そんなに妹がお好きなら結婚したらどうですか? ほか短編・中編ファンタジー系まとめてみたよ短編集

天田れおぽん

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【中編 三万七千文字くらい】お伽噺の薔薇迷宮 愛とはどんなモノかしら?

薔薇はざわめく

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 太陽が高く昇った午前中の日差しを浴びた屋敷は青い空を背景にして鮮やかに浮かび上がる。

 装飾も美しい大きな屋敷に、よく手入れされた花々の咲き誇る庭。

 侯爵家にふさわしい佇まいのそれは、見てくれだけは立派なのに妙に静かで不気味だった。

 アーサーは首を傾げた。

「確かに人の気配がない」

「そうね、アーサー。こんなに静かなお屋敷は、見たことがないわ」

 大きな入り口の扉はピッチリと閉まっていた。

「凄い屋敷だね」
 
 アーサーは感嘆の声を上げて屋敷を見上げた。

「子どもみたいな真似はやめてちょうだい。恥ずかしいわ」

「ふふ。誰も見てないから平気だよ」
 
 ちっとも懲りた様子のない婚約者は、口元を悪戯に歪めて笑う。

 そんなアーサーにロザリーは噴き出した。

「もう、アーサーってば仕方のない人ね。でも……確かに人の気配がないわ。ここまで静かなのは変よね」

 豪華で美しくあればあるほど、静寂は神秘的な色を帯びて不気味に屋敷を覆う。そこはまるで異世界のようだ。

「この屋敷。人の気配がないわりに、美しく整い過ぎている。なんだか妙だな」

「ちょっと見て回りましょう。少し時間がかかるかも。馬車で来なくて良かったわ。エリオットが退屈しないといいんだけど」

「ハハハッ。彼なら大丈夫。昼寝でもしてるさ。昨晩は、お楽しみだったようだから」

「もうっ、アーサーったら」

 ペチペチと広い背中を叩きながら、ロザリーは婚約者をたしなめる。エリオットとその恋人のマーサは、とても仲が良い。

「小間使いも連れて行こうかと思ってる。あの二人を引き離すのは酷だからな」

「ふふ。そうね。マーサも一緒なら私も心強いわ」

 知っている使用人が増えるのは頼もしい。

 それにあの二人からは、そのうちに嬉しいお知らせがあるのではないか、とロザリーは思っていた。

 ロザリーは幸せなお話が大好きだ。

 世の中が幸せなお話で溢れてしまえばいいと、ロザリーは常々考えていた。

(マーサとエリオットも、私とアーサーも、幸せになる人は沢山いたほうがいいわ)

 だから自分も幸せになりたいし、周りの人にも幸せでいて欲しい。

 大好きなリディアーヌのことであれば、ならなおのこと幸せでいて欲しい。

「静かだわ」

 なのに、屋敷は不安を感じるほど静かだった。

「これだけの屋敷であれば、使用人だけでも賑やかになるでしょうに……静か過ぎるわ」

 ロザリーは落ち着かない気分で辺りを見回した。

 すると庭園の一角。

 薔薇が咲き誇る辺りから、サワサワとした葉の揺れる音にも似た騒めきがこぼれているのに気付いた。

「あれは何の音かしら?」

「え? 僕には聞こえないけど」

 アーサーを従えてロザリーは音のする方へと足を向けた。

 そして、目の前に広がった光景に思わず息を飲む。

 薔薇の花の壁。まるで壁のように薔薇の花が咲いていたのだ。

「これは……」

 ロザリーは息を呑んだ。こんな花は見たことがない。ロザリーは一瞬、そう思った。

 だが、よくよく見れば一つひとつは見知った花で。殆どは薔薇の花だ。ただ咲き乱れ方が半端ではない。

 互いに絡まり合いながら群れを成し、壁を作り、高く広く咲いているような状態なのだ。

「初めて見るな。これだけの量の薔薇の花は」

 アーサーは感心したようにつぶやいた。

「蔓も凄いわ。トゲの生えた蔓がこんなにも重なりあって生えているなんて……怖いくらい」

「ああ。生き物のよにも見える」

「まるで壁ね」

「ああ。何かを覆い隠すような壁のようでもあるな」

 重なり合う緑の蔓はトゲで互いを傷つけ合いながら、ガッチリと絡まり合っている。

 それなのに花は、見事なまでに咲き乱れていた。濃厚な香りが二人を包む。

「ああ、凄いわ……」

 白にピンク、深紅に黄色。色とりどりの薔薇の花が咲き乱れている。

 花々は風もないのに揺らめき、煌きながら香っている。

 初々しくも、どこか怪しげな香りに、ロザリーは眩暈を覚えた。

 ロザリーを中心に世界が回るような、錯覚。

 右も左も。上も下も。北も南も。全てが回っては入れ替わり、彼女は自分が何処にいるのか、見失った気がした。

「ロザリー?」

 アーサーの声が遠くに聞こえる――――

(えっ? これは、なに?)

 耐え切れば目を閉じ、右手で額をさすってみたが眩暈が収まる様子はない。

 異変に気付いたアーサーが不安げに叫ぶ。

「ロザリー? ロザリー⁈」

 ロザリーは左手をギュッと握り込んでみたがダメだった。

 意識が吸い込まれていくような感覚を、遠くなるアーサーの声を聞きながらロザリーは感じていた。
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