殺し合う家族

桐谷 碧

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10,悪魔の家

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 暗闇にそびえ立つ我が家を見上げながら寒気がした、今この家の中には自分の命を狙う人間がいる。そう考えると本来もっとも安全であるはずの家が禍々しい、お化け屋敷のように不気味に映った。さりとて帰らないわけにもいかないので鍵穴に鍵を差し込む。

「ただいまぁ」

独り言のように呟くとすぐに壁に張り付いたスイッチに手を伸ばした、パッとあかりが灯ると安心感に包まれる、暗闇でいきなり刺し殺されるなんて事はないだろうが。

 そろりと靴を脱いでニ階を目指す、なるべく音を立てないように階段を登るが、キシキシと乾いた音が静寂の中こだまする。悪魔の笑い声のような不気味な音に耳を塞ぎたくなったが、自部屋に体を滑り込ませて扉を閉めるとやっと安堵が訪れた。ここなら安心だ。

 とりあえずデスクチェアに腰掛けると、風呂に入るか迷った。いつかは入らねばならないが今日は厳しい。あんな話を聞いてしまっては素っ裸の無防備な姿を晒すのは躊躇われる。しかし、どの道この部屋には鍵もついていない。寝ている間に殺されてしまえば抵抗する事もできないだろう。

 正当防衛――。

 不意に思いついたアイデアだった、もしも妻が自分を殺そうと、例えば包丁を振りかぶってきたとする。それを何とか交わして揉み合っているうちに妻の心臓深くに包丁が……。これなら正当防衛が成り立ち無罪放免、妻はあの世行き。しかしこの場合、保険は降りるのだろうか。それに残された子供たちを仕事しながら育て上げるなど狂気の沙汰だ。

『コンコン』

 不意に扉がノックされてビクンッ、と心臓が跳ね上がる。同時に立ち上がり扉に向かってはすに構え戦闘体制を整えた、武術の心得があるわけじゃないが敵に対して正面を向けるのは自殺行為、人体の正面は急所だらけだ、横を向くことで急所を晒さず、かつ素早い攻撃態勢を取れるとマンガで習った。

『コンコンコン』

 もう一度ノックする音が鳴り響く。「はい」と短く返事する間も構えは崩さない。

「起きてる?」

 寝ている人間が返事をするか、と思ったが、その柔らかい口調に多少なり安心感を覚えた。

「ああ、起きてるけど」
「少し飲まない?」

 コイツ――。

 酔いつぶして無抵抗になったところで犯行に及ぶ気が、はたまた飲み物に何か細工を施しているのか。

「いいけど……」

 上等だ、殺りにくるなら受けて立ってやる、無抵抗の人間じゃない、こっちはお前に殺意があることを知っている。わかっていれば対策も取れる。

 ゆっくりと扉を開けると妻の理沙が申し訳なさそうにポツンと立っていた、いつもは後ろで束ねて何の色気もない髪を下ろして、気のせいだろうか化粧もしている。

「かみ……」
「あ、わかる? 今日ね、美容室行ったの」

 それは分からなかったが、頷いておいた。何が狙いか分からないが、とりあえず背後を取られないように妻に続いて階段を降りた。

「ビールでいい? ワインもあるけど」

 キッチンの冷蔵庫を開けながら話しかけてくる妻から視線を切らないように注意する、その辺りには武器になる物が沢山ある。

「じゃあワインもらおうかな」

 いや、まて。そもそもなんでビールやらワインが常備されているのだ。こっちは一日二百円の昼飯代でキリキリに詰めているのに。ワイングラスを用意する妻の背中に殺意の視線を飛ばしたが、彼女が気がつくことはなかった。

 理沙は不気味な笑顔を貼り付けながら順平の前に座る、薄暗い間接照明だけのリビングで、ドス黒い液体をグラスに注ぐ姿がやけに恐ろしく映った。

「かんぱーい」

 一体何に乾杯なのか分からないままグラスを合わせる、チンという乾いた音が試合開始の合図のように静かなダイニングに鳴り響いた。

「久しぶりね、こうやって一緒に飲むの」

 妻の狙いを押し計りながら「ああ、そうだな」とだけ返す。

「結婚何年目になるっけ?」

 たしか二十五歳で結婚したから十七年、いつの間にかそんなに時間を使ってしまった。無駄な時間を。

「十七年だろ、多分」
「そう、そんな経つのか」

 彼女が言いたい事が分からないまま時間が進む、幸いワインに毒は仕込まれていないようだ。

「長いこと一緒にいるとさ、段々相手が何考えてるとか、嘘を付いてるとか分かるようになるのよね」

「え?」

 妻の瞳が怪しく光る、まさか手の内を晒すのか、私たちはすべて知っている、と。

「ふふふ、笑っちゃったわ、久しぶりに話したから初めは信用しちゃったけど、あの子」

「ちょ、あの子? 何のことだよ」

「妹の考える事なんて手に取るようにわかるわ、子供の頃からなーんにも変わってない、すべて手に入れないと気が済まないのよ」

 心底おかしそうに笑う妻をみて寒気がした。

「おい、理沙、分かるように説明してくれよ」
「あら、久しぶりね、名前で呼んでくれるのなんて」

 主導権を完全に握らせてしまった、なんだか分からないが妻から余裕を感じる、佇まいは勝者のそれだ。

「あの夫婦に狙われてるわよ」

「はい? なにを」

「あたしたちの財産」
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