【完結】冷遇された瘴気払いの夜伽聖女は、召喚した呪われ王子に溺愛される

天田れおぽん

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第四話 聖女は画策する

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 待っていても誰も来ない。

「おはようございます。朝食をお持ちしますね」

 レイチェルはベッドの上で、メイドの冷たい声を聞きながら思った。
 側妃相当とされるレイチェルだが、侍女の1人すらついていない。
 彼女は王宮で孤立していた。

 このままわたしは1人、死んでいくの?
 昨日の呟きは風に乗り、誰に聞かれることもなく、どこかへと消えていった。

(わたしの両親は、とても仲がよかった。亡くなるのまで一緒だったくらい。お父さまのような配偶者を得て、両親のように仲の良い夫婦になるのは、いまのわたしには難しい。そんな夢、叶わないのは分かっている。でも……小さなささやきも、聞き取ってくれるような。そんな人と一緒になりたい)

 昨夜の眠りは最悪で、レイチェルは自分が目を背けていたことを認めるしかなかった。

(このままじゃダメ。時間は何も解決してくれない。お父さまも、お母さまも……戻ってはこないのよ、レイチェル。結婚というカードも、ホルツさまが手放してくれなければ使えない。未来の国王から目の敵にされているような女では、聖女であっても貰い手はないけれど)

 メイドの手により窓が開けられて、暖かい風がカーテンを膨らめて揺らしている。
 心地の良い風が入る上等な広い部屋にいたって、1人きりでは意味がない。

(わたしは1人。わたしのささやきを誰も聞き取ってなんてくれないし、ましてや受け止めてくれることなどない)

 分かっていても諦めきれない自分を、レイチェルは密やかに笑った。

「お仕度をお手伝いしましょうか?」
「いいわ。1人でできるから」

 レイチェルはベッドから下りると、寝間着から白のスリップドレスへと着替えた。
 渡されるドレスには意味がある。
 レイチェルに渡されたのはスリップドレスだ。
 しかも前開きになっている。
 だから1人で着ることができるのだ。

(貴族であれば、使用人が手伝わなければ着られないような服ばかりなのに。わたしに渡されるものは1人で着られるものばかりなのよね)

 スリップドレスは便利だ。
 上に羽織るもの次第で、どうとでも使いまわすことができる。

(貴族令嬢なら使用人に手伝わせるのは当たり前だけど。わたしは神殿育ちだから自分でやったほうが気楽)

 このスリップドレスも、ホルツに嫌われる理由のひとつだ。

(支給品なのに文句をつけるなんて。そんなに嫌なら、別のドレスを支給したらいいのに。結局は、どんなものを着たって気にくわないのだろうと分かってるわ)
 
 今日は暖かい。
 誰も訪れない1人きりの部屋で食事を摂るのなら、上に何も羽織らなくても平気だろう。
 レイチェルは溜息を吐きながら朝食の席に着いた。
 食事は自室にある小さな机と椅子で摂ることになっている。
 レイチェルには日常使いの食堂もなければ、招かれる席もない。
 朝も、昼も、夜も。午前のお茶も午後のお茶も、この小さな机と椅子で摂るのだ。

(軟禁されているわけでもないけど、軟禁されているようなものね)

 普段の生活のなかでレイチェルと接点があるのは、身の回りの世話をしてくれるメイド、ペニーだけだ。
 この黒髪に黒い瞳を持つ冷たい雰囲気のメイドは、もともと無口なのかレイチェルと話などしたくないのか、会話らしい会話をしたことはない。
 聖女紋に守られた聖女には護衛は必要ないので、レイチェルは護衛すらいない。
 だがさすがに『王族聖女紋』を持ち、将来の『国王の夜伽聖女』という立場になれば、形だけでも護衛くらいはつくと、レイチェルは思っていた。

(先代の『国王の夜伽聖女』予定であったヘレンさまが、あのような死に方をされたのだから……)

 伯爵令嬢でクロイツ王太子の夜伽聖女だったヘレンは、魔力の使い過ぎにより、干からびて焼け焦げたような状態で見つかった。
 
(実際に見たわけではないけれど、それは恐ろしい姿だったと聞いたわ。クロイツ王太子殿下を守るために呪いを引き受けて亡くなるなんて、ロマンチックではあるけれど……その立場にはなりたくないわ)

 レイチェルはブルリと震えた。

「上着を羽織られたほうがよろしいのでは?」
「いえ。大丈夫よ、ペニー」

 レイチェルは用意された温かいスープを口に運ぶ。
 ホッと体が温まる。
 王宮住まいの聖女の待遇は、それなりによい。
 食事も美味しい物が用意されている。

「今朝の卵はオムレツでよろしかったでしょうか」
「ええ」

 ふわふわのオムレツにカリカリのベーコン。
 ぷっくりしたソーセージにはリンゴ入り。
 ナイフを入れるとバキッと割れる。
 薄切りのパンはカリッとトーストされて、サラダはシャキシャキだ。
 
「今日は、どのように過ごされるのですか?」
「いつもと同じよ」

 毎朝の習慣となりつつある会話を終えて朝食は終わる。
 レイチェルは、熱い紅茶を一口飲んだ。
 王宮で出される紅茶には、安物の茶葉など使われていない。
 香り高い紅茶を楽しみながら、レイチェルは神殿での日々を思い返した。

(神殿に送り込まれた日から、年代を問わず聖女たちには意地悪されたわ。わたしが『国王の夜伽聖女』に決まってからは特に……私と同じ銀髪にガーネットの瞳を持つヘレンさまの死にざまについては、何度も、何度も繰り返し教えられて……)

 まだ幼かったレイチェルは怯えた。
 大人になった今でも、震えるくらいだ。
 
(ホルツさまがノラではなく、わたしに寄り添ってくれていたらと何度思ったことか……でも今なら分る。無駄なことに期待してはダメ)

 レイチェルには護衛がつけられていない。
 だがその分、気楽に動くことができる。

(状況を変えたいなら、自分で動かなきゃね)

 レイチェルは自室を後にすると、図書館へと向かった。

(安全な王宮内とはいえ、あれこれ詮索されるのは面倒だもの。1人で動けるのはラッキーよ)

 図書館へつくと、レイチェルは目的の本を1人探し始めた。
 いつものことだから、職員も放っておいてくれる。
 レイチェルは、神殿時代に雑談で聞いた話をもとに本を探した。

「あった」

 目的の本を見つけたレイチェルは、一冊の本を書架から引き出した。

「他にもあるかな……」

 広い図書館のなかを1人、うろうろしながら本を探すレイチェルには、ある企みがあった。
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