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商売を成功させた妻とストレートに愛を告げる夫

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 窓から入って来る日差しは明るいが過ぎて少々目に刺さる。陽気は暖かいを通り越して暑い日が増えた。それでもリネットは、今朝も奥さま部屋に広げた資料を眺めて上機嫌だった。

「上手くいったわ」
「良かったですね、お嬢さま」
「ふふ。ありがとう」

 リネットが王弟殿下の屋敷に嫁いで数カ月だというのに、立ち上げた商会は大成功を収めていた。国内の貴族たちに広まっていった商会の噂は、ついに国外へと広がることとなり。大口の取引を幾つも結ぶことに成功したのだ。

「お嬢さまがしつこく、それはもう大変にしつこく、使用人たちの後を付け回した甲斐がありましたね」
「ふふ。まぁ、そうよね。商売に粘り強さは大切だわ」

 リネットがしたことは事前の聞き取りだけではない。実際に提供して物を使って働いている使用人たちの姿も見て回った。しっかり観察したおかげで、商会で手に入る商品にハズレはない、と、もっぱらの評判である。

「お屋敷を屋敷を維持するのに必要で使いやすい物が手に入る、と好評ですものね。それもこれも、お嬢さまが商品を依頼する先が的確であるからですよね」
「そうね。王妃教育が、こんな所で役に立つなんて思わなかったわ」

 リネットは王妃教育により国内のドコで何が生産されているのかを知っていた。

「職人さんたちの腕前が良いのはもちろんだけれども。地元で生産されるものを使っているから、地域によって特色があるのよね。欲しいものを依頼して納得のいく商品を手に入れたいなら、地域の特色も考慮に入れてお願いするのが一番よ」
「ホウキ一本とっても、あんなに違いがあるなんて知りませんでしたわ」
「そうね。柄の長い物と短い物がある、くらいは知っていましたけど。ブラシの素材により特徴はもちろん、用途まで違うなんて。私も本気で調べるまでは知らなかったわ」

 目的に合った的確な品物選びと丈夫さで、リネットの扱う品物は少々高めではあったが貴族たちからの好評を得ていた。

「でも生産地については、ご存じだったのですよね?」
「ええ。王妃教育で全国の産業についても教えて貰っていたから」
「知識は邪魔にならない、といいますけど本当でしたね」
「ええ。国内のいろいろな産業についての知識があったから、良い物を仕入れることができるし。オリジナルで商品開発したい時にも的確な地域を選んで依頼できるわ」

 使用人たちが使う便利な道具に金を出し渋るのが得意な貴族たちも、初期投資は大きいが丈夫で長持ちという売り込みは効果があった。なによりも効果があったのは爵位ではあったが、そこに言及するのは野暮である。なんやかんや色々あって、リネットの立ち上げた『公爵の奥さま商会』は、瞬く間に大金を稼ぎ出す商会となった。

「でも、商会名はコレで良かったのでしょうか?」
「『公爵の奥さま商会』? 良いのではないかしら? 少しダサいくらいのほうが、親しみやすくて」
「あー……そのような狙いが」
「実際、商会の名前は国の内外を問わず、知れ渡っているわ。それもそうよね。元王太子婚約者がやっている商会、なんて珍しいですもの」
「お嬢さま……」

 アンナの表情に痛ましい者を見る色が宿るのを見て、リネットは笑顔を浮かべる。

「いいのよ、アンナ。気にしないで。私は今の状況に満足しているわ。王太子に婚約破棄されようが、王弟殿下との結婚が白い結婚であろうが、私は私よ」
「そんな、お嬢さま……お嬢さまは、旦那さまに愛されていらっしゃいますわ」
「いいのよ、アンナ。慰めてくれなくても」
「慰めなどではありませんわ。だって旦那さまは、とても協力して下さったではありませんか。お嬢さまを愛すればこそ、ですわ」
「そうかしら? まぁ、実際。旦那さまが協力的だったのは、とても助かりましたけどね」

 商売が成功するにあたり、アスランが王弟であることも有利に働いた。それはリネットも承知している。アスランがリネットに内緒で動き、ツテを使って商会の宣伝に一役買ってくれていたのには驚いた。が、そこに深い意味があるとはリネットには思えなかった。

「他国との取引ができるのは我が国にとっては有益なことですし。商売するとなると信用が大事になってきますもの。それだけでしょう?」
「違うよ、奥さん。だって愛する妻の商会だもの。協力するでしょう」

 声に驚いて振り返れば、そこには笑みを浮かべたアスランの姿があった。リネットは夫に向かって渋い顔を作ると説教をする口調で言う。

「旦那さま」
「なんだい? リネット」
「私、商売は信用が大切だと申し上げているでしょう?」
「ん?」
「愛する、だなんて。嘘はいけませんわ」
「ん? 嘘などついた覚えはないけどな」
「もう、またそんな……」

 不愉快そうでありながらどこか嬉しさを隠せない表情のリネットに、アスランは手を差し出す。条件反射でリネットは夫の手に自分のそれを重ねる。その手を思いのほか強い力で握られて、リネットは目を見張った。見開かれた美しい緑の目を、アスランの青い瞳が愛しげに見つめる。そして彼は言う。

「リネット」
「なんでしょうか? 旦那さま」
「愛してる」
「……え?」
「キミを愛しているよ、リネット」

 アスランの青い瞳はキラキラと煌きながらリネットの緑の瞳を見つめる。窓から入り込む風になびく金髪はキラキラと輝く。その姿は、まるで絵に描いたような美形の王子さま。乙女であれば一度くらいは憧れそうな、白馬の似合う王子さまの姿がそこにある。

(あ、そういう事ですのね)

 リネットはコクリと頷く。アスランの表情は期待にキラキラと輝いた。が、リネットが発した次の言葉で、彼は呪いにでもかかったようにガチリと固まった。

「分かりましたわ、旦那さま。それが私のお役目ですのね?」
「……リネット?」
「呪いのこと、伺いましたの。真実の愛を与えて呪いを解く。それが私のお役目なのでしょう? 了解しましたわ」
「いや、そうではなくてだね……」
「心配ご無用ですわ、アスランさま。お役目はキッチリ果たしますので」
「いやいやいや、そうじゃなくて……」
 
(アルフレッドぉ~。ストレートに伝えているのに、華麗に避けられちゃったよぉ~)

 忠実な執事に目で助けを求めるも。完膚なきまでに視線をそらされるという、あからさまなスルーに遭うアスランであった。

 人の気持ちはままならず、すれ違う時には一緒にいてもすれ違い続ける。

 それでもアスランの中では確実にスルー出来ない変化は起きていた。

(どうしよう、リネット。私はキミのことが本当に好きで……愛しているみたいだ……)

 アスランは青い瞳に恋慕をたたえて妻を見る。だが、まっすく前を見ているリネットの緑の目は、肝心な物を映してはない。夫の姿をしっかり映す機能は備わっているのに、想いを受け取る方の機能はギッチリ閉じられていた。

(どうしましょう。愛している、だなんて。嘘なのに。嘘でも、アスランさまに愛していると言われるのは、嬉しいわ。まぁ、どうしましょう)

 勘違いのすれ違いは、まだまだ続いていくのだが。
 まずは一山。
 超えたような、超えてないような、ふたりなのであった。
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