4 / 33
第四話 聖女は画策する
しおりを挟む
待っていても誰も来ない。
「おはようございます。朝食をお持ちしますね」
レイチェルはベッドの上で、メイドの冷たい声を聞きながら思った。
側妃相当とされるレイチェルだが、侍女の1人すらついていない。
彼女は王宮で孤立していた。
このままわたしは1人、死んでいくの?
昨日の呟きは風に乗り、誰に聞かれることもなく、どこかへと消えていった。
(わたしの両親は、とても仲がよかった。亡くなるのまで一緒だったくらい。お父さまのような配偶者を得て、両親のように仲の良い夫婦になるのは、いまのわたしには難しい。そんな夢、叶わないのは分かっている。でも……小さなささやきも、聞き取ってくれるような。そんな人と一緒になりたい)
昨夜の眠りは最悪で、レイチェルは自分が目を背けていたことを認めるしかなかった。
(このままじゃダメ。時間は何も解決してくれない。お父さまも、お母さまも……戻ってはこないのよ、レイチェル。結婚というカードも、ホルツさまが手放してくれなければ使えない。未来の国王から目の敵にされているような女では、聖女であっても貰い手はないけれど)
メイドの手により窓が開けられて、暖かい風がカーテンを膨らめて揺らしている。
心地の良い風が入る上等な広い部屋にいたって、1人きりでは意味がない。
(わたしは1人。わたしのささやきを誰も聞き取ってなんてくれないし、ましてや受け止めてくれることなどない)
分かっていても諦めきれない自分を、レイチェルは密やかに笑った。
「お仕度をお手伝いしましょうか?」
「いいわ。1人でできるから」
レイチェルはベッドから下りると、寝間着から白のスリップドレスへと着替えた。
渡されるドレスには意味がある。
レイチェルに渡されたのはスリップドレスだ。
しかも前開きになっている。
だから1人で着ることができるのだ。
(貴族であれば、使用人が手伝わなければ着られないような服ばかりなのに。わたしに渡されるものは1人で着られるものばかりなのよね)
スリップドレスは便利だ。
上に羽織るもの次第で、どうとでも使いまわすことができる。
(貴族令嬢なら使用人に手伝わせるのは当たり前だけど。わたしは神殿育ちだから自分でやったほうが気楽)
このスリップドレスも、ホルツに嫌われる理由のひとつだ。
(支給品なのに文句をつけるなんて。そんなに嫌なら、別のドレスを支給したらいいのに。結局は、どんなものを着たって気にくわないのだろうと分かってるわ)
今日は暖かい。
誰も訪れない1人きりの部屋で食事を摂るのなら、上に何も羽織らなくても平気だろう。
レイチェルは溜息を吐きながら朝食の席に着いた。
食事は自室にある小さな机と椅子で摂ることになっている。
レイチェルには日常使いの食堂もなければ、招かれる席もない。
朝も、昼も、夜も。午前のお茶も午後のお茶も、この小さな机と椅子で摂るのだ。
(軟禁されているわけでもないけど、軟禁されているようなものね)
普段の生活のなかでレイチェルと接点があるのは、身の回りの世話をしてくれるメイド、ペニーだけだ。
この黒髪に黒い瞳を持つ冷たい雰囲気のメイドは、もともと無口なのかレイチェルと話などしたくないのか、会話らしい会話をしたことはない。
聖女紋に守られた聖女には護衛は必要ないので、レイチェルは護衛すらいない。
だがさすがに『王族聖女紋』を持ち、将来の『国王の夜伽聖女』という立場になれば、形だけでも護衛くらいはつくと、レイチェルは思っていた。
(先代の『国王の夜伽聖女』予定であったヘレンさまが、あのような死に方をされたのだから……)
伯爵令嬢でクロイツ王太子の夜伽聖女だったヘレンは、魔力の使い過ぎにより、干からびて焼け焦げたような状態で見つかった。
(実際に見たわけではないけれど、それは恐ろしい姿だったと聞いたわ。クロイツ王太子殿下を守るために呪いを引き受けて亡くなるなんて、ロマンチックではあるけれど……その立場にはなりたくないわ)
レイチェルはブルリと震えた。
「上着を羽織られたほうがよろしいのでは?」
「いえ。大丈夫よ、ペニー」
レイチェルは用意された温かいスープを口に運ぶ。
ホッと体が温まる。
王宮住まいの聖女の待遇は、それなりによい。
食事も美味しい物が用意されている。
「今朝の卵はオムレツでよろしかったでしょうか」
「ええ」
ふわふわのオムレツにカリカリのベーコン。
ぷっくりしたソーセージにはリンゴ入り。
ナイフを入れるとバキッと割れる。
薄切りのパンはカリッとトーストされて、サラダはシャキシャキだ。
「今日は、どのように過ごされるのですか?」
「いつもと同じよ」
毎朝の習慣となりつつある会話を終えて朝食は終わる。
レイチェルは、熱い紅茶を一口飲んだ。
王宮で出される紅茶には、安物の茶葉など使われていない。
香り高い紅茶を楽しみながら、レイチェルは神殿での日々を思い返した。
(神殿に送り込まれた日から、年代を問わず聖女たちには意地悪されたわ。わたしが『国王の夜伽聖女』に決まってからは特に……私と同じ銀髪にガーネットの瞳を持つヘレンさまの死にざまについては、何度も、何度も繰り返し教えられて……)
まだ幼かったレイチェルは怯えた。
大人になった今でも、震えるくらいだ。
(ホルツさまがノラではなく、わたしに寄り添ってくれていたらと何度思ったことか……でも今なら分る。無駄なことに期待してはダメ)
レイチェルには護衛がつけられていない。
だがその分、気楽に動くことができる。
(状況を変えたいなら、自分で動かなきゃね)
レイチェルは自室を後にすると、図書館へと向かった。
(安全な王宮内とはいえ、あれこれ詮索されるのは面倒だもの。1人で動けるのはラッキーよ)
図書館へつくと、レイチェルは目的の本を1人探し始めた。
いつものことだから、職員も放っておいてくれる。
レイチェルは、神殿時代に雑談で聞いた話をもとに本を探した。
「あった」
目的の本を見つけたレイチェルは、一冊の本を書架から引き出した。
「他にもあるかな……」
広い図書館のなかを1人、うろうろしながら本を探すレイチェルには、ある企みがあった。
「おはようございます。朝食をお持ちしますね」
レイチェルはベッドの上で、メイドの冷たい声を聞きながら思った。
側妃相当とされるレイチェルだが、侍女の1人すらついていない。
彼女は王宮で孤立していた。
このままわたしは1人、死んでいくの?
昨日の呟きは風に乗り、誰に聞かれることもなく、どこかへと消えていった。
(わたしの両親は、とても仲がよかった。亡くなるのまで一緒だったくらい。お父さまのような配偶者を得て、両親のように仲の良い夫婦になるのは、いまのわたしには難しい。そんな夢、叶わないのは分かっている。でも……小さなささやきも、聞き取ってくれるような。そんな人と一緒になりたい)
昨夜の眠りは最悪で、レイチェルは自分が目を背けていたことを認めるしかなかった。
(このままじゃダメ。時間は何も解決してくれない。お父さまも、お母さまも……戻ってはこないのよ、レイチェル。結婚というカードも、ホルツさまが手放してくれなければ使えない。未来の国王から目の敵にされているような女では、聖女であっても貰い手はないけれど)
メイドの手により窓が開けられて、暖かい風がカーテンを膨らめて揺らしている。
心地の良い風が入る上等な広い部屋にいたって、1人きりでは意味がない。
(わたしは1人。わたしのささやきを誰も聞き取ってなんてくれないし、ましてや受け止めてくれることなどない)
分かっていても諦めきれない自分を、レイチェルは密やかに笑った。
「お仕度をお手伝いしましょうか?」
「いいわ。1人でできるから」
レイチェルはベッドから下りると、寝間着から白のスリップドレスへと着替えた。
渡されるドレスには意味がある。
レイチェルに渡されたのはスリップドレスだ。
しかも前開きになっている。
だから1人で着ることができるのだ。
(貴族であれば、使用人が手伝わなければ着られないような服ばかりなのに。わたしに渡されるものは1人で着られるものばかりなのよね)
スリップドレスは便利だ。
上に羽織るもの次第で、どうとでも使いまわすことができる。
(貴族令嬢なら使用人に手伝わせるのは当たり前だけど。わたしは神殿育ちだから自分でやったほうが気楽)
このスリップドレスも、ホルツに嫌われる理由のひとつだ。
(支給品なのに文句をつけるなんて。そんなに嫌なら、別のドレスを支給したらいいのに。結局は、どんなものを着たって気にくわないのだろうと分かってるわ)
今日は暖かい。
誰も訪れない1人きりの部屋で食事を摂るのなら、上に何も羽織らなくても平気だろう。
レイチェルは溜息を吐きながら朝食の席に着いた。
食事は自室にある小さな机と椅子で摂ることになっている。
レイチェルには日常使いの食堂もなければ、招かれる席もない。
朝も、昼も、夜も。午前のお茶も午後のお茶も、この小さな机と椅子で摂るのだ。
(軟禁されているわけでもないけど、軟禁されているようなものね)
普段の生活のなかでレイチェルと接点があるのは、身の回りの世話をしてくれるメイド、ペニーだけだ。
この黒髪に黒い瞳を持つ冷たい雰囲気のメイドは、もともと無口なのかレイチェルと話などしたくないのか、会話らしい会話をしたことはない。
聖女紋に守られた聖女には護衛は必要ないので、レイチェルは護衛すらいない。
だがさすがに『王族聖女紋』を持ち、将来の『国王の夜伽聖女』という立場になれば、形だけでも護衛くらいはつくと、レイチェルは思っていた。
(先代の『国王の夜伽聖女』予定であったヘレンさまが、あのような死に方をされたのだから……)
伯爵令嬢でクロイツ王太子の夜伽聖女だったヘレンは、魔力の使い過ぎにより、干からびて焼け焦げたような状態で見つかった。
(実際に見たわけではないけれど、それは恐ろしい姿だったと聞いたわ。クロイツ王太子殿下を守るために呪いを引き受けて亡くなるなんて、ロマンチックではあるけれど……その立場にはなりたくないわ)
レイチェルはブルリと震えた。
「上着を羽織られたほうがよろしいのでは?」
「いえ。大丈夫よ、ペニー」
レイチェルは用意された温かいスープを口に運ぶ。
ホッと体が温まる。
王宮住まいの聖女の待遇は、それなりによい。
食事も美味しい物が用意されている。
「今朝の卵はオムレツでよろしかったでしょうか」
「ええ」
ふわふわのオムレツにカリカリのベーコン。
ぷっくりしたソーセージにはリンゴ入り。
ナイフを入れるとバキッと割れる。
薄切りのパンはカリッとトーストされて、サラダはシャキシャキだ。
「今日は、どのように過ごされるのですか?」
「いつもと同じよ」
毎朝の習慣となりつつある会話を終えて朝食は終わる。
レイチェルは、熱い紅茶を一口飲んだ。
王宮で出される紅茶には、安物の茶葉など使われていない。
香り高い紅茶を楽しみながら、レイチェルは神殿での日々を思い返した。
(神殿に送り込まれた日から、年代を問わず聖女たちには意地悪されたわ。わたしが『国王の夜伽聖女』に決まってからは特に……私と同じ銀髪にガーネットの瞳を持つヘレンさまの死にざまについては、何度も、何度も繰り返し教えられて……)
まだ幼かったレイチェルは怯えた。
大人になった今でも、震えるくらいだ。
(ホルツさまがノラではなく、わたしに寄り添ってくれていたらと何度思ったことか……でも今なら分る。無駄なことに期待してはダメ)
レイチェルには護衛がつけられていない。
だがその分、気楽に動くことができる。
(状況を変えたいなら、自分で動かなきゃね)
レイチェルは自室を後にすると、図書館へと向かった。
(安全な王宮内とはいえ、あれこれ詮索されるのは面倒だもの。1人で動けるのはラッキーよ)
図書館へつくと、レイチェルは目的の本を1人探し始めた。
いつものことだから、職員も放っておいてくれる。
レイチェルは、神殿時代に雑談で聞いた話をもとに本を探した。
「あった」
目的の本を見つけたレイチェルは、一冊の本を書架から引き出した。
「他にもあるかな……」
広い図書館のなかを1人、うろうろしながら本を探すレイチェルには、ある企みがあった。
43
あなたにおすすめの小説
『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』
由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。
婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。
ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。
「君を嫌ったことなど、一度もない」
それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。
勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~
咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】
あらすじ
「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」
聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。
彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。
しかし、エリーナはめげなかった。
実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ!
北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。
すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。
「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」
とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。
以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。
最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です
氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。
英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる