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第20章 とある国と聖なる乙女
第851話 いろいろあって帰宅後に
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そしてスコテイはゆっくりと話を始める。
「お前も聖女が結婚する時には原則として正妻にはなれないことは知っているだろう」
聖女の夫は聖女教会のスポンサーとなる有力者が大半なので、一夫多妻が広く認められているこの世界では、妻が聖女一人というのはごく一部だ――知り合いだとネステントスとオスリラ夫妻がそうだった。
そして聖女は妻がほかにいれば正妻にはなれないし、生まれた子供も他に候補者がいれば後継者にはなれず、多くは養子に出されるか、出家するのが殆どという話だった。
これについては回復魔法を独占する聖女教会が権力を持ちすぎて、他の勢力の嫉妬を買うことを避けるためだろうとオレは推測している。
「だが正妻になるために教会を辞めて還俗する聖女は稀だ。なぜか分かるか?」
建前論なら『それが聖女達の堅い信仰心のあらわれです』と答える場面だろうし、陰謀論なら『組織を抜けた聖女は口封じに始末される』になるだろうけど、そんな返答ではぐらかすのは時間の無駄か。
「聖女教会の後ろ盾がある側室と、何の後ろ盾もない正妻では、結局のところほとんどが前者を選ぶからでしょう」
「それぐらいの事は気づいて当たり前だな」
聖女教会が妻のバックにいれば、どんな有力者でも意識するだろう。
虐待など論外、不貞や犯罪のような正当な理由もなく離縁もできまい。
だがその後ろ盾を失った場合、仮にその時点では本当に愛されていても、夫が将来的に自分を見捨てる可能性は否定できないとなれば、還俗する聖女がほとんどいないのは当然の判断というものだ。
あと聖女は年を取るのが遅いので、大多数は夫に先立たれる。その場合の生活の面倒や再婚相手の紹介も聖女教会が行っているが、教会を出ていれば当然それもない。
聖女教会も結婚のために教会を抜けようとする聖女がいれば、これらの話をして押しとどめているのは間違いない――フィクションでよくある『組織を抜けたものは始末する』と脅迫するよりよほど合理的で確実だ。
「だが今のままでは正妻になれない事に変わりはない。だがお前もここで有力者の妻になるなら、聖女教会に代わって我らが後ろ盾になってやってもよいのだぞ」
スコテイの提案には何の魅力も感じないが、あちらがこんなことでオレを取り込めると思っているとしたら、それを利用する方法はあるだろうか。
数か月前までのオレだったら、嫌悪感が先立っていたところだが、そんな話を聞いても冷静に利用する事を考えてしまうようになるとは、我ながらすっかり慣れてしまったものだ。
「その後ろ盾になってくださるお方はどなたですか?」
「お前がそれを要求できる立場だと思っているのか」
やはりそう簡単には教えてくれまいか。
「それならその言葉を鵜呑みにも出来ませんね。だいたい昨日の今日でわたしの後ろ盾になるなどとあなたの背後にいる方々が決められるとも思えませんよ」
「なんだと?」
「何よりそこまでわたしを買っているのなら、今すぐと言いませんが後日でも直接対面させてもらってもいいのではありませんか」
「この女狐が」
スコテイは怒ったような、だが心のどこかに興味を抱いたかのように思える。
「まあいい。お前は自分の信仰心に揺るぎはないと思っているかもしれないが、それは幻想というものだぞ。今まで我らがどれだけそう言っていた連中が転ぶのを見てきたことか……お前に見せられないのが残念だ。まあ女であればこの私の男気に――」
「あなたに心配していただく事ではありませんよ」
また面白くもなんともないジョークを聞かされるのは真っ平なので、さっさと打ち切ろう。
「とにかく今日の話はここまでだ」
とりあえずスコテイともある程度は駆け引きが出来る事が分かった事が、今回の成果と言うべきかな。
そんなわけでオレが二グリ家に戻った時にはすっかり日が暮れていた。
またしてもネアラに説教されるとかと身構えてはいた、その前にイオドの部屋に呼び出される事となる。
対面したイオドの表情はかなり険しいもので、オレの事を『聖女』だと思っているのだから、幾ら何でも初日から目立ちすぎだとでも考えているのか。
「ネアラから話は聞いた。いろいろとあったそうだな」
「ええ。一言にはとても説明出来ませんよ」
オレにしてみればこれぐらいは毎度のことなんだけど『いつもの事で慣れっこです』などというわけにはいかない。
「お主が我が国に留学しているグラフト公子と親しくしていたというのは本当なのか?」
最初に聞くのがそれかと思ったけど、たぶんニオドは『サバシーナ先生』をよく知らないので、登校初日に学園の守護精霊が顕現したと言われてもピンとこないのかな。
いや。ネアラはオレが兄に近づくのを嫌がっていたから、オレに近づく男の事を第一に伝えたのかもしれない。
もっとも仮にも『自分の娘』が属国とは言えど、将来は一国の指導者になるかもしれない男と親しくなったと聞けば、最優先で確かめようと思うのは当たり前か。
「少しばかり話をさせてもらっただけですよ」
いきなり口説かれて『国に帰る時は一緒に』などと言われたけど、その辺りははしょらせてもらおう。
「そうか……それならいいのだがな。ただ正直に言えばお主は公子にはなるだけ近づかない方がよいかと思うぞ」
どういうことだろう?
見たところスコテイは本当に心配している様子だが、一方でネアラはアイウーズについては『憧れの公子様』程度の認識だった。
残念ながら学院では無派閥のネアラは、あまり込み入った情報については知らないと考えた方がいいか。こんなところにも『情報格差』というものがあるのだなあ。
「お主が他の貴族と親しくするのならば、特に口を挟む事でも無いのだ。しかしかの国と我が国はいろいろ因縁があるのでな。これが杞憂で済めばいいのだが……」
グラフト公国は最近、属国になって人質としてアイウーズを送り込んできたという話だったが、やっぱり面倒な話になっていそうだ。
「お前も聖女が結婚する時には原則として正妻にはなれないことは知っているだろう」
聖女の夫は聖女教会のスポンサーとなる有力者が大半なので、一夫多妻が広く認められているこの世界では、妻が聖女一人というのはごく一部だ――知り合いだとネステントスとオスリラ夫妻がそうだった。
そして聖女は妻がほかにいれば正妻にはなれないし、生まれた子供も他に候補者がいれば後継者にはなれず、多くは養子に出されるか、出家するのが殆どという話だった。
これについては回復魔法を独占する聖女教会が権力を持ちすぎて、他の勢力の嫉妬を買うことを避けるためだろうとオレは推測している。
「だが正妻になるために教会を辞めて還俗する聖女は稀だ。なぜか分かるか?」
建前論なら『それが聖女達の堅い信仰心のあらわれです』と答える場面だろうし、陰謀論なら『組織を抜けた聖女は口封じに始末される』になるだろうけど、そんな返答ではぐらかすのは時間の無駄か。
「聖女教会の後ろ盾がある側室と、何の後ろ盾もない正妻では、結局のところほとんどが前者を選ぶからでしょう」
「それぐらいの事は気づいて当たり前だな」
聖女教会が妻のバックにいれば、どんな有力者でも意識するだろう。
虐待など論外、不貞や犯罪のような正当な理由もなく離縁もできまい。
だがその後ろ盾を失った場合、仮にその時点では本当に愛されていても、夫が将来的に自分を見捨てる可能性は否定できないとなれば、還俗する聖女がほとんどいないのは当然の判断というものだ。
あと聖女は年を取るのが遅いので、大多数は夫に先立たれる。その場合の生活の面倒や再婚相手の紹介も聖女教会が行っているが、教会を出ていれば当然それもない。
聖女教会も結婚のために教会を抜けようとする聖女がいれば、これらの話をして押しとどめているのは間違いない――フィクションでよくある『組織を抜けたものは始末する』と脅迫するよりよほど合理的で確実だ。
「だが今のままでは正妻になれない事に変わりはない。だがお前もここで有力者の妻になるなら、聖女教会に代わって我らが後ろ盾になってやってもよいのだぞ」
スコテイの提案には何の魅力も感じないが、あちらがこんなことでオレを取り込めると思っているとしたら、それを利用する方法はあるだろうか。
数か月前までのオレだったら、嫌悪感が先立っていたところだが、そんな話を聞いても冷静に利用する事を考えてしまうようになるとは、我ながらすっかり慣れてしまったものだ。
「その後ろ盾になってくださるお方はどなたですか?」
「お前がそれを要求できる立場だと思っているのか」
やはりそう簡単には教えてくれまいか。
「それならその言葉を鵜呑みにも出来ませんね。だいたい昨日の今日でわたしの後ろ盾になるなどとあなたの背後にいる方々が決められるとも思えませんよ」
「なんだと?」
「何よりそこまでわたしを買っているのなら、今すぐと言いませんが後日でも直接対面させてもらってもいいのではありませんか」
「この女狐が」
スコテイは怒ったような、だが心のどこかに興味を抱いたかのように思える。
「まあいい。お前は自分の信仰心に揺るぎはないと思っているかもしれないが、それは幻想というものだぞ。今まで我らがどれだけそう言っていた連中が転ぶのを見てきたことか……お前に見せられないのが残念だ。まあ女であればこの私の男気に――」
「あなたに心配していただく事ではありませんよ」
また面白くもなんともないジョークを聞かされるのは真っ平なので、さっさと打ち切ろう。
「とにかく今日の話はここまでだ」
とりあえずスコテイともある程度は駆け引きが出来る事が分かった事が、今回の成果と言うべきかな。
そんなわけでオレが二グリ家に戻った時にはすっかり日が暮れていた。
またしてもネアラに説教されるとかと身構えてはいた、その前にイオドの部屋に呼び出される事となる。
対面したイオドの表情はかなり険しいもので、オレの事を『聖女』だと思っているのだから、幾ら何でも初日から目立ちすぎだとでも考えているのか。
「ネアラから話は聞いた。いろいろとあったそうだな」
「ええ。一言にはとても説明出来ませんよ」
オレにしてみればこれぐらいは毎度のことなんだけど『いつもの事で慣れっこです』などというわけにはいかない。
「お主が我が国に留学しているグラフト公子と親しくしていたというのは本当なのか?」
最初に聞くのがそれかと思ったけど、たぶんニオドは『サバシーナ先生』をよく知らないので、登校初日に学園の守護精霊が顕現したと言われてもピンとこないのかな。
いや。ネアラはオレが兄に近づくのを嫌がっていたから、オレに近づく男の事を第一に伝えたのかもしれない。
もっとも仮にも『自分の娘』が属国とは言えど、将来は一国の指導者になるかもしれない男と親しくなったと聞けば、最優先で確かめようと思うのは当たり前か。
「少しばかり話をさせてもらっただけですよ」
いきなり口説かれて『国に帰る時は一緒に』などと言われたけど、その辺りははしょらせてもらおう。
「そうか……それならいいのだがな。ただ正直に言えばお主は公子にはなるだけ近づかない方がよいかと思うぞ」
どういうことだろう?
見たところスコテイは本当に心配している様子だが、一方でネアラはアイウーズについては『憧れの公子様』程度の認識だった。
残念ながら学院では無派閥のネアラは、あまり込み入った情報については知らないと考えた方がいいか。こんなところにも『情報格差』というものがあるのだなあ。
「お主が他の貴族と親しくするのならば、特に口を挟む事でも無いのだ。しかしかの国と我が国はいろいろ因縁があるのでな。これが杞憂で済めばいいのだが……」
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