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第三話 孤独な聖女
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特にすることもないレイチェルは、ベッドに寝そべったまま時間を潰していた。
冷遇されているとはいえ腹が減っているわけでもないし、粗末な服を着ているわけでもない。
支給品のスリップドレスはシルク製で肌触りもいいし、白地に銀刺繍の入った華やかなものだ。
だが夜伽聖女が身に着ける独特なデザインなので、そのままベッドに寝そべることができる。
(このまま中庭へ降りていったら、コソコソと噂されることでしょうね)
開け放たれた窓からは、心地の良い風と、外の喧騒が入っている。
貴族たちが、ガヤガヤと賑やかにしている気配を感じながらレイチェルは自室のベッドで1人、天蓋の升目を眺めていた。
(ベッドばかりが目立つ部屋にいるから娼婦のように見えるのかしら? でも特に飾りたい物も、欲しい物もない)
レイチェルに割り当てられた部屋は悪くない。
広さも充分にある。
むしろ広すぎるくらいだ。
内装も悪くない。
爽やかな青で塗られた壁。
あちらこちらに施された彫刻。
天井画にシャンデリア。
王宮らしい豪奢な作りの部屋だというのに私物が極端に少ないため、大きなベッドが殊更に目立った。
(わたしは居場所があっても、訪問したいような先もなければ、来てくれる人もいない)
部屋に物が少ないのには理由がある。
レイチェルには後ろ盾がない。
だから贈り物で部屋が埋まることもなければ、訪問客をもてなす必要もないのだ。
(お父さまも、お母さまも、わたしが五歳になる頃には亡くなってしまったし……)
父に代わってミアン男爵家を継いだ叔父にとって、レイチェルは邪魔者だった。
だからレイチェルの持つ魔力量が多いことを知った叔父は、早々に彼女を神殿へと預けたのだ。
(わたしは聖女だというのに、ミアン男爵家の人たちが、まともに面会へ来ることもなかった。聖女であることは、本来、名誉なことであるはずなのに)
神殿で育ったレイチェルは、魔力量の多さから早々に『王族聖女紋』が刻まれることに決まった。
『王族聖女紋』が刻まれることに決まったレイチェルの将来は安泰だ。
にもかかわらず、ミアン男爵家から贈り物が届くことはなかったし、ミアン男爵家の者が訪れることもなかった。
(聖女になったことも、王宮に招かれたことも、ミアン男爵家にとっては価値がないということよね。もっとも、わたしはホルツさまに嫌われているから……そのせいかもしれないけど。次期国王に嫌われている聖女が身内にいるなんて、迷惑でしかないのかもね)
叔父にとって邪魔者でしかなかった令嬢は、未だに邪魔者のままである。
それでも『王族聖女紋』が刻まれたレイチェルの将来は安泰だ。
叔父やミアン男爵家を恨むのは違うだろう。
だからといって納得できるかどうかは別である。
叔父やミアン男爵家から頼み事をされたら、レイチェルは即座に断ることだろう。
(あの頃の王太子さまは、ホルツさまではなかったから……わたしがまさか『国王の夜伽聖女』になるなんて思いもしなかったけど)
レイチェルに『王族聖女紋』が刻まれることになった頃、この国にはホルツとは別の王太子がいた。
王太子クロイツ。
前王妃クロエと国王の間に生まれた第一王子であるクロイツ王子が王位を継ぐはずだった。
ところがクロエ王妃が亡くなってまもなく、忽然と姿を消してしまったのだ。
一緒にいた聖女ヘレンが呪いにより亡くなっていたことから、クロイツ王子も呪いにより亡くなって遺体は消失したと判断された。
それにより第二王子であり、現王妃の息子であるホルツが王太子となったのだ。
(でも……『国王の夜伽聖女』だとしても『王族の夜伽聖女』だとしても。夜伽を共にしないのであれば、瘴気払いの効果なんてない)
窓の外からは、賑やかなお喋りが聞こえてくる。
「ホルツ王太子殿下。なぜ夜伽聖女さまを解任されないのですか?」
細長い令嬢の声が響いた。
「そうですわ、ホルツ王太子殿下。夜伽聖女さまを解任して、ノラさまを新しい『国王の夜伽聖女』さまとしてお迎えになればよろしいのに」
ポッチャリ令嬢の声が響いた。
ホルツは鼻をフンと鳴らして冷たく言う。
「アイツのことか。わざわざ『国王の夜伽聖女』を解任などしない。してやるものか。オレのことを長年、苦しめてきた存在なんだ。そのまま飼い殺しにするさ」
「まぁ、ホルツ王太子殿下。ふふふ」
細長い令嬢の声が、酷く意地悪く響いた。
「王宮で面倒をみてあげるなんて、ホルツ王太子殿下はお優しいですね。でも、あのハレンチな夜伽聖女のことですよ。恋人くらいは、作るのではありませんか?」
ポッチャリ令嬢が嫌そうに言うと、ホルツは声を上げて笑った。
「ハハハッ。いや、アイツの貞操とやらは、『王族聖女紋』の力によって守られている。しかも未来の『国王の夜伽聖女』になったから、オレにしか抱けない。だからオレに抱かれることがないアイツは、誰からも愛されることなく、朽ち果てていくしかない」
「ふふ、ホルツ王太子殿下ってば。なんて残酷でお優しい」
機嫌良さそうに笑うホルツを、細長い令嬢が称賛する。
「でも、それではノラさまのご身分が……」
「わたくしのことは心配無用です」
ポッチャリ令嬢の言葉を受けて、ノラはキッパリと言った。
「わたくしは、身分など要りません。実家の財政がしっかりしていますから、援助の必要ありません。わたくしはホルツさま。あなたの側にいられれば、それで充分ですわ」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるね、ノラ。それでこそオレの愛しい聖女さまだ」
ベッドの上で会話を聞いていたレイチェルは、ノラとホルツが向き合って微笑み合うさまが見えるようだと思った。
「ああ、空気が冷えてきましたわ、ホルツさま。そろそろお部屋へ戻りましょう」
「そうだな、ノラ。女性は体を冷やしてはいけない」
ホルツはいつもノラに対してだけ気遣いを見せるのだ。
一緒に育ってきたようなものなのに、互いの人生は相いれない。
(いえ、違う。わたしが1人きりなだけ)
家族とは死に別れ、聖女としては力がありすぎるゆえに遠くから眺めるように扱われ、ホルツからは嫌われた。
「わたしは一生このまま、死ぬまで1人きりなの?」
不意に口から零れた呟きに、レイチェルは自分で驚いた。
(自分で言っておいてなんだけど……そうよ、そうだわ。このままでいったら……恋人はもちろん、家族を持つことはもちろん、友人の1人も作ることができずに、わたしはずぅぅぅっと1人なのでは?)
不意に訪れた寂寥にレイチェルはガバッと上半身を起こすと、白や金のレリーフで飾られた爽やかな青い壁を、呆然と見つめた。
冷遇されているとはいえ腹が減っているわけでもないし、粗末な服を着ているわけでもない。
支給品のスリップドレスはシルク製で肌触りもいいし、白地に銀刺繍の入った華やかなものだ。
だが夜伽聖女が身に着ける独特なデザインなので、そのままベッドに寝そべることができる。
(このまま中庭へ降りていったら、コソコソと噂されることでしょうね)
開け放たれた窓からは、心地の良い風と、外の喧騒が入っている。
貴族たちが、ガヤガヤと賑やかにしている気配を感じながらレイチェルは自室のベッドで1人、天蓋の升目を眺めていた。
(ベッドばかりが目立つ部屋にいるから娼婦のように見えるのかしら? でも特に飾りたい物も、欲しい物もない)
レイチェルに割り当てられた部屋は悪くない。
広さも充分にある。
むしろ広すぎるくらいだ。
内装も悪くない。
爽やかな青で塗られた壁。
あちらこちらに施された彫刻。
天井画にシャンデリア。
王宮らしい豪奢な作りの部屋だというのに私物が極端に少ないため、大きなベッドが殊更に目立った。
(わたしは居場所があっても、訪問したいような先もなければ、来てくれる人もいない)
部屋に物が少ないのには理由がある。
レイチェルには後ろ盾がない。
だから贈り物で部屋が埋まることもなければ、訪問客をもてなす必要もないのだ。
(お父さまも、お母さまも、わたしが五歳になる頃には亡くなってしまったし……)
父に代わってミアン男爵家を継いだ叔父にとって、レイチェルは邪魔者だった。
だからレイチェルの持つ魔力量が多いことを知った叔父は、早々に彼女を神殿へと預けたのだ。
(わたしは聖女だというのに、ミアン男爵家の人たちが、まともに面会へ来ることもなかった。聖女であることは、本来、名誉なことであるはずなのに)
神殿で育ったレイチェルは、魔力量の多さから早々に『王族聖女紋』が刻まれることに決まった。
『王族聖女紋』が刻まれることに決まったレイチェルの将来は安泰だ。
にもかかわらず、ミアン男爵家から贈り物が届くことはなかったし、ミアン男爵家の者が訪れることもなかった。
(聖女になったことも、王宮に招かれたことも、ミアン男爵家にとっては価値がないということよね。もっとも、わたしはホルツさまに嫌われているから……そのせいかもしれないけど。次期国王に嫌われている聖女が身内にいるなんて、迷惑でしかないのかもね)
叔父にとって邪魔者でしかなかった令嬢は、未だに邪魔者のままである。
それでも『王族聖女紋』が刻まれたレイチェルの将来は安泰だ。
叔父やミアン男爵家を恨むのは違うだろう。
だからといって納得できるかどうかは別である。
叔父やミアン男爵家から頼み事をされたら、レイチェルは即座に断ることだろう。
(あの頃の王太子さまは、ホルツさまではなかったから……わたしがまさか『国王の夜伽聖女』になるなんて思いもしなかったけど)
レイチェルに『王族聖女紋』が刻まれることになった頃、この国にはホルツとは別の王太子がいた。
王太子クロイツ。
前王妃クロエと国王の間に生まれた第一王子であるクロイツ王子が王位を継ぐはずだった。
ところがクロエ王妃が亡くなってまもなく、忽然と姿を消してしまったのだ。
一緒にいた聖女ヘレンが呪いにより亡くなっていたことから、クロイツ王子も呪いにより亡くなって遺体は消失したと判断された。
それにより第二王子であり、現王妃の息子であるホルツが王太子となったのだ。
(でも……『国王の夜伽聖女』だとしても『王族の夜伽聖女』だとしても。夜伽を共にしないのであれば、瘴気払いの効果なんてない)
窓の外からは、賑やかなお喋りが聞こえてくる。
「ホルツ王太子殿下。なぜ夜伽聖女さまを解任されないのですか?」
細長い令嬢の声が響いた。
「そうですわ、ホルツ王太子殿下。夜伽聖女さまを解任して、ノラさまを新しい『国王の夜伽聖女』さまとしてお迎えになればよろしいのに」
ポッチャリ令嬢の声が響いた。
ホルツは鼻をフンと鳴らして冷たく言う。
「アイツのことか。わざわざ『国王の夜伽聖女』を解任などしない。してやるものか。オレのことを長年、苦しめてきた存在なんだ。そのまま飼い殺しにするさ」
「まぁ、ホルツ王太子殿下。ふふふ」
細長い令嬢の声が、酷く意地悪く響いた。
「王宮で面倒をみてあげるなんて、ホルツ王太子殿下はお優しいですね。でも、あのハレンチな夜伽聖女のことですよ。恋人くらいは、作るのではありませんか?」
ポッチャリ令嬢が嫌そうに言うと、ホルツは声を上げて笑った。
「ハハハッ。いや、アイツの貞操とやらは、『王族聖女紋』の力によって守られている。しかも未来の『国王の夜伽聖女』になったから、オレにしか抱けない。だからオレに抱かれることがないアイツは、誰からも愛されることなく、朽ち果てていくしかない」
「ふふ、ホルツ王太子殿下ってば。なんて残酷でお優しい」
機嫌良さそうに笑うホルツを、細長い令嬢が称賛する。
「でも、それではノラさまのご身分が……」
「わたくしのことは心配無用です」
ポッチャリ令嬢の言葉を受けて、ノラはキッパリと言った。
「わたくしは、身分など要りません。実家の財政がしっかりしていますから、援助の必要ありません。わたくしはホルツさま。あなたの側にいられれば、それで充分ですわ」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるね、ノラ。それでこそオレの愛しい聖女さまだ」
ベッドの上で会話を聞いていたレイチェルは、ノラとホルツが向き合って微笑み合うさまが見えるようだと思った。
「ああ、空気が冷えてきましたわ、ホルツさま。そろそろお部屋へ戻りましょう」
「そうだな、ノラ。女性は体を冷やしてはいけない」
ホルツはいつもノラに対してだけ気遣いを見せるのだ。
一緒に育ってきたようなものなのに、互いの人生は相いれない。
(いえ、違う。わたしが1人きりなだけ)
家族とは死に別れ、聖女としては力がありすぎるゆえに遠くから眺めるように扱われ、ホルツからは嫌われた。
「わたしは一生このまま、死ぬまで1人きりなの?」
不意に口から零れた呟きに、レイチェルは自分で驚いた。
(自分で言っておいてなんだけど……そうよ、そうだわ。このままでいったら……恋人はもちろん、家族を持つことはもちろん、友人の1人も作ることができずに、わたしはずぅぅぅっと1人なのでは?)
不意に訪れた寂寥にレイチェルはガバッと上半身を起こすと、白や金のレリーフで飾られた爽やかな青い壁を、呆然と見つめた。
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