モラハラ夫との離婚計画 10年

桐谷 碧

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 目が覚めると硬い板の上に寝かされていた。置かれた状況が把握できずに上半身だけ起こして周りを見渡すと二十畳くらいのフローリングだった。

 真後ろを見てギョッとした。壁一面が鏡になっていてダンスの稽古場のようになっていたからじゃない。そこに映る私の姿が異様だったからだ。

「なに……これ」
 
 チェック柄のフリルが付いたドレスはアイドルグループの衣装のようで、頭はご丁寧にシュシュでポニーテールにされている。三十路を迎える私には少々きついコスプレだ。

「お目覚めですか?」

 舐めるようなハスキーボイス。その声を聞いて自分が圧倒的な窮地に立たされている事に思い至る。しかし、声だけで子供部屋おじさんの姿が見当たらない。

「何なんですか……」

 震えた声で天井に向かって呟いた。

「優香にはアイドルになってもらう」

「ここは何処ですか?」

「世界にたった一人、僕だけのアイドルだ」

「家に帰してください!」

「大丈夫、優香には才能がある。何も心配はいらない」

 まったく話が噛み合わなくて泣きそうになった。仕方なく立ち上がり出口に向かう。扉は学校の音楽室みたいに重厚で、もちろん鍵が掛かっていた。

 冷静になって辺りを見渡した。四方を壁に囲われていて一片は鏡張り。反対側は出口の扉。テレビの下には謎の機器があり、よく見るとマイクがささっている。どうやらカラオケボックスにある機械のようだ。

 それ以外には何もない、本当に何もない部屋だった。私は力の限り叫んだ。何を言っているか分からない叫び声を、壁を叩きながら。

 どれくらいそうしていただろう。声が枯れてその場にへたり込んだ。

「この部屋はもともと稽古場だったんだ、そこをカラオケが出来るようさらに防音設備を強化したから外には聞こえないよ」

 また声だけが聞こえてくる。その声だけならうっとりしそうな耳障りの良い声が逆に不気味だった。

「ここは、どこなんですか!」

「どこって僕のマンションだよ、ああ、優香のマンションでもあるか、でも正確にはやっぱり僕のマンションて事になるかな」

「え、ここは藤本マンションなんですか?」

「そうだよ、優香が来たんじゃないか。僕にあいに三階まで」

 そうだ、私はウーバーイーツの配達で自分のマンションに来た。でも。

「女の子の声だった……」

 私が呟くとカタカタとキーボードを叩く音が微かに聞こえた。

「こんにちわ、優香さん」

 私がびっくりして天井を見上げると「キャハハハハ」と女の子の笑い声が聞こえてきた。

「パソコンで作った音声だよ」
 
 再びハスキーボイスに戻った子供部屋おじさんの声は心底愉快そうで、まるで本当に子供みたいだった。
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