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第22章 軍神の治める地では
第1028話 『地獄の業火』は去って行き
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カルマノスは灼熱の球体から襲い来る業火を見つめつつ、芝居がかったというかもったいぶった態度でその手を広げる。
『本来ならば誇るべき地獄の業火だが、今は予がウルバヌスに一矢報いるためだ。仕方あるまい』
カルマノスが業火に向けて魔力を注ぐと、迫ってきた業火はまるで聖人が海を割ったかのごとく二つに分かれた。
「これはどういうことなのですか?」
『地獄においては罪人の運命を見る事が出来ねば話になるまい。そのために皇帝は業火を避ける事も出来るのだ』
自称『正統なる皇帝』は誇らしげに胸をそらす。
それも別にあんたの力ではないし、使った魔力もオレが提供したものだよね。
まあいい。それで別れた業火の先を見ると、何かがのたうっているように見えるぞ。
その全身から炎を吹き出しているが、目や口や手足がデタラメに動き回っているところは今までずっと見てきた永遠の炎に取り込まれた亡霊に近いようにも見える。
ただ違うのは、亡霊達は炎と化していても、一応は人の形をとどめていたが、こちらは全身がドロドロに溶けていて、かろうじて一部が原型を止めているだけのようだ。
おぞましいものをとりのけたら、そこからもっとロクでもないものが出てきたという気分だな。
オレが一瞬、ドン引きになったのを見てカルマノスは自慢げに説明を始める。
『あれは帝国の地獄に最初に落とされた、帝国創世記の反逆者共の魂だ。その一部を引き出して言わば種火としたのだぞ』
どうだ凄いだろうと言わんばかりだな。
「もしかして帝国創世記からずっとあのように焼かれているのですか?」
『もちろんだとも。反逆者の魂がああやって永劫の苦難を受けている事が、その後の帝国の統治において大いに役立ったのだ。忠誠心の怪しい者どもにあの地獄を見せつけるだけで、反乱を抑える事が出来たからな』
元の世界でも残虐な刑罰を公開したのは見せしめとして体制への反抗を抑止する効果を期待したものだったが、こちらでは死んで終わりではなく『魂が永劫の苦難を受ける』のだからなおさら恐ろしいな。
いや。待てよ。
もともとは反乱など国家を乱した大罪人だけが、あの業火で焼かれるはずだったのが、捕虜や一般の罪人まで片っ端から放り込むようになったらどうなるだろうか?
人間はどんな恐怖でも毎度の事になれば慣れてしまうものだ。
それまでは『反抗すれば地獄に落とすぞ』という言葉がそれなりに影響力はあったかもしれないが、その効果がなくなったのかもしれない。
何よりも地獄だったら、まるで自分達を超越した恐ろしい存在というイメージになるだろうが、ゴーレムの燃料にされるとなると恐ろしい事は確かだが、ずっと身近な対象となってしまいかねない。
つまりあの地獄の業火から力を引き出し、戦争の道具とした事がそれまで帝国にしぶしぶ従っていた貴族達を反抗させ帝国を分裂させる原因の一つになった可能性があるぞ。
いや。今に残っているのがゴーレムの動力に人間の魂を使う事だけで、似たようなものが他にも多数あったのかもしれない。
これもまたウルバヌスの治世の後で帝国が急速に崩壊した理由なのか。
とにかく今はあの『種火』にさせられている魂を癒やさねばならない。
「ありがとうございます! それでは行きます!」
オレはドロドロに溶けている魂に向けて駆け出す。
周囲の炎の壁からは相変わらず次から次に人の姿が現れて、何ともおぞましい回廊となっている。
もしもこの回廊が閉じられたら、こちらはひとたまりも無いがそれはいま考えないようにしておこう。
オレが近づくとドロドロに溶けている中で僅かに目や口が動く。
《たのむ……もう終わらせてくれ……》
微かに残った意識がオレに呼びかけているのだ。
こんな状態でも意識があるのか、と驚いたが、苦痛を与え続けるのが目的だからあえて最後の意識が残る仕様になっているのだろうな。
薄ら寒い思いをしたが、とにかく近づいて全力で回復魔法をかける。
そうすると見る見るドロドロの肉体が原型を取り戻し始めて一安心かと思うと、またしてもその身体は溶け始める。
なんだって?
やはり『地獄』の名は伊達ではないのか。回復する端から、どんどんと灼かれ溶け崩れていくように感じられる。
《ぐぁぁぁぁ! 痛い! 苦しい!》
くう。魔法で少し回復した事からかえってその苦痛が増してしまったらしい。その叫びはこちらの耳よりも心を切り裂く。
これを止める方法があるとすれば――そうだ!
これもゴーレムと繋がりがあるならば、この魔法による業火を抑止するのも、ゴーレムを止めるのと同じ方法で出来るのではないか?
オレは崩れゆく魂に向けて『魔力消散』をかける。
思った通り灼熱が収まり、崩壊が止まってオレは少し安心する。それですぐにそれが再開される。
どうやら回復と魔力を消す事を同時に行わねばならないらしい。
もちろんどちらも全力でやるとなると、オレひとりではどうしようもないが、何しろ今のオレは『ふたりでひとり』状態なのである。
『困っているようですね。ここはわたくしがあの人を癒やしますから、あなたがこの灼熱を止めて下さい』
「分かりました! 頼みます!」
オレとイロールが力を合わせるなんて、この魂はある意味で世界最高の治療を施されているといえるわけだな。
その結果、魂は見る見る癒やされ、人の形を取り戻していく。
そしてその姿が一見、カルマノス達と似たもの――帝国貴族の定番なのだろう――を取り戻したところで、笑顔をオレ達に注ぎつつ消えていった。
どうやらようやく彼にとっての地獄は終わったらしい。
同時に周囲に渦巻いていた灼熱は消え去り、魂は一斉に四散していく。
少しばかり不謹慎なたとえをすると、まるで花火のような美しい光景だった。
『本来ならば誇るべき地獄の業火だが、今は予がウルバヌスに一矢報いるためだ。仕方あるまい』
カルマノスが業火に向けて魔力を注ぐと、迫ってきた業火はまるで聖人が海を割ったかのごとく二つに分かれた。
「これはどういうことなのですか?」
『地獄においては罪人の運命を見る事が出来ねば話になるまい。そのために皇帝は業火を避ける事も出来るのだ』
自称『正統なる皇帝』は誇らしげに胸をそらす。
それも別にあんたの力ではないし、使った魔力もオレが提供したものだよね。
まあいい。それで別れた業火の先を見ると、何かがのたうっているように見えるぞ。
その全身から炎を吹き出しているが、目や口や手足がデタラメに動き回っているところは今までずっと見てきた永遠の炎に取り込まれた亡霊に近いようにも見える。
ただ違うのは、亡霊達は炎と化していても、一応は人の形をとどめていたが、こちらは全身がドロドロに溶けていて、かろうじて一部が原型を止めているだけのようだ。
おぞましいものをとりのけたら、そこからもっとロクでもないものが出てきたという気分だな。
オレが一瞬、ドン引きになったのを見てカルマノスは自慢げに説明を始める。
『あれは帝国の地獄に最初に落とされた、帝国創世記の反逆者共の魂だ。その一部を引き出して言わば種火としたのだぞ』
どうだ凄いだろうと言わんばかりだな。
「もしかして帝国創世記からずっとあのように焼かれているのですか?」
『もちろんだとも。反逆者の魂がああやって永劫の苦難を受けている事が、その後の帝国の統治において大いに役立ったのだ。忠誠心の怪しい者どもにあの地獄を見せつけるだけで、反乱を抑える事が出来たからな』
元の世界でも残虐な刑罰を公開したのは見せしめとして体制への反抗を抑止する効果を期待したものだったが、こちらでは死んで終わりではなく『魂が永劫の苦難を受ける』のだからなおさら恐ろしいな。
いや。待てよ。
もともとは反乱など国家を乱した大罪人だけが、あの業火で焼かれるはずだったのが、捕虜や一般の罪人まで片っ端から放り込むようになったらどうなるだろうか?
人間はどんな恐怖でも毎度の事になれば慣れてしまうものだ。
それまでは『反抗すれば地獄に落とすぞ』という言葉がそれなりに影響力はあったかもしれないが、その効果がなくなったのかもしれない。
何よりも地獄だったら、まるで自分達を超越した恐ろしい存在というイメージになるだろうが、ゴーレムの燃料にされるとなると恐ろしい事は確かだが、ずっと身近な対象となってしまいかねない。
つまりあの地獄の業火から力を引き出し、戦争の道具とした事がそれまで帝国にしぶしぶ従っていた貴族達を反抗させ帝国を分裂させる原因の一つになった可能性があるぞ。
いや。今に残っているのがゴーレムの動力に人間の魂を使う事だけで、似たようなものが他にも多数あったのかもしれない。
これもまたウルバヌスの治世の後で帝国が急速に崩壊した理由なのか。
とにかく今はあの『種火』にさせられている魂を癒やさねばならない。
「ありがとうございます! それでは行きます!」
オレはドロドロに溶けている魂に向けて駆け出す。
周囲の炎の壁からは相変わらず次から次に人の姿が現れて、何ともおぞましい回廊となっている。
もしもこの回廊が閉じられたら、こちらはひとたまりも無いがそれはいま考えないようにしておこう。
オレが近づくとドロドロに溶けている中で僅かに目や口が動く。
《たのむ……もう終わらせてくれ……》
微かに残った意識がオレに呼びかけているのだ。
こんな状態でも意識があるのか、と驚いたが、苦痛を与え続けるのが目的だからあえて最後の意識が残る仕様になっているのだろうな。
薄ら寒い思いをしたが、とにかく近づいて全力で回復魔法をかける。
そうすると見る見るドロドロの肉体が原型を取り戻し始めて一安心かと思うと、またしてもその身体は溶け始める。
なんだって?
やはり『地獄』の名は伊達ではないのか。回復する端から、どんどんと灼かれ溶け崩れていくように感じられる。
《ぐぁぁぁぁ! 痛い! 苦しい!》
くう。魔法で少し回復した事からかえってその苦痛が増してしまったらしい。その叫びはこちらの耳よりも心を切り裂く。
これを止める方法があるとすれば――そうだ!
これもゴーレムと繋がりがあるならば、この魔法による業火を抑止するのも、ゴーレムを止めるのと同じ方法で出来るのではないか?
オレは崩れゆく魂に向けて『魔力消散』をかける。
思った通り灼熱が収まり、崩壊が止まってオレは少し安心する。それですぐにそれが再開される。
どうやら回復と魔力を消す事を同時に行わねばならないらしい。
もちろんどちらも全力でやるとなると、オレひとりではどうしようもないが、何しろ今のオレは『ふたりでひとり』状態なのである。
『困っているようですね。ここはわたくしがあの人を癒やしますから、あなたがこの灼熱を止めて下さい』
「分かりました! 頼みます!」
オレとイロールが力を合わせるなんて、この魂はある意味で世界最高の治療を施されているといえるわけだな。
その結果、魂は見る見る癒やされ、人の形を取り戻していく。
そしてその姿が一見、カルマノス達と似たもの――帝国貴族の定番なのだろう――を取り戻したところで、笑顔をオレ達に注ぎつつ消えていった。
どうやらようやく彼にとっての地獄は終わったらしい。
同時に周囲に渦巻いていた灼熱は消え去り、魂は一斉に四散していく。
少しばかり不謹慎なたとえをすると、まるで花火のような美しい光景だった。
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