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河原での遭遇

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「本日も、のどかなり」
「だね」
「そうね」

 ハルカにマスミ、リオの三人は日向ぼっこをする老人のように河原にある公園のベンチで横一列に並び、周囲を眺めていた。

 ハルカたちが住む街は、中核都市のベッドタウンといった場所にある。都会というほどでもないし、田舎というわけでもない。ビルもあれば畑もある、そんな土地柄である。マンション住まいの生徒も多かったが、だからといって一戸建てが珍しいというほどでもない。

 ハルカは一戸建て。
 マスミはマンション。
 リオは住宅兼エステサロン。

 それぞれ住まいの形は違う。

 三人組が住む街には大きな川があり、その河原は公園になっている。彼らの家は、子供の移動距離でいったら近所というほどには近くなかった。だから、三人組の集合場所は、もっぱら河原であった。いったん家に帰ってランドセルを置いた後、天気がよくて時間があれば河原に行く。天気が悪かったり、もっとグデングデンしたい時にはハルカの家に集合する。一戸建てのうえ専業主夫であるハルカの父がだいたい在宅しているからだ。三人組は特別な用事がないときには、そんな風に過ごしていた。今日は天気が良かったので、学校が終わった後の集合場所は河原だ。

「気持ちいい風だねぇ~」
 と、ハルカが言えば、
「そうね、今日は気持ちのいい日だわ」
 と、リオが答える。
「明日から学校も休みだしね。開放的な気分」
 マスミはそう言いながら、大きなのびをした。ハルカとリオも、それに続いた。

「ねぇ、コロッケ食べる? 今日はコロッケ屋さんの特売日だったから買ってきた」
「食べるっ」
「私もいただくわ」

 マスミがエコバッグからコロッケを取り出すと、あたりに良い匂いがただよった。リオはいそいそとウエットティッシュを取り出し、皆に配った。

「はい、手はちゃんと拭いてね」
「ありがと」
「リオってば、おかーさんみたい」

 お礼を言いながらウエットティッシュを受け取ったマスミとは対照的に、ハルカはめんどくさそうに言った。

「ちゃんと拭くのよ、ハルカ」
「うん、手を綺麗にしないとコロッケあげないよ」
「もう。マスミまでおかーさんになった。分かったよォ、拭くよ」

 ハルカはしぶしぶウエットティッシュを受け取った。

「商店街のコロッケ屋さん、美味しいわよね」

 リオの言葉に、ハルカも大きくうなずいた。

「うん、美味しい。でも家はパパが作るタイプだから、あんまり買って貰えない」
「ハルカのパパ、料理上手だもんね。ボクはうらやましいよ」
「そうよね。家はママがうるさいからコロッケとか、あまり食べさせてもらえないわ」
「リオのママはエステティシャンだもん。そりゃ、食事にもうるさいよね」

 ハルカが言うと、リオは嫌そうに顔を歪めて見せた。

「肌は食べたもので出来ているのよ、ってウルサイったらないわ。私はピチピチの小学生なんだから、お肌に悪いものだって時々は食べたいのに」
「いいじゃないか。二人とも親に気を付けてもらえて。家は親が忙しいから、ボクが買い物係なんだよ」
「マスミ君は、その分、お店の情報をたくさん知ってるわよね」
「うん。そしてワタシたちはおこぼれにあずかれる、と」

 リオの言葉にハルカがおどけて返すと、三人は声を揃えて笑った。

 少し高い土手の上に設置されたベンチからは、あたりの風景がよく見える。その光景を見ながら、三人はコロッケを頬張った。公園になっている河原には遊具もあるし、サッカーゴールなどもありスポーツを楽しむ人たちもいた。遊歩道を散策する人たちを眺めるのも楽しい。三人は仲良くコロッケをパクつきながら、それぞれに楽しむ人たちを見ていた。犬の散歩をしている人もいれば小さな子供を連れた人もいるし、お年寄りが連れ立って歩いているかと思えばランニングをしている人もいる。学校とは違って、様々な年代層の人が集まっている場所だから面白い。お年寄りはゆっくり歩き、子供はチャッチャッと素早く動くというイメージがあるが、実際は人それぞれだということが分かる。道端の何かに気をとられて動きがゆっくりな子供もいれば、チャッチャッと通り過ぎて行くお年寄りもいる。犬に個性があるのも分かるし、女の人たちの立ち話が長いというのも実際にみられる。もっとも、立ち話している人たちの視線の先には、子供だったり犬だったり、何かがいるのが常だ。散歩をしたり、子供を遊ばせたりする合間にお喋りを楽しむ。時間の有効活用である。ストレス解消にもなるし、近所の特売情報も手に入る。物事には理由もあるのだな、と、見ながら学ぶ三人組であった。

「家にひとりでいたら、世の中のことなんて分からないわよね」
「他人との接触が少ないからね。ボクなんて親との接触も最低限だもん。ひとりで好きなこと出来てうらやましい、とか言われるけど。逆に何をすれば楽しいのか分からなくなる」
「ひとりっ子は刺激がなくてツマラナイ」

 ハルカが言うと、あとの二人もうなずいた。ひとりっ子であることは、三人組の数少ない共通点の一つだ。

「刺激といえば、今日の教頭は刺激強めでしたな」
「そうですな、ハルカ殿」
「五月先生かわいそう。あんな嫌味な教頭が上司で」

 リオの言葉に、あとの二人が大きくうなずいた。ハルカが言う。

「五月先生、へこんでなきゃいいけど」
「そうよね」
「五月先生が教頭のパワハラで学校やめちゃったらボクはイヤだ」
「ワタシもイヤ」
「私も」
「校長先生が忙しすぎるのがいけないよね」

 ハルカの言葉に二人が大きくうなずいた。そして顔を上げたリオが、なにかに気付いた。

「ねぇ、ちょっとアレ」

 リオが指さす方向をみると、そこには五月先生がいた。

「あ、先生だ」

 思わぬ場所で五月先生を見つけてハルカは目を輝かせた。

「珍しいね」
「そうよね、マスミ君。初めて見かけた気がするわ。あら、ひとりじゃないのね」

 リオの指摘通り、五月先生の隣には白い帽子をかぶった人がいた。帽子と同じく白の、ふんわりしたロングワンピースを着ている。ふたりは何を話しているのか、とても楽しそうに笑っていた。リオがほっとした表情を浮かべて言う。

「五月先生とても楽しそう。あんなに笑っている」
「いい笑顔だ。ボク、安心した」
「うん。元気そうでよかった」

 三人組は五月先生の楽しそうな姿に、ほっと胸をなでおろした。

「お友達かなぁ? 綺麗な女の人だね」
「いや。あれは……」
「うん、そうね。あの人は……」

 ハルカの言葉に、マスミとリオはモゴモゴと言いよどんだ。

「え? ワタシ、なんか変なこと言った?」
「いやいや」
「いいのよ、ハルカはそれで」
「?」
「そろそろ帰りましょうか」
「そうだね。明日から本格的なお休みだもんね。その前に疲れちゃったら困る」
「うん。わかった」

 なんとなく誤魔化されたような気がしてハルカは納得できなかったが、しぶしぶ同意した。ベンチから立ち上がってクルッと向きを変えたハルカは、何かと目が合って動きを止めた。

「……え?」

 グリングリンにデカい目が自分を見上げていたような。

 ハルカは気のせいかと思って目をギュッとつぶり、勢いよく開いてみた。だが、まだいる。なんかいる。こちらを見上げている、いやにデカくて黒目ばかりが広がっている目が、こちらを見ていた。ベンチの裏側。背の高い草がヒョロヒョロと生えている辺りに何かがいる。

「ひぇっ」

 ハルカは喉の奥でくぐもった悲鳴を上げた。
 大きな黒目ばかりの目。
 その次に目立つのが大きな頭だ。
 鼻の穴はあるのに突き出ているべき鼻はない。
 口は小さく、全体がツルッとしていて灰色で、人間とよく似た形をしていた。

「これは……グレイ?」

 グレイとは、身長が小柄な人間ほどしかなく灰色の肌をした、頭部が大きな宇宙人のことである。顔には大きな黒い目に、穴だけはしっかりとあいた鼻、小さな口がついている。ハルカの目の前にいるのは、小型犬サイズの小さな個体だ。小さいが犬でも、猫でもない。もちろん、人間でもない。細長い手足がついている人間によく似た形の宇宙人。本で見た宇宙人そっくりの生き物がハルカの目の前にいた。

 –– 宇宙人いたー! グレイいたー! ––

 ハルカの心の叫びはハルカの中をこだまする。なお、固まっているため声には出ない。動揺と反比例して普段よりも落ち着き払っているように見えるハルカを、リオとマスミが怪訝そうに見た。

「どうしたの? ハルカってば」
「固まっちゃって、どうした? ヘビでもいたのか?」

 ハルカの後ろからリオとマスミがのぞきこんだ。そしてハルカと同じく固まった。

 –– 宇宙人だ。宇宙人がいる –– 

 声にならない叫びを目線で交わした三人は、改めて謎の生き物がいる方向を見た。そして確認する。背の高い草に埋もれるようにしてコチラを見上げているものを。無邪気な目をした宇宙人。大きな目につるんとしたグレイの体は人形のように可愛いが、モソモソと動いているし生きている。得体の知れない生き物が、今、そこにいた。

「ミュッ」

 謎の生き物は何かを喋った。そして細い腕をこちらにのばし、長い長い指でハルカを触ろうとしていた。

「カワイイ声」

 うっとりしたような声を出し、ハルカもまた宇宙人のような生き物の方へと手をのばした。

「ちょっ、ハルカっ! ダメだよっ、触ったら」
「そうだよ、バイキンとか持ってたらどうするの? 汚いでしょ」

 慌てたマスミとリオは口々に言いながら、ハルカの体をつかみ、謎の生き物から遠ざけた。

「えー、だってカワイイ。触りたーい」
「ダメぇー」

 マスミとリオは声を揃え言ったが、ハルカは全く納得していないようだった。

「ただの宇宙人にしても、野生の生き物にしても、下手に触ったらダメでしょ」
「そうだよハルカ。病気持っているかもしれないし。そもそも地球外生物だったら怒っているのか、悲しんでいるのか、攻撃的な気分なのか、地球人のボクらに理解できると思う? 分かるワケないよ」
「えー、ただのカワイイ生き物に見えるのにぃ~」
「もうっ、ハルカったら」
「危ないことは、したらダメ」

 リオはマスミに本気で怒られて、ハルカはちょっとだけシュンとへこんだ。

「え、でも、コレ、どうしたらいいの?」
「ボクもわからない」
「目撃したら通報しないといけないのかしら。通報義務とかあるなら、通報しないと」
「え、だって。それってドコに?」
「えぇ、ワカンナイわー。それはワカラナイ。えー、どうしたらいいの?」

 混乱するリオとマスミの横で、ハルカは隙あらば謎の生き物に触ろうとしていた。それを止めながら、リオとマスミは悩んでいた。が、いかんせん、小学校六年生である。限界が早い。

「警察に電話したらいいのかしら」
「でもでも、そんなことしたら。宇宙人が連れていかれて実験台にされちゃう」
「ハルカ、実験台って」
「そんなひどい事はされないよ」

 リオとマスミはあきれたように言ったが、ハルカは涙目で訴える。

「ひどい事されない保証なんてないよ。血を抜かれたり、色々な検査をされたり、変な薬飲まされたり、解剖もされちゃうかもしれないよ?」
「うっ」
「そこまでは考えてなかったわね……」
 たじろぐマスミとリオの横で、ふらふらっと宇宙人のような生き物が倒れた。
「ふぁっ?」
「どうした?」
「どうしたの?」

 ハルカが駆け寄ろうとするのをマスミが押し止めている前で、リオがそっと宇宙人を覗き込む。

「息はしているみたい、だけど」
「気を失ったのかな」
「宇宙人~。ねぇ、宇宙人が可哀想だよぉ。助けてあげてよお~」

 ハルカが涙目でお願いすると、リオとマスミが困ったように顔を見合わせた。二人ともハルカのお願いに弱いのだ。

「……これは……」
「……うん、仕方ないわね……」

 マスミとリオは目配せをした。

「隠せるもの……」
「エコバッグなら、ボク持ってるよ」

 マスミは大きな布バッグを取り出すと、リオは使い捨てのビニール手袋をいつの間にかしていた。

「そんなのまで持ち歩いてるの?」
「マスミ君、この程度は乙女のたしなみよ」

 リオはビニール手袋をしながらも直接触らないようにしながら、宇宙人を手早くエコバッグの中に入れた。

「仕方ないわ。ハルカの家に、とりあえず行きましょ」
「そうだね」
「宇宙人~、大丈夫? 宇宙人~」

 リオとマスミがテキパキと進めていくのを、ハルカはべそをかきながら見ていた。
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