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第六話 黒いポメラニアンを愛でる
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召喚されたものを前にして、レイチェルは戸惑った。
「え? 犬? 黒い子犬?」
「キュッ?」
犬は首を反対側に傾げて、小さく鼻を鳴らした。
短い尻尾をブンブン振っている所を見ると機嫌は悪くないようだ。
毛糸で作った玉房のように、黒くてツヤツヤした毛がフワンフワンと揺れている。
「えっと……ポメラニアンかな?」
レイチェルは、プルプルと細かく震えながら「クゥ~ン」と頼りなげな声を上げている黒い毛玉に、どう対応したらいいのか分からず、うろたえた。
(いきなり生き物がきたー。えっ? どうしよう。生き物だよ、生き物。花とか、お菓子とか、本とかを呼び寄せる程度かと思ったのに……犬? これは想定外だわ。しかも真っ黒)
魔法陣の輝きが消えた部屋は薄暗い。
(暗いと、見失っちゃいそう)
レイチェルは、急いで部屋の灯りをつけて回った。
あっという間に爽やかな青い壁の印象的な室内が鮮やかに浮かび上がる。
「ん、これならいいか」
レイチェルは満足そうに微笑み、黒いポメラニアンは黒い目を真ん丸にして固まった。
ペパーミントグリーンに近い青で塗られた壁には、あちらこちらに金色に塗られた彫り物で飾られていて華やかだが、女々しさはない。
女性らしさを感じさせるのは、小さな鏡台くらいだ。
その鏡台すらシンプルな安っぽいもので、部屋とのバランスは悪い。
大きなベッドの天蓋から下がるカーテンは、爽やかな青と深い緑を使った天鵞絨で、金糸のコードやタッセルで飾られている。
豪華で上質ではあるが、夜伽聖女の部屋としては淫靡さに欠けていた。
黒いポメラニアンは、鼻をクンクンうごめかせながら立ち上がると部屋の中を歩き始めた。
(可愛らしい犬だけど、初対面は緊張するっ。黒いし……えっと、犬って何を用意しなきゃいけなかったっけ?)
小さな頭を悩ませるレイチェルの前で、犬はあっちへチョコチョコ、こっちへチョコチョコと移動していく。
「ああ、動いたっ。どうしよう……えっと、これって、どうしたら……」
神殿育ちのレイチェルは、ペットなど飼ったことはない。
可愛らしい小型犬といっても犬は犬だ。
「ちょっと……怖いんだけど……」
ぶっちゃけ、レイチェルは動物が苦手だ。
自分で召喚しておいてなんだが、小さな黒い毛玉が何だか怖い。
どうしていいのか分からないままオタオタしている間に、黒いポメラニアンは邪魔になるような物の少ない室内を自由に歩き回っている。
(わたしの寂しさを埋めるものを召喚したつもりだったんだけど……こんなことなら、チョコレートとかのほうが良かったかも)
レイチェルの思考は取っ散らかっていた。
黒いポメラニアンのほうはといえば、勝手に室内をクンクン嗅ぎながら歩いている。
テクテククンクン。テクテククンクン。尻尾はブンブンである。
(可愛い……けど、なんだか怖いのよねぇ……動物慣れしてなくて……)
だからといって、自分で召喚しておいて追い出すのも違うだろう。
「家具……はあんまりないけど、柱を齧ったり、壁に爪を立てたり、床を掘ったりしないでね?」
レイチェルがそっと声をかけると、黒いポメラニアンは振り返って、馬鹿にしないでとばかりにフンと鼻を鳴らした。
その人間っぽい仕草に、レイチェルは噴き出した。
ちょっとだけ慣れてきた気がする。
(えっと……噛んだりしない、よね?)
レイチェルは黒いポメラニアンに近付いて、そっと右手を差し出した。
撫でようか、止めようか、と悩み躊躇う指先へ、黒いポメラニアンがクンクンと鼻先を近付けた。
そして赤い小さな舌を出して、ペロリと舐めた。
レイチェルは驚いて、サッと手を引いた。
黒いポメラニアンも、ちょっと驚いた様子でキョトンとしている。
「ふ……ふふ。舐められると、ちょっとくすぐったいのね」
レイチェルは笑った。
犬の舌は湿っていて、温かだった。
(あんなにちっちゃいのに。ちゃんと舌だったわ)
なんだか胸の奥が温かくなってキュンとする。
(え、犬。ちょっと可愛いかも)
レイチェルは床に膝をついて目線を下げながら、黒いポメラニアンに向かってそっと右手を伸ばす。
手を広げて黒いポメラニアンに近付けると、手のひらにチョコンと鼻先をくっつけた。
クンクンと嗅ぎながら鼻先を近付ける行為を数回繰り返して、レイチェルの手のひらをペロッと舐める。
「ふふふ。大丈夫そう」
恐怖心が無くなってくると、ふわふわした毛皮に触りたくなった。
(撫でたいっ!)
レイチェルは恐る恐るポメラニアンへ手を伸ばした。
そして、手の甲を黒い背中にそっと滑らせる。
「うわぁ、フワフワすべすべ~」
そして仄かに温かい小さな犬の体温が、レイチェルの手を伝わってくる。
久しぶりに感じる自分以外の体温に、彼女の頬は緩んだ。
「あ、わたし、犬好きかも」
思い切って頭を撫でてみる。
黒いポメラニアンは、気持ちよさそうに目を閉じた。
「うわぁ、可愛い」
レイチェルは黒いポメラニアンへ更に近付くと、ヒョイと膝の上に抱き上げた。
膝の上に何とも言えない温もりが広がっていく。
「うわぁ……うわぁ……」
レイチェルの口から意味のない言葉がこぼれて落ちる。
黒いポメラニアンは、キョトンとした表情を浮かべて見上げていた。
「え? 犬? 黒い子犬?」
「キュッ?」
犬は首を反対側に傾げて、小さく鼻を鳴らした。
短い尻尾をブンブン振っている所を見ると機嫌は悪くないようだ。
毛糸で作った玉房のように、黒くてツヤツヤした毛がフワンフワンと揺れている。
「えっと……ポメラニアンかな?」
レイチェルは、プルプルと細かく震えながら「クゥ~ン」と頼りなげな声を上げている黒い毛玉に、どう対応したらいいのか分からず、うろたえた。
(いきなり生き物がきたー。えっ? どうしよう。生き物だよ、生き物。花とか、お菓子とか、本とかを呼び寄せる程度かと思ったのに……犬? これは想定外だわ。しかも真っ黒)
魔法陣の輝きが消えた部屋は薄暗い。
(暗いと、見失っちゃいそう)
レイチェルは、急いで部屋の灯りをつけて回った。
あっという間に爽やかな青い壁の印象的な室内が鮮やかに浮かび上がる。
「ん、これならいいか」
レイチェルは満足そうに微笑み、黒いポメラニアンは黒い目を真ん丸にして固まった。
ペパーミントグリーンに近い青で塗られた壁には、あちらこちらに金色に塗られた彫り物で飾られていて華やかだが、女々しさはない。
女性らしさを感じさせるのは、小さな鏡台くらいだ。
その鏡台すらシンプルな安っぽいもので、部屋とのバランスは悪い。
大きなベッドの天蓋から下がるカーテンは、爽やかな青と深い緑を使った天鵞絨で、金糸のコードやタッセルで飾られている。
豪華で上質ではあるが、夜伽聖女の部屋としては淫靡さに欠けていた。
黒いポメラニアンは、鼻をクンクンうごめかせながら立ち上がると部屋の中を歩き始めた。
(可愛らしい犬だけど、初対面は緊張するっ。黒いし……えっと、犬って何を用意しなきゃいけなかったっけ?)
小さな頭を悩ませるレイチェルの前で、犬はあっちへチョコチョコ、こっちへチョコチョコと移動していく。
「ああ、動いたっ。どうしよう……えっと、これって、どうしたら……」
神殿育ちのレイチェルは、ペットなど飼ったことはない。
可愛らしい小型犬といっても犬は犬だ。
「ちょっと……怖いんだけど……」
ぶっちゃけ、レイチェルは動物が苦手だ。
自分で召喚しておいてなんだが、小さな黒い毛玉が何だか怖い。
どうしていいのか分からないままオタオタしている間に、黒いポメラニアンは邪魔になるような物の少ない室内を自由に歩き回っている。
(わたしの寂しさを埋めるものを召喚したつもりだったんだけど……こんなことなら、チョコレートとかのほうが良かったかも)
レイチェルの思考は取っ散らかっていた。
黒いポメラニアンのほうはといえば、勝手に室内をクンクン嗅ぎながら歩いている。
テクテククンクン。テクテククンクン。尻尾はブンブンである。
(可愛い……けど、なんだか怖いのよねぇ……動物慣れしてなくて……)
だからといって、自分で召喚しておいて追い出すのも違うだろう。
「家具……はあんまりないけど、柱を齧ったり、壁に爪を立てたり、床を掘ったりしないでね?」
レイチェルがそっと声をかけると、黒いポメラニアンは振り返って、馬鹿にしないでとばかりにフンと鼻を鳴らした。
その人間っぽい仕草に、レイチェルは噴き出した。
ちょっとだけ慣れてきた気がする。
(えっと……噛んだりしない、よね?)
レイチェルは黒いポメラニアンに近付いて、そっと右手を差し出した。
撫でようか、止めようか、と悩み躊躇う指先へ、黒いポメラニアンがクンクンと鼻先を近付けた。
そして赤い小さな舌を出して、ペロリと舐めた。
レイチェルは驚いて、サッと手を引いた。
黒いポメラニアンも、ちょっと驚いた様子でキョトンとしている。
「ふ……ふふ。舐められると、ちょっとくすぐったいのね」
レイチェルは笑った。
犬の舌は湿っていて、温かだった。
(あんなにちっちゃいのに。ちゃんと舌だったわ)
なんだか胸の奥が温かくなってキュンとする。
(え、犬。ちょっと可愛いかも)
レイチェルは床に膝をついて目線を下げながら、黒いポメラニアンに向かってそっと右手を伸ばす。
手を広げて黒いポメラニアンに近付けると、手のひらにチョコンと鼻先をくっつけた。
クンクンと嗅ぎながら鼻先を近付ける行為を数回繰り返して、レイチェルの手のひらをペロッと舐める。
「ふふふ。大丈夫そう」
恐怖心が無くなってくると、ふわふわした毛皮に触りたくなった。
(撫でたいっ!)
レイチェルは恐る恐るポメラニアンへ手を伸ばした。
そして、手の甲を黒い背中にそっと滑らせる。
「うわぁ、フワフワすべすべ~」
そして仄かに温かい小さな犬の体温が、レイチェルの手を伝わってくる。
久しぶりに感じる自分以外の体温に、彼女の頬は緩んだ。
「あ、わたし、犬好きかも」
思い切って頭を撫でてみる。
黒いポメラニアンは、気持ちよさそうに目を閉じた。
「うわぁ、可愛い」
レイチェルは黒いポメラニアンへ更に近付くと、ヒョイと膝の上に抱き上げた。
膝の上に何とも言えない温もりが広がっていく。
「うわぁ……うわぁ……」
レイチェルの口から意味のない言葉がこぼれて落ちる。
黒いポメラニアンは、キョトンとした表情を浮かべて見上げていた。
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