【完結】冷遇された瘴気払いの夜伽聖女は、召喚した呪われ王子に溺愛される

天田れおぽん

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第二十一話 夜会

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 バタバタと時は過ぎ。
 少しでも早くと手配されていた夜会の日は、あっという間にやってきた。
 結局レイチェルは、クロイツの亡き母が息子の伴侶となる者のために用意していた新しいドレスは選ばなかった。
 前王妃殿下が若かりし頃に着用したドレスへ手を入れて着ることを、あえて選んだのだ。

「クロイツ王太子殿下と婚約者レイチェル・ミアン男爵令嬢のご入場です」

 呼び出しに応じて真っ赤なカーテンの下をくぐって広間に出れば、集められた貴族たちの視線が一斉に2人へと集まる。
 大理石の床を踏みしめる人々の視線には、好意的なものもあれば、敵意むき出しのものもあった。
 豪華なシャンデリアの灯りに照らされた大広間は金の装飾が効いた華やかな場所で、熱くもなければ寒くもないはずなのに、レイチェルの背筋をゾクゾクッとした震えが走る。

(でもこんなことくらいで怯んでいたらダメね。歴代の王妃候補もこの視線にさらされていたのだから。嫉妬や欲の渦巻く貴族の世界ですもの。呪い呪われなんて日常茶飯事)

 レイチェルは気を取り直すように背筋をシャンと伸ばした。
 負けてなどいられない。

「そのドレス、よく似合っているよ。今夜の君も、とても綺麗だ」
「ありがとうございます、クロイツさま」

 キラキラした美形であるクロイツに柔らかな笑みと共に褒められて、レイチェルは頬を赤らめた。
 おそらく用意された中で一番古いものであろうドレスを選んだが、あまり手を入れる必要はなかった。
 淡いピンク地に白いレースを施して金の刺繍を入れたフンワリしたドレスは、最初からレイチェルのために用意されたかのように、とても似合っている。
 侍女たちの手によってコーディネイトされたアクセサリーやヘアメイクなども功を奏した。
 豪華なシャンデリアの下がる大広間に立っても見劣りすることがないように、侍女たちがしっかりとコーディネートしてくれたのだ。
 若く、美しく、華奢でありながら出るべきところはしっかり出ているレイチェルに、そのドレスはとてもよく似合っていた。
 しかし彼女がこのドレスを選んだのは、それだけが理由ではない。

(クロエ王妃殿下は、ご結婚前からこんな視線を向けられていた上に、命まで狙われていたのね)

 レイチェルは亡きクロエ王妃が、自身のドレスに魔法陣を施していたことに気付いていた。
 ドレスの裏側から施してある魔法陣は、主に呪い返しや呪い除けだ。
 
(表立って防御用の魔法が使えない事情でもあったのか、ご自分で施したような素人っぽい呪い返しもいくつかあったわ)

 魔法陣は魔力を通さないと使えない。
 ドレスのなかには、まだ亡きクロエ王妃の魔力を感じる物まであった。

(仄かな魔力の痕跡も、亡き人への思い出に浸らせてくれる力がある。あそこに並べられていたドレスのなかで魔力の痕跡が一番弱かったものを選んだけれど。結果的に、それがよかったみたい)

 現王妃であるルシアナが、レイチェルを物凄い形相で睨んでいる。

(ふふふ。クロエ王妃殿下の若き日のドレスですもの。そりゃ、面白くないでしょう。大方、このドレスに悪い思い出でもあるのね。正妃となる婚約者と夜伽聖女では、扱いが月とスッポンですもの)

 だがルシアナがいくら腹を立てたところで、レイチェルを怖がらせることができなかった。
 クロエとレイチェルでは、魔力量が違う。
 しかもレイチェルは正式に聖女としての鍛錬をしてきている。
 魔力量が多くても使い方を学ぶ機会を奪われていた前王妃とは違う。

(ルシアナ王妃殿下も夜伽聖女ではあるけれど……若さと魔力量が違うもの。聖女として鍛錬を積んだ相手でも、負ける気がしない。ルシアナ王妃殿下の仕掛ける呪いくらいなら、弾き返せる自信があるわ)

 しかも今のレイチェルは、正式に王太子であるクロイツの婚約者と認められた存在だ。
 ただの男爵令嬢でも、一介の聖女でもない。
 ルシアナが聖女であり王妃でもある特別な存在であっても、今のレイチェルには下手に手出しはできないのだ。

(秘密裡に殺そうとしたって無駄よ。わたしの魔力量は、近年の聖女のなかでは群を抜いていると聞いているわ。呪いに対する感知能力も高い。ルシアナ王妃はわたしの反撃が怖くて、下手な攻撃に出られないのよ。いい気味だわ)

 ルシアナもレイチェルへの冷遇を放置していた1人だ。
 あまり良い印象はない。

(クロイツさまをポメラニアンに変えた犯人も捕まっていないし、油断できない)

 レイチェルは笑顔を振りまきながら、周囲へ目を配った。
 隣に立つクロイツが少し屈んで、レイチェルの耳元にそっとささやいた。

「今夜のレイチェルは一段と綺麗だから、注目の的だね」
「ふふふ、ありがとうございます。クロイツさまも素敵です」
「ありがとう」

 白地に金を効かせた貴族服は、クロイツによく似合っていた。
 新しい物は間に合わなかったが、昔の衣装を仕立て直して間に合わせたのだ。
 
(本当に、とてもよくお似合い。八年ぶりに袖を通したとは思えないわね)

 クロイツによると仕立て直しにより完全に別のデザインになったらしいが、急場しのぎで用意された物とは思えないほど綺麗に仕上がっている。
 どこから見ても立派な王太子殿下だ。
 少し前まで犬にされていたとは思えないほど、クロイツは立派に社交もこなしている。
 高齢の上位貴族がクロイツへ挨拶にやってきた。
 貴族社会は複雑だ。
 和やかに話をしているのを横で聞いているレイチェルには、まだ敵と味方の区別がつかない。

「お元気になられて何よりです」
「ふふ。ぼくも元気になれて嬉しいよ。こうして、貴方たちにも会えたしね」
「まぁ、お上手ですこと」

 貴族に言われて笑顔で返したクロイツに、横にいた夫人はフフフと笑った。
 
(味方の方たちかしら? 貴族は夫婦であっても、片方は味方で片方が敵だったりするから、うかつな反応はできないのよね)

 レイチェルはクロイツの隣で当り障りないように笑みを浮かべていた。

「まさか神殿で治療を受けていらしたとは」
「何の情報もなくて心配しましたわ」

 貴族夫婦は眩しいものでも見るようにクロイツを見上げている。
 クロイツは姿を見せなかった間、神殿で治療を受けていたということになっていた。
 美しい王太子は、少々憂いを帯びた表情を浮かべた。

「ええ。ぼく自身、キチンと治るのかと不安でしたけれど……なんとか元気になりました。元へ戻らなかったら、ホルツに王太子の座を譲ったまま、陰に隠れて静かに暮らすつもりでしたが……元気になりましたので。父の指示で、焦らずに治療をしたからかもしれません」

 適度に嘘を織り交ぜながら説明をしていたクロイツが、レイチェルに笑顔を向けた。
 
「最終的な治療を行ってくれたのはレイチェルです。ほら、レイチェル。そんな隅のほうにいないで、こっちにおいで」

 クロイツは少し後ろに控えていたレイチェルを抱き寄せると、高位貴族たちに紹介した。

(わたしには、誰が敵で誰が味方か、全く分からないわ。後で確認しなくては)

 会場と会場を埋める貴族たちの華やかに圧倒されていたが、レイチェルにはレイチェルの仕事がある。

(もう二度とクロイツさまをポメラニアンになんてさせないんだから)

 呪いをかける方法は様々だ。
 その全てを未然に防ぐのは難しい。
 だがレイチェルは感知能力に優れているし、軽い呪いならば隣に立っているだけで自然に解くことができる。

(わたしだから出来る技ね。これが力不足の聖女だと、逆に魔力が枯渇して、あっという間に聖女自身が死んでしまうわ)

 聖女といっても、レベルは色々だ。
 ましてや、何の訓練も受けていない貴族令嬢がクロイツの隣に立つことには、かなりの危険があることだろう。

(クロエ王妃殿下は、本当にクロイツさまを愛していたのね。彼の隣に立つ女性、彼の愛した女性が呪いに蝕まれることがないように、事前にドレスを用意しておくなんて。ドレスは消耗品だけど、覆う部分が多い分、守護を効かせやすい。クロエ王妃殿下は、賢い方だったのね)

 レイチェルは、見せてもらったドレスの数々を思い浮かべながら思った。
 亡くなった聖女ヘレンは、クロイツの幼馴染だ。
 魔力量もレイチェルほどではないが、多かったと聞いている。
 伯爵令嬢では爵位の釣り合いがとれないが、状況次第でクロイツの婚約者としても指名されても不思議はない。
 もっとも2人の関係は、恋愛関係よりも兄妹関係に近かったようだ。
 そうであるのなら、夜伽聖女として側にいながら夜伽はともにせず、幼馴染の王太子のために妃となる女性を守るために力を貸したはずだ。
 妃として別の女性を迎え入れたとしても、クロエ王妃殿下が用意したドレスたちはヘレンが魔力を通すことで鎧になる。
 クロイツの母は、自分の息子はもちろん、その伴侶も守るつもりだったのだ。

(永く使うことができるアクセサリーにも、もちろん守護は効いていた。呪いの害について心配する方はよくいるし、対策を講じるのはよくあることだけど……先回りして未来の王妃まで守護なさろうとするなんて。クロエ王妃殿下は、愛情深い方だったのね……)

 レイチェルはクロイツの隣で愛想よくふるまいながら、ホルツとノラの鋭い視線も感じていた。

(ホルツは王太子の地位を失ったし、ノラもの地位を狙っていただろうに当てが外れたわね)

 ホルツはいつものように黒地に金刺繍がたっぷり入った赤のアクセントが効いた軍服のような貴族服を着ている。
 側にピッタリとくっついているノラは、氷のような冷たい銀髪と青い瞳に合わせたような銀色のボリュームの少ないドレス姿だ。
 ホルツが贈ったのであろう、胸元に光る大きな赤いルビーの入ったネックレスが、妙に浮き上がって見えた。

(あの人たちは、この先もずっとあの調子で生きていくつもりなのかしら? 自分たちが気に入らないからって、損得も考えずに冷遇するなんて。貴族の対応としては馬鹿すぎる)

 レイチェルは隣に立つクロイツへ視線を戻した。

(馬鹿の相手もしなきゃいけないし、まだクロイツさまをポメラニアンに変えた犯人も捕まっていないし……ん、全方向対策するのは大変そう。でもクロイツさまのためなら頑張れるわ)

 豪奢な大広間で華やかな視線を浴びながら、レイチェルはこれからのことについて思考を巡らせた。
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