【完結】冷遇された瘴気払いの夜伽聖女は、召喚した呪われ王子に溺愛される

天田れおぽん

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第十五話 瘴気払いの微睡

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 2人して戻った青い部屋は、すっかり様変わりしていた。

「随分と華やかになったわね」
「気に入ったかい?」
「ええ、とっても」

 青い壁の華やかさばかりが目立っていた壁には肖像画や風景画が掛けられ、コンソールテーブルの上には金色の花瓶。そして花瓶のなかには――――

「あら、あの花は……」
「ふふ。昨日咲いた花だね」

 七色に輝く夜伽花よとぎばながたっぷりといけられた花瓶を見ながら、レイチェルの頬は赤く染まっていった。

(夜伽をしたのは公然の事実ではあるけれど。これ見よがしに飾られたりしたら……もうっ、もうっ、恥ずかしくて変な汗が出ちゃう)

 俯きながらベッドのほうに視線をやれば、昨夜の痕跡は綺麗になくなっていた。
 聖女紋から広がった蔓も、花開いた魔法の花も、すべて片付けられている。
 白いシーツに包まれた清潔なベッドがあるだけだ。
 大きなベッドも調度品が運び込まれた部屋なら悪目立ちしない。

 壁には風景画だけでなく肖像画も飾られていた。

(これは前王妃でクロイツさまのお母さまであるクロエさまの肖像画ね。男女の違いはあるけれど、クロイツさまとクロエさまは、よく似ているわ)

 豊かな金髪にアメジスト色の瞳。
 肖像画のなかでは、美しく整った顔立ちの女性が、愛らしさのある柔らかな笑顔を浮かべていた。
 窓は大きく開けられていて、白いレースのカーテンが揺れている。
 厚手のカーテンは掛けかえられていて、夜でも明るく見えそうな金地の豪華なものに変わっていた。

「部屋が随分と明るくなったみたい」

 レイチェルは笑顔で言った。

(広いだけの豪華で殺風景なベッドばかり目立つ部屋ではなくて、豪奢で居心地よさそうな部屋になったわね。家庭的な雰囲気もある)

 レイチェルは揺れるカーテンを眺めながら、アメジスト色の瞳がはまった大きな目を嬉しそうに細めた。
 表情を緩めたレイチェルを見て、クロイツもにっこりとする。
 そして大きなあくびをした。

「あら、やはり眠かったのですね」
「ん。父上にも会って、王太子の地位も確認できたし。君の笑顔を見ていたら気が緩んでしまって……まだ明るい時間だというのに、すまない」

 そう言いながらまたあくびをするクロイツを見て、レイチェルはクスクスと笑った。

「それは仕方ありませんわ。だって昨夜は……」
「ん、そうだな。まともに寝てないか。しっかり寝たのは寝たが、アレは疲れが取れないほうの寝るだから……」
「もう、いやですわクロイツさま。恥ずかしい」

 レイチェルは再び真っ赤になると、両方の手のひらで顔を覆って首を左右に振った。
 クロイツは右腕で彼女を抱き寄せると、ピンク色の髪のつむじ辺りに柔らかなキスを何度も落とした。

「君は、とても母に似ている」
「そうですか? こんなに美しい方と似ていると言っていただけて、光栄です」

 うふふと笑うレイチェルを見下ろしながら、クロイツは幸せそうに笑みを浮かべた。
 そして大きくあくびをした。

「やはり眠いのですね、クロイツさま。少しお昼寝しましょうか」
「ん、そのほうがいいかも……」

 2人してベッドへと向かう。
 レイチェルにとっては寝なれているベッドではあるが、クロイツにとってはどうなのだろうか?
 気になって聞いてみた。

「クロイツさま。ベッドは交換してもらわなくてよかったのですか?」
「ああ。これはもともとぼくが使っていたものだし。ぼく以外には君しか使っていないのだから大丈夫だろう」

(やっぱり。ホルツさまは最初からこの部屋に来る気なんてなかったのね。消えた兄の部屋で、兄の使っていたベッドの上で夜伽なんて、するわけがないもの)

 改めてホルツの所業を知り、もっと罰が当たればいいと思うレイチェルであった。

「ん~、寝るといっても着替えるのは面倒だな」

 クロイツが、すでに半分寝ているようにぼんやりした口調で言った。

(美形の寝ぼけまなこ最高!)

 レイチェルは笑いながらクロイツの体をベッドへと誘導して座らせる。

「ふふふ。上着と靴だけ脱いで横になりましょうか」

 かがんで靴を脱がせているレイチェルのピンク色の髪を右手で撫でながら、クロイツは自分の上着をモゾモゾと触っている。

「そうだね……うーん、ボタンがたくさんで外せない……」
「外して差し上げますね」

 レイチェルは立ち上がると、ベッドに座っているクロイツの上着を見た。

「ここと、ここと……ああ、本当にボタンがたくさんありますね。これでは1人では着られないわ」
「ふふ。ボタンを外すの上手だね」
「わたしは、いつも1人で着替えていますから」

 クロイツはレイチェルのピンク色の髪をひと房、右手にとって口元に近付けた。
 
(髪の毛にキスしてもらいながら、服のボタンを外しているなんて変ね。今からはお昼寝するだけなのだから。そうよ、お昼寝するのよ)

 レイチェルはドキドキして指先が震えてしまう。
 思うようにボタンを外せないレイチェルを、眠そうなクロイツは悪戯っぽく笑って見ていた。
 どうにか上着を脱がすことに成功したレイチェルは、溜息を吐きながらクロイツの隣に腰を下ろした。

「ふぅ~。終わりましたよ、クロイツさま。さぁ、お昼寝しましょ」
「ふふふ。寝るんだね」
「クロイツさま。本当に寝るだけですからね。ほら、クロイツさまの目、溶けちゃいそうではありませんか」

 レイチェルは、今にも寝落ちしそうなクロイツを手伝ってベッドに横たえた。

「んん~、すぐ眠ってしまいそう」
「眠っちゃってください、クロイツさま。まだ呪いの影響が残っているのかもしれません。瘴気払いは一緒にいるだけで出来ますからね」
「ん、分かった」

 クロイツは横向きになって、今にも閉じてしまいそうな目でレイチェルを見た。
 そして自分の横へと寝そべったレイチェルに、蕩けてしまいそうな小さな声でねだる。

「ねぇ、レイチェル。昨日みたいに、ぼくを撫でて」
「え?」
「ぼくが犬だった時みたいに、撫でて欲しいんだ」

 レイチェルはふふっと笑うと、キラキラした金色の髪を撫でた。
 スベスベした仄かな温もりのある感触を楽しんでいると、気付けばクロイツは眠っていた。

(やはり疲れてらっしゃったのね。気も張っていたでしょうし。呪いの痕跡は……今のところは大丈夫そう。あぁ、窓から入ってくる風が気持ちいい。この部屋は温かくて……居心地がいいわ……)

 すやすやと穏やかな寝息を立てて眠るクロイツの髪を撫でながら、レイチェルもいつの間にか眠りに落ちていった。
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