものなのだろう。
今は捧げられた力を受け取っているだけだが、もしも更に力を得たらこの台座から動き回って自分の首を探し回るかもしれない。
いや。頭部を失ってまともな知性が無いのなら、出会った相手の首を次々に奪っていくような怪物と化すかもしれない。
ああそうか!
イスタスによれば真っ当なシャーマン達は『椀かづき』に敬意を払いつつ、その声は聞かないと言っていた――本当に聞いていないのか、聞いていてもそう言って他人に伝えないのかは分からない――しかしシャーマンでなくともかの霊体の苦悶の声はなんとなく理解出来る筈だ。
ひょっとすると『椀かづき』に対し生け贄の首をはねてその血を捧げるのは、首を求める精霊の声を誤解したものなのかもしれないな。
オレは精霊や神の声を当たり前に聞いているから、ついついその感覚で考えてしまうけど、常人はたとえシャーマンや司祭でも、崇拝している相手の意志はそうそう分からないものだった。
だからこの精霊に接触しているシャーマンでも、本当の事は分かっていないのかもしれないな。
そして首無き巨体の精霊は倒れた山賊連中の間を当てもなくうろつき回っているように感じられる。
『違う……これは我が首では無い……』
そりゃ当然だ。
生け贄の首をいくら捧げても、それでは満足出来ないのは間違い無いが、それ故にこそこの精霊の声を中途半端に聞いて、ますます多くの生け贄を捧げるという事になってしまっているのかもしれないな。
しかしそれでも首を捧げる事で何らかの見返りがあって、それ故に崇拝する者が出ているわけだから、これは精霊にとっても人間にとっても不幸すぎる状況だろう。
だがここで首無し精霊は、こちらに向き直る。
もちろん視線など無いのだが、それでも明確にオレの存在を認識した様子が感じられる。
気付かれたのか?
オレが自分にかけている『隠身』は、周囲の景色に姿が溶け込むので、こちらから敵対的な行動をしない限り視覚では察知されなくなる魔法だが、逆を言えば視覚以外では発見されてしまう。
考えてみれば当たり前だ。あの精霊に視覚など無いに決まっている。
仕方ない。もともとこの精霊と接触するのが目的だったのだから、ここはオレの方から出ていくしかないか。
そう思った瞬間、首無し精霊はオレに向けて突進してくる。
ちょっと待て! 何のつもりだ?
『それが我が首か?』
精霊はその手を突き出してオレに迫り来る。
見れば違うのは明らかだろ!
いや。視覚が無いから見えていないのは当たり前か。
恐らくはこの首無し精霊は、常人の首が自分のものとは違う事は理解出来るのだろうけど、神界に属するだけの存在であれば区別出来ないのではないか。
イスタスが長年に渡り接していたのでオレにとっても脅威ではないと思っていたけど、むしろオレだからこそ襲われるということか。
この場合、オレの首をちぎって、自分の首に載せ替えるつもりなのか。
もちろん実体の無い精霊だから、物理的にオレを攻撃出来る筈が無いのだが、そうすると憑依して首を切り落とさせるつもりだろうか。
『その首をよこせ!』
「そんなわけにはいきません!」
オレは精霊の突進をかわす。
霊体でも視覚は無いので、今のところは大ざっぱな行動しか出来ない様子だ。
これなら避けるだけなら難しくは無い。
たぶんイスタスがなだめていた段階では、そもそもこんな風に顕現する事も出来なかっただろうけど、山賊達が生け贄どころか自分達の仲間に無理矢理、霊力を捧げさせた事で、ここまで形を取れるようになったと言う事か。
いずれにしても話し合いのために来たのだし、ここはどうにかなだめるしかないか。
「待って下さい。こちらはあなたと話し合いに来たのですよ」
『そのような回りくどい事をせずともお前の首を得れば、全て分かる』
「そんなわけにはいきませんから!」
『心配するな。もしも違っていたら、すぐに首は返す』
あんたは精霊だから、首が無くてもずっと存在していられるのだろうけど、オレの方は即死ですよ!
ひょっとするとあまりに長い間、この首無しの形態でいたものだから、首が無いと生きていけない事すら忘れているかもしれないぞ。
話し合いをする前に、まさかそんな常識を教えねばならないとは、さすがのオレも予想は出来なかった。
そしてくだんの存在は何かを訴えようとしているのかのようだが、それでいて出来ないもどかしさがあるかのように悶えている。
イスタスの口にした伝説からすると、ここにある『椀かづき』の霊体は首をはねられた後で暴れ回り、最終的に力尽きてその身を打ち砕かれた破片として語り継がれているから、このような形で顕現しているに違いない。
これまで見てきた『椀かづき』の神像は首をはねられたものではなかったので、オレもそれは想像していなかったな。
まあ元の世界でも、英雄なり怪物なりが首をはねられたからと言って、わざわざ首無しで描くような事はしないからそれが当たり前というものか。
ペルセウスに首をはねられたメドゥーサも首だけが描かれる事はあっても、首無し胴体として描写されるのは見た事が無い。
『首を……首を……』
聞こえてくる苦しげな声は、はねられた首を求めるものなのだろう。
今は捧げられた力を受け取っているだけだが、もしも更に力を得たらこの台座から動き回って自分の首を探し回るかもしれない。
いや。頭部を失ってまともな知性が無いのなら、出会った相手の首を次々に奪っていくような怪物と化すかもしれない。
ああそうか!
イスタスによれば真っ当なシャーマン達は『椀かづき』に敬意を払いつつ、その声は聞かないと言っていた――本当に聞いていないのか、聞いていてもそう言って他人に伝えないのかは分からない――しかしシャーマンでなくともかの霊体の苦悶の声はなんとなく理解出来る筈だ。
ひょっとすると『椀かづき』に対し生け贄の首をはねてその血を捧げるのは、首を求める精霊の声を誤解したものなのかもしれないな。
オレは精霊や神の声を当たり前に聞いているから、ついついその感覚で考えてしまうけど、常人はたとえシャーマンや司祭でも、崇拝している相手の意志はそうそう分からないものだった。
だからこの精霊に接触しているシャーマンでも、本当の事は分かっていないのかもしれないな。
そして首無き巨体の精霊は倒れた山賊連中の間を当てもなくうろつき回っているように感じられる。
『違う……これは我が首では無い……』
そりゃ当然だ。
生け贄の首をいくら捧げても、それでは満足出来ないのは間違い無いが、それ故にこそこの精霊の声を中途半端に聞いて、ますます多くの生け贄を捧げるという事になってしまっているのかもしれないな。
しかしそれでも首を捧げる事で何らかの見返りがあって、それ故に崇拝する者が出ているわけだから、これは精霊にとっても人間にとっても不幸すぎる状況だろう。
だがここで首無し精霊は、こちらに向き直る。
もちろん視線など無いのだが、それでも明確にオレの存在を認識した様子が感じられる。
気付かれたのか?
オレが自分にかけている『隠身』は、周囲の景色に姿が溶け込むので、こちらから敵対的な行動をしない限り視覚では察知されなくなる魔法だが、逆を言えば視覚以外では発見されてしまう。
考えてみれば当たり前だ。あの精霊に視覚など無いに決まっている。
仕方ない。もともとこの精霊と接触するのが目的だったのだから、ここはオレの方から出ていくしかないか。
そう思った瞬間、首無し精霊はオレに向けて突進してくる。
ちょっと待て! 何のつもりだ?
『それが我が首か?』
精霊はその手を突き出してオレに迫り来る。
見れば違うのは明らかだろ!
いや。視覚が無いから見えていないのは当たり前か。
恐らくはこの首無し精霊は、常人の首が自分のものとは違う事は理解出来るのだろうけど、神界に属するだけの存在であれば区別出来ないのではないか。
イスタスが長年に渡り接していたのでオレにとっても脅威ではないと思っていたけど、むしろオレだからこそ襲われるということか。
この場合、オレの首をちぎって、自分の首に載せ替えるつもりなのか。
もちろん実体の無い精霊だから、物理的にオレを攻撃出来る筈が無いのだが、そうすると憑依して首を切り落とさせるつもりだろうか。
『その首をよこせ!』
「そんなわけにはいきません!」
オレは精霊の突進をかわす。
霊体でも視覚は無いので、今のところは大ざっぱな行動しか出来ない様子だ。
これなら避けるだけなら難しくは無い。
たぶんイスタスがなだめていた段階では、そもそもこんな風に顕現する事も出来なかっただろうけど、山賊達が生け贄どころか自分達の仲間に無理矢理、霊力を捧げさせた事で、ここまで形を取れるようになったと言う事か。
いずれにしても話し合いのために来たのだし、ここはどうにかなだめるしかないか。
「待って下さい。こちらはあなたと話し合いに来たのですよ」
『そのような回りくどい事をせずともお前の首を得れば、全て分かる』
「そんなわけにはいきませんから!」
『心配するな。もしも違っていたら、すぐに首は返す』
あんたは精霊だから、首が無くてもずっと存在していられるのだろうけど、オレの方は即死ですよ!
ひょっとするとあまりに長い間、この首無しの形態でいたものだから、首が無いと生きていけない事すら忘れているかもしれないぞ。
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