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琉輝編

【琉輝編】 #6 混浴

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「っすぅぅぅ・・・!終わったぁ…」
 夜の10時、その日の仕事を終えた僕は、部屋の布団に寝転がりながら背伸びをする。
 いやぁ、昨日の睡眠時間は不良に殴られて気絶していた3時間ほどだけだからな、眠い眠い…
 非常に眠いがやはり寝るわけにはいかない。何せ昨日と同様、ここから動画編集をしなければならないからな。
「にしても…疲れたな…」
 この部屋は旅館が用意してくれた和室で、宿泊施設なだけあってかなり居心地がいい。それなりに広いし、布団もふかふかだしな。
 思っていたよりも色々とキツかったな…不良にボコられたり…あれは痛かったな~、あいつらマジで覚えてろよな…お陰で予定して事も大方パーだ。

「・・・きもちいいなぁ…」
 動画編集を死ぬ気で終わらせた僕は、旅館の大浴場に浸かりながら一人そんな事を呟く。
 いや、本当は編集を終わらせたらすぐに寝るつもりだったのだが集中しすぎたせいか、思いのほか汗を掻いてしまい、「一度くらいは」と旅館の温泉に入ることにしたのだ。
「にしても…やっぱここの温泉はいいな」
 この旅館は普通の個人経営店なのだが、個人的にかなり評価は高い。飯はうまいし、部屋の雰囲気もいいし、なによりも温泉が素晴らしい。なんかいい匂いがするし気持ちいしな。
 そういえばここの温泉は混浴だったような気がしたが、まあもう2時前だしどうせ誰も来ないだろう…ましてや女性なんて来るはずが無いよな、ハッハッハッ。
「・・・すぅぅぅ!疲れたなぁ…」
 僕が温泉の天井を見上げながらそう呟いていると、隣に誰かが入ってくるような気配を感じる。
 まさかこんな時間に温泉に入る社畜同志が居たとはな、出張中のサラリーマンかな?いやはや大変ご苦労なものである。それにわざわざ僕の隣に浸かってくるとはな、ここの温泉は割と広いはずだが。
「出張中ですか?この時期に大変ですね。お疲れ様です」
 僕は隣のそう言いながら隣に視線を向ける。が、次の瞬間…僕の思考は一瞬停止してしまう。
「え、あ…まあそんな感じ…かな?」
「んんんんん!?!?!?」
 なぜなら、僕の隣に座ってお湯に浸かっていたのは琉輝だったからだ。
 ___瞬間、僕はノータイムで琉輝から視線を逸らす。
 何で琉輝がこんな時間に!?いや、琉輝の身体は見てない!バスタオルを琉輝は身体にしっかりとバスタオルを巻いていたからだ。えらい。僕も混浴かどうかに限らず、腰にはタオルを巻いているため見られては無い。ただ、にしてもこの状況は気まずすぎないか?
「駿君、ちょっといい?」
「あ、ああ…どうした?」
 僕の思考は琉輝の一言で打ち切られる。僕は琉輝の方を見ないようにしながらそれに返事をする。
「お礼、言えてなかったからさ。この間助けてくれた時の…」
「ああ、それなら問題ないぞ。お前を守るのも僕の役目だからな」
 僕が琉輝を守るのは当然…当たり前の事なのだ。だから感謝されると少々むず痒いものがあるな。
「ねぇ…駿君さ、こっち見てよ。お礼を言うときぐらいさ」
「おう…」
 僕が恐る恐る琉輝の方に視線を向けると、少し顔を赤らめた琉輝と目が合う。
 勿論身体は見えないぞ?琉輝がバスタオル巻いてるし、その上で極力顔以外を見ないようにしてるからな。
「ほんとにありがとう。あの時ボク…怖かったから、駿君が助けてくれて嬉しかった」
「・・・まぁ、な…」
 少々むず痒いとはいえ、やはり感謝はされると嬉しいものだな。まあ、そんな気持ちとは裏腹に少し素っ気ない返しをしてしまったが。頭が回ってない…というか眠い…流石にもうそろそろ限界かもな。早く部屋に戻って寝ないと倒れてしまいそうだ。琉輝には悪いが、もう部屋に戻らせてもらおう。
「だからね、駿君…お礼に…」
「悪い、琉輝。続きはまた明日にしてくれないか?眠すぎて死にそうだ…」
 僕は琉輝にそう言いながら風呂から上がり、出口の方向に身体を向ける。
「あ、うん…そうだよね。おやすみ駿君…」
「おう、おやすみ。琉輝も早く寝るんだぞ」
 最後に琉輝が何か言いかけていた様な気がしたが、今聞いても恐らく頭に入らないような気がするし、明日の朝にでも聞きに行ってみるとしようか。

「なぁ、琉輝ちゃんって駿の事好きだろ?」
「え、なんですか急に」
 バイト2日目の昼、ボクが休憩室でお弁当を食べていると、勝海さんが急にそんな事を聞いてきた。
「見てたら結構分かるもんだけど?今朝も帰ってきた駿を見て大泣きしてたし」
「ま、まあ…そりゃ好きですけど…」
 駿君は動画編集を手伝ってくれるし、信頼も出来るし、そりゃもちろん好きだ。でもその好きは友達としての好きで…
「そうだよな!で、その上昨夜不良たちに絡まれた時に助けられたんだろ?もしかしてあいつに惚れたんじゃないか?」
「そ、そんな事は…」
 でも実際、確かに駿君に助けられた時は凄く嬉しかった。ボクを庇ったせいで大怪我を負わされた事に関しては、もっと自分を大事にしてほしいと思ったが、それでも身を挺してボクを守ってくれたのは嬉しかったんだ。
「もし、あいつと付き合いたいならグイグイ行った方がいいぜ?昔のあいつの彼女は無理やり駿にキスして付き合うことになったらしいからな」
「昔の彼女…?」
 駿君、彼女いた事あったんだ…
 今の駿君が誰かと付き合うということは想像出来ず、少し意外に思いつつも、駿君が昔誰かと付き合っていたという事にモヤッとした感じを覚えてしまう。
「おっとわりぃ!この話は駿から口止めされてるんだった」
 でも…そっか、駿君にもそんな感情があるんだ…黎奈ちゃんの告白も断ってたしてっきりそんな感情は無いのかと。
 自分の心に聞けば、駿君の事はそれはもちろん好きだし、正直に言えば出来ることなら付き合いたいとも思う。
 だが、それは駿君の事が好きな黎奈ちゃんにも悪いと思ってしまう。しかし、黎奈ちゃんは自分の気持ちを受け入れて駿君に告白した。私はそんな黎奈ちゃんに憧れた。
 ならボクも…自分の気持のままに…

「はぁ…」
 駿君が出ていった大浴場でボクは独りそう呟く。
 昼間の勝海さんとのやり取りから、ずっと考えた結果「グイグイ行く」とはどうすれば良いのかと考えていた。そのためこの時間になっても寝れずになんとなく廊下を歩いていたところ、偶然大浴場に向かう駿君を見かけた。
 この間助けられたお礼をまだ言えてなかった事を思い出し、ボクも駿君に付いて大浴場に向かうことにした。
 大浴場で駿君の隣に座り、お礼を言っている時、ふと思い付いたのが"お礼にキスをする"というものだった。あまりにもありきたりだったが、ボクは駿君にキスをしようとした。
 だが、駿君が眠くて大浴場を出て行ってしまったため、キスをすることが出来なかった。
「鈍感すぎなんじゃない?駿君…?」
 ただ、もし駿君にキスをしてしまっていた場合、今の関係性が崩れてしまう可能性もあった…そう考えると、駿君の鈍感に助けられたような気もしてくる。
「・・・駿君って、ボクのことどう思ってるんだろ…好きって思われてるのかな・・・?」
 そこでボクは自分がとても恥ずかしい事を考えていることに気づき、その考えを打ち切るために顔を温泉に浸けるのだった。
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