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第20章 とある国と聖なる乙女
第897話 王宮前まで進んだところ
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神殿から出るところでサーシェルがオレに近づいて耳打ちしてくる。
「ほとんどの教団は我らに協力を約束して下さいました」
最低限の事しか口にしていないが、今は姿を見せていないスコテイは約束通り一晩で説得して回ってくれたらしい。
本当にスコテイが味方についてくれたのか、それともまだ何か裏で考えているのか。
そんなことを考えても無駄だろう。
神殿前にある会衆の集まった広場からオレの姿が見えるようになると、群衆は一気にヒートアップする。
「おお! あれがアルタシャ様か!」
「なんと美しい……」
「これだけでも来た価値があったよ」
あんたらここに集まった意義を忘れてないか?
いや。彼等にも不安があるので、オレを見てそれを払拭したいのだろう。
こちらの声を現在のフラネス王国主流派が無視できないのは確実だとしても、はいそうですかと言う事を聞いてくれる保証はどこにもない。
当然ながらこれだけの事をしている以上、主流派の方も何らかの手を打っているはず。
最悪の事態を考えれば、兵を集めて一気に殲滅しようとしてくる場合すらありうる。
それとは逆にこれだけ集まった会衆が暴走し、コントロール不能となって惨事を招いてしまう事だって考えられる。
もちろんどっちでも混乱と流血は避けられず、内戦を招く危険性が高まるわけだ。
そんなわけで取りあえず皆に呼びかける。
「これより王宮に向かい、皆さんの声を国王陛下に届けます」
オレの言葉を聞いて、周囲にどよめきが走る。
もちろんこれぐらいの話は集まる前に聞いているはずだが、再確認した事で覚悟を新たにしたということなのだろう。
「ただしあくまでも目的は話し合いです。争いごとは避けて下さい。よろしくお願いします」
月並みな台詞だけど、ここで小難しい話をしても伝わらないのだから仕方ない。
二〇世紀の初頭、ある大国で貴族達はしょっちゅう民衆を前にして演説していたが、そこでは聴衆が聞いてもほとんど理解出来ない難解な言葉や表現ばかりだった事がある。
その理由は貴族達が民衆に対して呼びかけるという建前で、ラジオの向こうで聞いているその国の皇帝に聞かせるためのが目的だったからだそうだ。
その結果、なんとも皮肉な事に演説を耳にした民衆は『貴族達は自分たちの事など考えていない』とかえって民心が離れ、その国が崩壊する遠因となったらしい。
そんなわけでここは単刀直入にやることだけ伝えて、とっとと終わらせたい。
オレが歩み出すと、集まった群衆は左右に分かれて道を作り、誰もが固唾を飲んでオレの一挙手一投足を見つめている。
やれやら。これでまた無駄な伝説が出来てしまうのだろうなあ。
オレが信徒達を引き連れて歩いていると、否応なく住民達の注目が集まる。
今のところ道を塞ぐものはおらず、警備の兵士達も見守ってくれている。
そちらはたぶんイオドが手を回してくれていたのだろう。
もっとも兵士達もこちらの容姿に見とれている様子だから、やっぱりオレの見た目が大きいのだろうなあ。
ただのオッサンが先頭だったらこうはいかなかったろう。
そんなわけで今のところ襲撃してくる相手はいないが、警戒を怠るわけにはいかない。
暴力的活動を抑止する『調和』は、かけたときに視界外にいない相手には効果が無いので、暗殺者が隠れていれば無意味だ。
それに精霊や魔法で遠距離から攻撃してくる可能性も当然あり得る。
宗教勢力の強硬派がアイウーズを襲撃した時はオレが一蹴出来たけど、背後についてきている民衆を狙われたら守り切るのは困難だ。
もちろんそれぞれの教団を率いている司祭達もいざという時には、信徒を守るはずだがそれでもパニックが起きたらとても止めきれない。
もっともこの国の主流派の場合、首都のそれも王宮近くで暴動が起きるような事態は可能な限り避けたいはずだ。
そうするとこちらを王宮前まではあえて素通しさせるという事もありうる。
ここはいつものように希望的観測の元で楽観的に実行するしかないな。
そして王宮が見えてくる頃になると、道の両脇には見物人が鈴なりになっていた。
情報は当然、前もって広まっていただろうけど、暴動になる可能性を考えて近づかないでいた連中が、今のところは安全だと思って物見遊山気分で寄ってきたらしい。
もちろん第一の目当てがオレなのは間違いなく、これまで数え切れないほど耳にしてきたオレの容姿に対する評価ばかり聞こえてくる。
このまま何もなく王宮まで行く事が出来ればいいのだが、今までオレの人生でそんなに都合よく進んだ機会など一度も無いのだ。
堀に覆われた王宮前にある広場には既に数多くの人間が待ち構え、固唾をのみながらオレを見守っている。
ううむ。このまま本当に王宮まで行けるのだろうか?
あんまり順調にいきすぎて、我ながらかえって心配になってくる。だが――
オレが正門前まで来たところで、まるで巨大なおくびのような音が王宮前に響く。
なんだ? 反射的に多くの人間が周囲を見回している。遠巻きに眺めている兵士達ですら困惑している様子なのを見ると、彼等も何が起きているのか分かっていないらしい。
だがそうやっていられる時間は幸か不幸か僅かなものだった。
王宮の水堀から巨大な水の巨人が立ち上がったのだ。
まさか?! 王宮の防備をしている水の精霊か?!
そんなものを送り込んで来るとは、本気でこちらを倒すつもりだったのか。
愕然とした瞬間、オレの視界の片隅には一瞬だが兵士達に紛れ、ほくそ笑んでいるスコテイの姿が引っかかっていた。
「ほとんどの教団は我らに協力を約束して下さいました」
最低限の事しか口にしていないが、今は姿を見せていないスコテイは約束通り一晩で説得して回ってくれたらしい。
本当にスコテイが味方についてくれたのか、それともまだ何か裏で考えているのか。
そんなことを考えても無駄だろう。
神殿前にある会衆の集まった広場からオレの姿が見えるようになると、群衆は一気にヒートアップする。
「おお! あれがアルタシャ様か!」
「なんと美しい……」
「これだけでも来た価値があったよ」
あんたらここに集まった意義を忘れてないか?
いや。彼等にも不安があるので、オレを見てそれを払拭したいのだろう。
こちらの声を現在のフラネス王国主流派が無視できないのは確実だとしても、はいそうですかと言う事を聞いてくれる保証はどこにもない。
当然ながらこれだけの事をしている以上、主流派の方も何らかの手を打っているはず。
最悪の事態を考えれば、兵を集めて一気に殲滅しようとしてくる場合すらありうる。
それとは逆にこれだけ集まった会衆が暴走し、コントロール不能となって惨事を招いてしまう事だって考えられる。
もちろんどっちでも混乱と流血は避けられず、内戦を招く危険性が高まるわけだ。
そんなわけで取りあえず皆に呼びかける。
「これより王宮に向かい、皆さんの声を国王陛下に届けます」
オレの言葉を聞いて、周囲にどよめきが走る。
もちろんこれぐらいの話は集まる前に聞いているはずだが、再確認した事で覚悟を新たにしたということなのだろう。
「ただしあくまでも目的は話し合いです。争いごとは避けて下さい。よろしくお願いします」
月並みな台詞だけど、ここで小難しい話をしても伝わらないのだから仕方ない。
二〇世紀の初頭、ある大国で貴族達はしょっちゅう民衆を前にして演説していたが、そこでは聴衆が聞いてもほとんど理解出来ない難解な言葉や表現ばかりだった事がある。
その理由は貴族達が民衆に対して呼びかけるという建前で、ラジオの向こうで聞いているその国の皇帝に聞かせるためのが目的だったからだそうだ。
その結果、なんとも皮肉な事に演説を耳にした民衆は『貴族達は自分たちの事など考えていない』とかえって民心が離れ、その国が崩壊する遠因となったらしい。
そんなわけでここは単刀直入にやることだけ伝えて、とっとと終わらせたい。
オレが歩み出すと、集まった群衆は左右に分かれて道を作り、誰もが固唾を飲んでオレの一挙手一投足を見つめている。
やれやら。これでまた無駄な伝説が出来てしまうのだろうなあ。
オレが信徒達を引き連れて歩いていると、否応なく住民達の注目が集まる。
今のところ道を塞ぐものはおらず、警備の兵士達も見守ってくれている。
そちらはたぶんイオドが手を回してくれていたのだろう。
もっとも兵士達もこちらの容姿に見とれている様子だから、やっぱりオレの見た目が大きいのだろうなあ。
ただのオッサンが先頭だったらこうはいかなかったろう。
そんなわけで今のところ襲撃してくる相手はいないが、警戒を怠るわけにはいかない。
暴力的活動を抑止する『調和』は、かけたときに視界外にいない相手には効果が無いので、暗殺者が隠れていれば無意味だ。
それに精霊や魔法で遠距離から攻撃してくる可能性も当然あり得る。
宗教勢力の強硬派がアイウーズを襲撃した時はオレが一蹴出来たけど、背後についてきている民衆を狙われたら守り切るのは困難だ。
もちろんそれぞれの教団を率いている司祭達もいざという時には、信徒を守るはずだがそれでもパニックが起きたらとても止めきれない。
もっともこの国の主流派の場合、首都のそれも王宮近くで暴動が起きるような事態は可能な限り避けたいはずだ。
そうするとこちらを王宮前まではあえて素通しさせるという事もありうる。
ここはいつものように希望的観測の元で楽観的に実行するしかないな。
そして王宮が見えてくる頃になると、道の両脇には見物人が鈴なりになっていた。
情報は当然、前もって広まっていただろうけど、暴動になる可能性を考えて近づかないでいた連中が、今のところは安全だと思って物見遊山気分で寄ってきたらしい。
もちろん第一の目当てがオレなのは間違いなく、これまで数え切れないほど耳にしてきたオレの容姿に対する評価ばかり聞こえてくる。
このまま何もなく王宮まで行く事が出来ればいいのだが、今までオレの人生でそんなに都合よく進んだ機会など一度も無いのだ。
堀に覆われた王宮前にある広場には既に数多くの人間が待ち構え、固唾をのみながらオレを見守っている。
ううむ。このまま本当に王宮まで行けるのだろうか?
あんまり順調にいきすぎて、我ながらかえって心配になってくる。だが――
オレが正門前まで来たところで、まるで巨大なおくびのような音が王宮前に響く。
なんだ? 反射的に多くの人間が周囲を見回している。遠巻きに眺めている兵士達ですら困惑している様子なのを見ると、彼等も何が起きているのか分かっていないらしい。
だがそうやっていられる時間は幸か不幸か僅かなものだった。
王宮の水堀から巨大な水の巨人が立ち上がったのだ。
まさか?! 王宮の防備をしている水の精霊か?!
そんなものを送り込んで来るとは、本気でこちらを倒すつもりだったのか。
愕然とした瞬間、オレの視界の片隅には一瞬だが兵士達に紛れ、ほくそ笑んでいるスコテイの姿が引っかかっていた。
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