21 / 26
21, 葛藤②
しおりを挟む
「後はやっておくから、部屋に戻っていいよ」
白井が宏美に指示すると「じゃあ、よろしくお願いします」と言って屋上庭園を後にした。当然、後片付けに姉妹はいない。白井と二人きりになると順平は少し落ち着いた。
「思い直しましたか?」
バーベキュー台の煉炭をトングでつまみながら白井が聞いてきた。どこから持ってきたのか使用していた七輪とまったく同じ形の七輪に煉炭を移してから水をかけた。ジュッという音と共に白い煙が上がる。
「妻殺し。です」
「え、あ、いや」
まだ引き返せるのだろうか、白井の口調に咎める色はない。むしろ、思い直して欲しい、と訴えているようにすら感じた。
「あの、何もかも理沙。あ、妻の責任にしてきましたが。自分にも至らない所があったな、と」
白井はにっこりと微笑んで目を細めた。
「やり直せる、と?」
「わかりません、ただ、自分ができる事。もっと家族と向き合おうとは考えています」
「荒川はどうしますか? 彼女は本気ですよ」
「誠意を持って謝罪します」
白井は黙って頷いた。
「分かりました、では最後の仕事をお願いします」
するとその場でしゃがんで、燃焼し続ける方の七輪の取手を持って、持ち上げた。手には軍手をはめている。
「コイツをサウナ室の椅子の下にしまってください」
「え? でも」
「ご心配なく、理沙さんが死ぬような事はありません、信じてください。順平さん、熱いので軍手を忘れずに」
白井の真剣な眼差しを前に断ることができなかった、ここまで二人で計画をしてきて裏切った引け目もある、とにかく何を考えているか分からないが、自分がしっかりと見張っていれば大丈夫だろう。
七輪を片手に屋上庭園を出た、部屋は一つ下なので階段で下る、むき出しの七輪を持っていて怪しまれないかと思ったが、シンと静まり返るマンションで人とすれ違う事はなかった。
施錠されてない扉を開いて靴を脱ぎ捨てる、誰にも見つからないようにゆっくりとサウナ室を目指す。脱衣所には誰もいなかった、急いでサウナの扉を開いて中に入る、電気をつけ忘れたので中は小窓からの灯りしかない。手探りでスノコ椅子を探して、蓋を開ける要領で開いた。素早く七輪を投入して蓋を閉める。
「ふー」と一息つくと同時に「カチャリ」と背後から聞こえて慌てて振り返った。
「まさか?」
順平はおそるおそる木の扉の取手を掴んで押した。
「あ、開かねえ!」
鍵が閉まっている、なんで、どうして。疑問が頭を駆け巡る。と、同時に恐怖が足の爪先からよじ登ってきた。振り返り椅子の下を注視する、一体どれくらいでこの密室に一酸化炭素が充満するのか。
誰が鍵を閉めたのか、なんて考える余裕もなく順平はドアに体当たりしたり鍵の部分を強引に回そうと試みたがびくともしない。
「くっ」
もう一度、扉に体当たりする。
「ここまでかっ!」
なんて儚い人生、サウナに閉じ込められて中毒死とは、順平は小窓をバンバン叩いた。
「なにしてんのよ?」
すると小窓の向こうに理沙の顔が現れた。
「開けてくれ!」
理沙はため息を吐くと、その場からいなくなった。まさか、やつが鍵を閉めたのか。なんだ、化け物扱いした事を根に持っているのか。違うんだ、俺は心を入れ替えてやり直そうと、ちゃんと家族に向き合おうとしていたんだ。激しく動いて空気を吸いすぎたか、頭がクラクラとしてきた。もうダメか。と、思ったその時。
「カチャリ」
順平の願いが届いたのか、希望の音色と共に扉はゆっくりと開かれた。すぐに飛び出して新鮮な空気を肺に入れる。
「助かった……」
「ずいぶん大袈裟ねえ」
隣には理沙が十円玉を持って立っていた、傍に春華がいて、なにやら笑いを堪えている。
「春華が閉めたのか?」
「うん」
屈託のない笑顔に力が抜ける。しかし危ないところだった、実の娘に殺されたのではシャレにならない。
「だめだぞ、他の人にやったら」
「はーい」
「春華、寝かせてくる」
理沙はそう言い残して、脱衣所を後にした。順平はしばらくその場に立ち尽くして、サウナ室を見つめた。
白井が宏美に指示すると「じゃあ、よろしくお願いします」と言って屋上庭園を後にした。当然、後片付けに姉妹はいない。白井と二人きりになると順平は少し落ち着いた。
「思い直しましたか?」
バーベキュー台の煉炭をトングでつまみながら白井が聞いてきた。どこから持ってきたのか使用していた七輪とまったく同じ形の七輪に煉炭を移してから水をかけた。ジュッという音と共に白い煙が上がる。
「妻殺し。です」
「え、あ、いや」
まだ引き返せるのだろうか、白井の口調に咎める色はない。むしろ、思い直して欲しい、と訴えているようにすら感じた。
「あの、何もかも理沙。あ、妻の責任にしてきましたが。自分にも至らない所があったな、と」
白井はにっこりと微笑んで目を細めた。
「やり直せる、と?」
「わかりません、ただ、自分ができる事。もっと家族と向き合おうとは考えています」
「荒川はどうしますか? 彼女は本気ですよ」
「誠意を持って謝罪します」
白井は黙って頷いた。
「分かりました、では最後の仕事をお願いします」
するとその場でしゃがんで、燃焼し続ける方の七輪の取手を持って、持ち上げた。手には軍手をはめている。
「コイツをサウナ室の椅子の下にしまってください」
「え? でも」
「ご心配なく、理沙さんが死ぬような事はありません、信じてください。順平さん、熱いので軍手を忘れずに」
白井の真剣な眼差しを前に断ることができなかった、ここまで二人で計画をしてきて裏切った引け目もある、とにかく何を考えているか分からないが、自分がしっかりと見張っていれば大丈夫だろう。
七輪を片手に屋上庭園を出た、部屋は一つ下なので階段で下る、むき出しの七輪を持っていて怪しまれないかと思ったが、シンと静まり返るマンションで人とすれ違う事はなかった。
施錠されてない扉を開いて靴を脱ぎ捨てる、誰にも見つからないようにゆっくりとサウナ室を目指す。脱衣所には誰もいなかった、急いでサウナの扉を開いて中に入る、電気をつけ忘れたので中は小窓からの灯りしかない。手探りでスノコ椅子を探して、蓋を開ける要領で開いた。素早く七輪を投入して蓋を閉める。
「ふー」と一息つくと同時に「カチャリ」と背後から聞こえて慌てて振り返った。
「まさか?」
順平はおそるおそる木の扉の取手を掴んで押した。
「あ、開かねえ!」
鍵が閉まっている、なんで、どうして。疑問が頭を駆け巡る。と、同時に恐怖が足の爪先からよじ登ってきた。振り返り椅子の下を注視する、一体どれくらいでこの密室に一酸化炭素が充満するのか。
誰が鍵を閉めたのか、なんて考える余裕もなく順平はドアに体当たりしたり鍵の部分を強引に回そうと試みたがびくともしない。
「くっ」
もう一度、扉に体当たりする。
「ここまでかっ!」
なんて儚い人生、サウナに閉じ込められて中毒死とは、順平は小窓をバンバン叩いた。
「なにしてんのよ?」
すると小窓の向こうに理沙の顔が現れた。
「開けてくれ!」
理沙はため息を吐くと、その場からいなくなった。まさか、やつが鍵を閉めたのか。なんだ、化け物扱いした事を根に持っているのか。違うんだ、俺は心を入れ替えてやり直そうと、ちゃんと家族に向き合おうとしていたんだ。激しく動いて空気を吸いすぎたか、頭がクラクラとしてきた。もうダメか。と、思ったその時。
「カチャリ」
順平の願いが届いたのか、希望の音色と共に扉はゆっくりと開かれた。すぐに飛び出して新鮮な空気を肺に入れる。
「助かった……」
「ずいぶん大袈裟ねえ」
隣には理沙が十円玉を持って立っていた、傍に春華がいて、なにやら笑いを堪えている。
「春華が閉めたのか?」
「うん」
屈託のない笑顔に力が抜ける。しかし危ないところだった、実の娘に殺されたのではシャレにならない。
「だめだぞ、他の人にやったら」
「はーい」
「春華、寝かせてくる」
理沙はそう言い残して、脱衣所を後にした。順平はしばらくその場に立ち尽くして、サウナ室を見つめた。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる