殺し合う家族

桐谷 碧

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7,姉妹の作戦②

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「へい、お待ちっ」

 先程の男がカウンター越しに焼き鳥を置いていく、湯気が立ち上っていて食欲をそそられた。ネギマの塩に齧りついて生ビールで流し込む。

「美味しー」

 学生時代の友人たちはとっくに縁が切れた、いま友人と呼べるのは子供たちの親くらいだが、こんな風に焼き鳥屋で一杯やれるような仲の親友はいなかった。子供が卒業したら疎遠になるような浅い付き合いの連中ばかりだ。そうなると子供たちが無事に家から巣立っていったら私には一体なにが残るのだろうか、考えると恐ろしくなって現実世界に戻ってきた。

「で、要件をさっさと言いなさいよ」

 二杯目のビールを頼んで、店員が遠ざかった所で核心に迫った、妹はなにか言いづらそうにモジモジとしている。

「あのさ、最近、順平くん変じゃない?」

 妹は急に小声になると顔を近づけてきてそう言った、旦那が変、そう言えば先日、家の塀をよじ登っていたがあれは奇行ではなく単に鍵を紛失しただけのようだ。おかげで小遣いを減らす話をスムーズにできた。 

「いや、相変わらず、部屋に籠もってパソコンゲームしてるけど」

 それが独身時代からの唯一の趣味であることは知っている。

「そっか、いや、それがね」

 妹はますます声のボリュームを落とすと怪談話でもするようなテンションで呟いた。

「直也と順平くんが最近、密会してるみたいなの」 
 直也というのは妹の旦那だが、二人で会っているとは初耳だった、およそ共通点があるようには見えないし、話が合いそうもない。

「うそでしょ? そもそも何でお互いの連絡先しってるのよ」 
「そんなの、親戚同士の集まりで何度か顔合わせてるんだから交換してたっておかしくないでしょ、それか名刺交換したとか」 

 なるほど、名刺交換ならあり得るか、名刺には携帯番号が記載されている。順平の会社は携帯も支給されないから自分の番号を載せているはずだ。

「ふーん、意外な組み合わせだけど、それがなに?」
 別にあいつが妹の旦那と遊ぼうが何しようがまるで興味は沸かなかった。しかし、妹は更に声を潜めて言った。
 
「あの二人、私達を殺す気だよ――」

「は?」

 一瞬、背筋が凍る思いをしたのは妹の言い方がまるで冗談を帯びていなかった事と、その考えがまるで突拍子もないとは思えなかったからに他ならないが、それでもにわかには信じられなかった。

「あたし直也のパソコンこっそりを見ちゃったんだけどさ」 

 妹の話だと、最近、怪しい行動が目立つ直也の浮気を疑い携帯電話を盗み見ようと試みたが暗証番号が分からなくて断念、しかし書斎にあるパソコンを何の気なしに開いてみると検索履歴には『完全犯罪』『妻の殺し方』『二人で人を殺す方法』など、目を疑うような検索ワードが並んでいたと言う。

「そりゃ、あたしは家事も料理も出来ないけどさ、いくら何でも殺すってなくないと思ったの、でも」
「でも?」 

「直也は多分、いや絶対に女がいる、その女と一緒になる為に離婚を切り出してきた、それを私が絶対に離婚しないって拒絶したから」 

「だから殺す、と。そんな馬鹿な」

 いくら何でも話が飛躍しすぎている、それにどうして私まで殺されなければならないのだ、不倫問題ならそちらで勝手に処理してくれ。

「あたしも思ったよ、でも怖くてさ、探偵を雇ったのよ」

 話が段々と大袈裟になってきた、探偵なんて本当にいたのか、ドラマや小説の中にだけ存在する架空の職業かと思っていた。

 妹はインターネットで調べた探偵事務所を訪れ、浮気調査と順平の密会現場を調査するように依頼したのが数週間前、その結果報告があったのが先週、その結果を受けて自分に相談、という流れで今に至るのだと彼女は話した。

「で、で、どうだったの?」
 ここまできたら最後まで聞くしかない。
「まずはこの写真を見て」

 妹はスマートフォンを操作すると写真フォルダを呼び出して一枚選んだ、どうやら居酒屋のような場所でスーツ姿の男が二人、向き合って座っている。おそるおそる、スマートフォンに触れて親指と人差指を使い拡大する、さすが最近のカメラ機能は優秀で最大限にアップしてもまったくぼやけないで鮮明に二人を捕らえている、そしてその二人は間違いなく順平と直也だった。理沙は言葉がでない。  

「次にこの音声を聞いてみて」

 なんと音声まであるのか、妹はブルートゥースのイヤホンを片方渡してきた、それを右の耳に装着する。

『ザザ、ザー、どうですか、いい殺しのアイデアは見つかりましたか』
『そうですね、結構、現実的なのもありますよ、例えばキャンプに家族同士で――、突き落とすとか、食中毒――』
『すばらしいですね、なんとか年内には行動に移せるよ――』

 そこで音声はプツッと切れた。店内の喧騒で多少、聞き取りづらいところもあったが、その声の主が間違いなく順平であることは確認できた。突き落とす、食中毒――。ほろ酔いだった気分が一気に急降下して心拍数があがる。自分を殺す相談をしている人間が現実世界にいる事が信じられなかった。

「どう、分かってくれた?」 
 状況は理解した、しかしなぜ、どうして、という疑問はやはり頭から離れない、それほど結婚生活に嫌気がさしているのであれば離婚を切り出せば良いじゃないか、殺す前にまずそっちだろう。

「次に、この写真みて」

 疑問を察したのか妹は別の写真を見せてきた、そこには順平と若い女、おそらく二十代と思しきメスの匂いを漂わせた下品な女と腕を組んで歩く姿が映し出されていた。 

「だれ、こいつ?」 
「残念ながらそこまでは、ともかく順平くんはこの女にすっかり骨抜きにされた、そこで邪魔になった家族」 
「だったら離婚するば良いじゃない」

 殺されるよりはマシだ。しかし妹は無言で首を横に振った。

「だめよ、順平くんの稼ぎじゃ離婚して、養育費を払ってたらこの女とのバラ色の日々が立ち行かなくなる、住む家もない」
「だからって」

 仮にも自分の愛した人間を殺せるものなのか。 

「事故でお姉ちゃんと子供たちが死ねば、家はもちろん自分の物、養育費もいらない、お姉ちゃん死亡保険は?」
「入ってる」

 何か合った時に子供たちに残せるように長女が生まれた時に二人で加入した生命保険がある。

「決定的ね」 

 駄目だ、頭が整理できない。妹の前で何とか平静を装うと一度深呼吸をして落ち着いた。ジョッキに残ったビールを飲み干してお代わりを注文する。

「どうするのよ、あんたは?」 

 新しい生ビールが到着してから妹に聞いた。

「子供もできない、家事もしない、そして離婚にも応じない四十二歳を殺そうと考えた時に協力者が必要だった。するとすぐ近親者にも同じ悩みを抱えた同志が、二人で組めば完全犯罪も夢じゃない、タイミングと運さえ味方につけば邪魔な姉妹をこの世から消せる」

 妹は女優のようにスラスラとセリフのように述べると鋭い視線をコチラに向けた。すこし芝居がかって見えるが美しい顔と所作に思わず圧倒されてしまう。
 
「だったらこっちが殺してやるわ、返り討ちよ」 
 
 そう言って生ビールを飲み干した妹の顔はどこか穏やかで慈愛すら感じられた、そのせいもあったのだろう、理沙は静かに頷いた。 
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