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水面下の準備
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足早に秋は過ぎ、雪のちらつく冬が来る。
アリシア・ダナン侯爵令嬢とレアン・スタイツ伯爵の婚約はめでたく整ったが、安定した結婚生活を送るためには下準備が必要だった。
ダナン侯爵は応接セットの椅子に座り、眉間にシワを寄せながら向かいにいる金髪の青年に話しかける。
「レアンさま。シェリダン侯爵家の動きが気になりますね」
「そうですね、ダナン侯爵さま。ピンク髪の元男爵令嬢、あからさまに怪しいですからね」
ダナン侯爵家の書斎では、アリシアの幸せな結婚生活を実現するための密談がアリシアの父とレアンにより行われていた。
「んっ。ミラ・カリアス元男爵令嬢。見た目の華やかさと男に媚びる技術は下位貴族女性にありがちなキャラに見えるが……すぐにシェリダン侯爵家の養女に決まったのも怪しいし、王妃教育についていけていることも怪しい」
「そうですね。アナタの優秀なお嬢さんですら、苦労しながら身につけた教養ですからね」
「んっ。アリシアは優秀で美しくて優しい。それは否定しない」
にっこりと笑うレアンに、ダナン侯爵はウンウンとなんどもうなずいた。そして続けて言う。
「幼いアリシアが王妃教育に苦労するのは当然だ。とはいえ、18歳から身につけようとしても容易ではないのが王妃教育でもある」
「ええ。そうですよね。元男爵令嬢が何歳から王妃教育を受けていたのか気になるところです」
「ああ」
レアンの言葉に、ダナン侯爵は大きくうなずいた。今回の件は男爵令嬢の浅知恵によるものでも王太子の気まぐれによるものでもないだろう。シェリダン侯爵家の、あるいはもっと大きな勢力が動いた結果だ。
「いずれにせよ、今回の婚姻で国内の勢力図が変わる。我が家の力が弱くなれば、キミとアリシアが平和な結婚生活を送ることが難しくなってしまう」
「はい。私もそう思っています」
ふたりは顔を寄せてコソコソと話し合う。
「そこでだ。我々はどう動くべきか……」
「……ですから、やはりここは商会を抑えて……」
「……と、いう方法もある。それと……」
「……ああ、貴族たちなら……」
ふたりの密談は、午後のお茶のあと深夜まで続いた。
雪が本格的に降り出す時期になると、アリシアはひとり自室に取り残される日が多くなった。
自室のソファに座ってぼんやりと降る雪を眺めるアリシアは、心細げで寒々しい。
「お寂しいですね」
マイラは声をかけながら、真っ白でふかふかのショールを主人の肩にふわりとかけた。
「寂しいだなんて……レアンとお父さまは、お仕事をしているのですもの。忙しく働いている婚約者を待っているだけのわたしが不満なんて言えないわ」
「お嬢さま」
珍しく尖った声で言う侍女に驚いてアリシアは顔を上げた。
「寂しいなら寂しいとキチンと言ったほうがよいと思いますよ。お嬢さまは我慢しすぎです」
「そんなことはないわ。わたしは……」
「いいえ、お嬢さまは我慢のしすぎです」
マイラは断言する。
「少しくらいワガママでも良いのではないですか? 我慢しすぎて体調を崩されるよりも、ちょっとくらいワガママを言って甘えるくらいの方がレアンさまは喜ばれますよ」
「えっ……そうかしら?」
「そうですよ、お嬢さま。レアンさまは、お嬢さまのことが大好きなのですもの。むしろ寂しがってあげないと拗ねちゃいますよ」
「あら……」
アリシアは頬を赤らめた。
「さぁ、お嬢さま。正直におっしゃってください」
「えっ……あの……寂しい、です」
視線をそらしつつ恥ずかしそうに言うアリシアの目の前に、マイラはどこから出したのか大きな箱と大きな花束を差し出した。
「はい、良く出来ました。コレはレアンさまからの贈り物です」
「あっ……え?」
「お嬢さまに会えないのが寂しいからせめて贈り物だけでも届けたい、だそうですよ。その大きな箱は流行りのお茶菓子ですって。さぁさ、お嬢さま。お茶の時間にしましょうね」
気付けば、部屋の中には紅茶の良い香りが漂っていた。
ひとり自室で過ごすお茶の時間。状況は王宮から戻された当初とさして変わらない。なのに、心の中はまるで違う。
「いただいたお花を向かい側に飾りましょうね」
マイラはいそいそと花瓶に花束を活けると、アリシアの側から綺麗に形よく見えるようにササッと整えた。
「お菓子の説明も添えられていましたから読み上げますね。……あら、レアンさまは揺れる馬車の中で書かれたのでしょうか? ずいぶんと字が歪んでいますわ」
クスクスと笑いながら手紙をチラッとアリシアに見せるマイラ。
「あとでゆっくりお読みになってくださいませ。今は食べる方に集中してくださいな、お嬢さま。痩せてしまわれたら、私がレアンさまから怒られてしまいます」
「あら、それは大変」
「では読みますね……」
贈られた花を愛で、説明を受けながら贈られたお菓子を食べるという一風変わったお茶の時間は、ひとりだというのに少しも寂しさを感じない。
(むしろ胸の奥がポカポカする感じがする。不思議ね)
少し食べ過ぎたアリシアが、夕食を食べきれなかったことは笑い話として手紙にしたためられ、レアンに送られたのだった。
そこからは忙しいレアンに代わって、毎日のようにプレゼントが届くようになる。
贈り物は、お菓子やお花である場合もあれば、綺麗なカードが届くこともあった。
ちょっとした贈り物である場合もあれば、驚くような物が届く場合もある。
綺麗なハンカチが届けばレアンがハンカチを贈る意味を知っているかどうかが気になり、豪華な宝石が届けば金額が気になった。
アリシアの反応に、マイラが当然です、と、肯定の意を示すことも恒例となっていく。
ごくまれに本人が現れ、頬をかすめるようなキスをして慌ただしく出掛けていく日もあった。
そうこうしている間に雪の季節は過ぎていき、クロッカスが寒さに負けずに花開く。
ホワイトやイエロー、パープルと色合いも賑やかに庭を彩る頃、アリシアは愛しい婚約者の秘密を聞くことになったのだった。
アリシア・ダナン侯爵令嬢とレアン・スタイツ伯爵の婚約はめでたく整ったが、安定した結婚生活を送るためには下準備が必要だった。
ダナン侯爵は応接セットの椅子に座り、眉間にシワを寄せながら向かいにいる金髪の青年に話しかける。
「レアンさま。シェリダン侯爵家の動きが気になりますね」
「そうですね、ダナン侯爵さま。ピンク髪の元男爵令嬢、あからさまに怪しいですからね」
ダナン侯爵家の書斎では、アリシアの幸せな結婚生活を実現するための密談がアリシアの父とレアンにより行われていた。
「んっ。ミラ・カリアス元男爵令嬢。見た目の華やかさと男に媚びる技術は下位貴族女性にありがちなキャラに見えるが……すぐにシェリダン侯爵家の養女に決まったのも怪しいし、王妃教育についていけていることも怪しい」
「そうですね。アナタの優秀なお嬢さんですら、苦労しながら身につけた教養ですからね」
「んっ。アリシアは優秀で美しくて優しい。それは否定しない」
にっこりと笑うレアンに、ダナン侯爵はウンウンとなんどもうなずいた。そして続けて言う。
「幼いアリシアが王妃教育に苦労するのは当然だ。とはいえ、18歳から身につけようとしても容易ではないのが王妃教育でもある」
「ええ。そうですよね。元男爵令嬢が何歳から王妃教育を受けていたのか気になるところです」
「ああ」
レアンの言葉に、ダナン侯爵は大きくうなずいた。今回の件は男爵令嬢の浅知恵によるものでも王太子の気まぐれによるものでもないだろう。シェリダン侯爵家の、あるいはもっと大きな勢力が動いた結果だ。
「いずれにせよ、今回の婚姻で国内の勢力図が変わる。我が家の力が弱くなれば、キミとアリシアが平和な結婚生活を送ることが難しくなってしまう」
「はい。私もそう思っています」
ふたりは顔を寄せてコソコソと話し合う。
「そこでだ。我々はどう動くべきか……」
「……ですから、やはりここは商会を抑えて……」
「……と、いう方法もある。それと……」
「……ああ、貴族たちなら……」
ふたりの密談は、午後のお茶のあと深夜まで続いた。
雪が本格的に降り出す時期になると、アリシアはひとり自室に取り残される日が多くなった。
自室のソファに座ってぼんやりと降る雪を眺めるアリシアは、心細げで寒々しい。
「お寂しいですね」
マイラは声をかけながら、真っ白でふかふかのショールを主人の肩にふわりとかけた。
「寂しいだなんて……レアンとお父さまは、お仕事をしているのですもの。忙しく働いている婚約者を待っているだけのわたしが不満なんて言えないわ」
「お嬢さま」
珍しく尖った声で言う侍女に驚いてアリシアは顔を上げた。
「寂しいなら寂しいとキチンと言ったほうがよいと思いますよ。お嬢さまは我慢しすぎです」
「そんなことはないわ。わたしは……」
「いいえ、お嬢さまは我慢のしすぎです」
マイラは断言する。
「少しくらいワガママでも良いのではないですか? 我慢しすぎて体調を崩されるよりも、ちょっとくらいワガママを言って甘えるくらいの方がレアンさまは喜ばれますよ」
「えっ……そうかしら?」
「そうですよ、お嬢さま。レアンさまは、お嬢さまのことが大好きなのですもの。むしろ寂しがってあげないと拗ねちゃいますよ」
「あら……」
アリシアは頬を赤らめた。
「さぁ、お嬢さま。正直におっしゃってください」
「えっ……あの……寂しい、です」
視線をそらしつつ恥ずかしそうに言うアリシアの目の前に、マイラはどこから出したのか大きな箱と大きな花束を差し出した。
「はい、良く出来ました。コレはレアンさまからの贈り物です」
「あっ……え?」
「お嬢さまに会えないのが寂しいからせめて贈り物だけでも届けたい、だそうですよ。その大きな箱は流行りのお茶菓子ですって。さぁさ、お嬢さま。お茶の時間にしましょうね」
気付けば、部屋の中には紅茶の良い香りが漂っていた。
ひとり自室で過ごすお茶の時間。状況は王宮から戻された当初とさして変わらない。なのに、心の中はまるで違う。
「いただいたお花を向かい側に飾りましょうね」
マイラはいそいそと花瓶に花束を活けると、アリシアの側から綺麗に形よく見えるようにササッと整えた。
「お菓子の説明も添えられていましたから読み上げますね。……あら、レアンさまは揺れる馬車の中で書かれたのでしょうか? ずいぶんと字が歪んでいますわ」
クスクスと笑いながら手紙をチラッとアリシアに見せるマイラ。
「あとでゆっくりお読みになってくださいませ。今は食べる方に集中してくださいな、お嬢さま。痩せてしまわれたら、私がレアンさまから怒られてしまいます」
「あら、それは大変」
「では読みますね……」
贈られた花を愛で、説明を受けながら贈られたお菓子を食べるという一風変わったお茶の時間は、ひとりだというのに少しも寂しさを感じない。
(むしろ胸の奥がポカポカする感じがする。不思議ね)
少し食べ過ぎたアリシアが、夕食を食べきれなかったことは笑い話として手紙にしたためられ、レアンに送られたのだった。
そこからは忙しいレアンに代わって、毎日のようにプレゼントが届くようになる。
贈り物は、お菓子やお花である場合もあれば、綺麗なカードが届くこともあった。
ちょっとした贈り物である場合もあれば、驚くような物が届く場合もある。
綺麗なハンカチが届けばレアンがハンカチを贈る意味を知っているかどうかが気になり、豪華な宝石が届けば金額が気になった。
アリシアの反応に、マイラが当然です、と、肯定の意を示すことも恒例となっていく。
ごくまれに本人が現れ、頬をかすめるようなキスをして慌ただしく出掛けていく日もあった。
そうこうしている間に雪の季節は過ぎていき、クロッカスが寒さに負けずに花開く。
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