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第1話 何者でもない上にダメダメなわたし
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わたしは高橋明日香、25歳。
今日は長年の友人たちとの食事会だ。
秋の始まった季節。
まだ薄着でも充分な気温ではあるものの、午後6時を少し過ぎたくらいだというのに窓の外はすっかり暗くなっていた。
シックな店内は、黒をベースに青をアクセントカラーに使っていて、白いテーブルクロスがとても映える。
わたしは丸いテーブルを気の置けない友人と囲んでいた。
とても楽しい反面、華やかな友人たちを前にして、中肉中背で地味でも派手もない埋もれがちなルックスのわたしは、ちょっといじけていた。
「みんな華やかでいいなー。わたしは高校卒業して入った会社で、事務だもん」
わたしは目の前にある水の入ったグラスをとり、一口飲んだ。
普段は来ることがない高級なイタリアンレストランは、水まで高級な味がする。
これはレモン風味か? それともハーブ?
飲みなれない高級な味だが、美味しい。
「なに言ってるの、明日香。あなたは実家から通勤できる会社に勤めていて、残業もないんでしょ? 快適な生活じゃない」
ストレートボブのキリッとした美人が、わたしの不満を否定する。
高校からの友人の1人、川上美香だ。
上品なメイクを施した顔を少し歪め、軽く咎めるように言う。
「実家は、持ち家。ご両親は、健在。しかもご両親は、明日香が大好きで甘々に愛されている。現代においては珍しい好環境じゃないの。文句を言ったら罰が当たるわよ」
喋るごとに美香の艶やかな黒髪がサラサラと揺れて、レストランの照明を弾いて煌めく。
美香は文句なく美人だ。
しかし言っていることには文句を言いたいのだ、わたしは。
「だって美香は、一流大学を出て、一流企業に勤めていて、しかも小説家。わたしは高卒事務員だもん。地味すぎるし、ダメすぎるし、安月給すぎる~」
「ダメじゃないっ」
わたしの嘆きに、美香はピシッと言った。
綺麗にネイルのされた右手の人差し指によるデコピン付きだ。
「痛っ」
「小説家といったって、私は年に一冊出せる程度よ。勤め先は一流企業ではあるけれど、仕事なんてどこでしてたって地味よ」
そう言って肩をすくめる美香の隣で、もう1人の友人、森山久美子も説教口調で言う。
「そうよ、明日香。仕事はどんなものでも結局は地味で泥臭いのよ。仕事なんだから」
久美子は華やかな美女だ。
長い髪を茶色に染めて緩いウエーブをつけている。
化粧が濃いわけでもないのに、とにかく目立つタイプである。
「久美子は会社を辞めて結婚して、専業主婦でしょ? ある意味、勝ち組!」
「専業主婦は仕事に出るよりも、もっとずっと泥臭いんだから」
わたしの指摘に、久美子は胸を張っている。
美香が渋い顔をして久美子を見ながら、立てた右手の人差し指を左右に振りながら口を開いた。
「ノンノン。久美子はweb小説家でしょ? 私、新作読んだわよ。あなたは本当に恋愛小説が得意よね」
「うふふ。ありがとー。あの作品も、書籍化とコミカライズ決まったの。今度は電子書籍だけじゃなくて、紙書籍もでるの」
「えー、おめでとー」
久美子の報告に美香は目を丸くしてお祝いの言葉を口にした。
「おめでとう、久美子。うわぁ、いよいよ紙書籍進出かー」
わたしは手を叩いて久美子を称えた。
そして、ちょっと落ち込む。
「いいなー。やっぱ、わたしだけ地味だー」
わたしは白いテーブルクロスの上にガックリと顔を伏せた。
自分の人生が恵まれていることは分かっているが、周りに比べると地味なのだ。
「地味すぎるー」
「なによ、明日香。いつもの自虐によるジョークじゃなくて、本気でへこんでるの?」
久美子が驚いたように言った。
美香も驚いた様子で声を上げる。
「えー。マジで落ち込んでるの?」
「うん。わりとマジ」
友人たちらしい反応に、わたしは伏せた顔をガバッと勢いよく上げて訴える。
「わたし、もう25歳!」
「うん、知ってる」
「私たち同級生だもんね」
美香が言えば、久美子もウンウンと頷きながら言う。
だが2人とも事態の深刻さを分かっていないようだ。
「わたし、このままだと高卒事務員のうえに、子ども部屋オバサンまっしぐらだよぉ~」
わたしの嘆きに、2人はポカンとしている。
何が問題なの? と顔に書いてあるようだ。
昨今、25歳は売れ残りのクリスマスケーキなどと言ってくるバカは、昭和世代くらいだ。
25歳は、何の節目でもない。
だからこそ、わたしは勝手に焦っている。
25歳にして何者でもないわたしに。
「そりゃさ。わたしは世の薄給事務員のなかでは恵まれているのは分かってるよ? でもさ。結婚もしてないし、特にこれといった仕事もしてないし、稼ぎも悪い。1人暮らしすらしていない、自立すらできていない」
「別にいいじゃない。その分、貯金できてるでしょ?」
「うっ……」
美香に痛い所を突かれて、わたしは胸を押さえた。
「あー……実家にいて浮いた分のお金は使っちゃってるんだ」
「うぅ」
さらに痛いところを抉る美香の言葉に、わたしは胸を押さえて仰け反る。
「分かっているなら貯金すればいいじゃない」
「だってだって、それをするには世の中、誘惑が多すぎる……」
わたしは覗き込んでくる久美子の視線を避けながら、つぶやく。
面白い漫画があるからいけない。
楽しいアニメがあるからいけない。
魅力的なキャラクターが誘惑してくるグッズから目をそらせるか?
答えは否だ。
「昔から明日香は趣味が幅広いからねぇ」
美香は溜息を吐きながら言った。
わたしはコクコクと頷くしかない。
映画も好き。
演劇も好き。
小説も読むし、流行りの曲だって聞く。
久美子も溜息混じりに口を開く。
「25歳にもなればスキンケアだって必要だし、化粧もしないといけないし。お洒落ではなくとも清潔な服は着たい、っていうところかしら?」
「あー。明日香は服が擦り切れるまで着てたりするもんね。袖口が擦り切れて、縫ってあるところまで2つに分かれているのを見たのは、明日香のシャツが初めてよ」
「あー、そんなことあったねー」
美香が手を叩いて答える。
頼む、友人たち。
わたしの恥をこんなお洒落なレストランでばらすのは止めてくれ。
ボチボチ周囲の視線が痛いよ……。
今日は長年の友人たちとの食事会だ。
秋の始まった季節。
まだ薄着でも充分な気温ではあるものの、午後6時を少し過ぎたくらいだというのに窓の外はすっかり暗くなっていた。
シックな店内は、黒をベースに青をアクセントカラーに使っていて、白いテーブルクロスがとても映える。
わたしは丸いテーブルを気の置けない友人と囲んでいた。
とても楽しい反面、華やかな友人たちを前にして、中肉中背で地味でも派手もない埋もれがちなルックスのわたしは、ちょっといじけていた。
「みんな華やかでいいなー。わたしは高校卒業して入った会社で、事務だもん」
わたしは目の前にある水の入ったグラスをとり、一口飲んだ。
普段は来ることがない高級なイタリアンレストランは、水まで高級な味がする。
これはレモン風味か? それともハーブ?
飲みなれない高級な味だが、美味しい。
「なに言ってるの、明日香。あなたは実家から通勤できる会社に勤めていて、残業もないんでしょ? 快適な生活じゃない」
ストレートボブのキリッとした美人が、わたしの不満を否定する。
高校からの友人の1人、川上美香だ。
上品なメイクを施した顔を少し歪め、軽く咎めるように言う。
「実家は、持ち家。ご両親は、健在。しかもご両親は、明日香が大好きで甘々に愛されている。現代においては珍しい好環境じゃないの。文句を言ったら罰が当たるわよ」
喋るごとに美香の艶やかな黒髪がサラサラと揺れて、レストランの照明を弾いて煌めく。
美香は文句なく美人だ。
しかし言っていることには文句を言いたいのだ、わたしは。
「だって美香は、一流大学を出て、一流企業に勤めていて、しかも小説家。わたしは高卒事務員だもん。地味すぎるし、ダメすぎるし、安月給すぎる~」
「ダメじゃないっ」
わたしの嘆きに、美香はピシッと言った。
綺麗にネイルのされた右手の人差し指によるデコピン付きだ。
「痛っ」
「小説家といったって、私は年に一冊出せる程度よ。勤め先は一流企業ではあるけれど、仕事なんてどこでしてたって地味よ」
そう言って肩をすくめる美香の隣で、もう1人の友人、森山久美子も説教口調で言う。
「そうよ、明日香。仕事はどんなものでも結局は地味で泥臭いのよ。仕事なんだから」
久美子は華やかな美女だ。
長い髪を茶色に染めて緩いウエーブをつけている。
化粧が濃いわけでもないのに、とにかく目立つタイプである。
「久美子は会社を辞めて結婚して、専業主婦でしょ? ある意味、勝ち組!」
「専業主婦は仕事に出るよりも、もっとずっと泥臭いんだから」
わたしの指摘に、久美子は胸を張っている。
美香が渋い顔をして久美子を見ながら、立てた右手の人差し指を左右に振りながら口を開いた。
「ノンノン。久美子はweb小説家でしょ? 私、新作読んだわよ。あなたは本当に恋愛小説が得意よね」
「うふふ。ありがとー。あの作品も、書籍化とコミカライズ決まったの。今度は電子書籍だけじゃなくて、紙書籍もでるの」
「えー、おめでとー」
久美子の報告に美香は目を丸くしてお祝いの言葉を口にした。
「おめでとう、久美子。うわぁ、いよいよ紙書籍進出かー」
わたしは手を叩いて久美子を称えた。
そして、ちょっと落ち込む。
「いいなー。やっぱ、わたしだけ地味だー」
わたしは白いテーブルクロスの上にガックリと顔を伏せた。
自分の人生が恵まれていることは分かっているが、周りに比べると地味なのだ。
「地味すぎるー」
「なによ、明日香。いつもの自虐によるジョークじゃなくて、本気でへこんでるの?」
久美子が驚いたように言った。
美香も驚いた様子で声を上げる。
「えー。マジで落ち込んでるの?」
「うん。わりとマジ」
友人たちらしい反応に、わたしは伏せた顔をガバッと勢いよく上げて訴える。
「わたし、もう25歳!」
「うん、知ってる」
「私たち同級生だもんね」
美香が言えば、久美子もウンウンと頷きながら言う。
だが2人とも事態の深刻さを分かっていないようだ。
「わたし、このままだと高卒事務員のうえに、子ども部屋オバサンまっしぐらだよぉ~」
わたしの嘆きに、2人はポカンとしている。
何が問題なの? と顔に書いてあるようだ。
昨今、25歳は売れ残りのクリスマスケーキなどと言ってくるバカは、昭和世代くらいだ。
25歳は、何の節目でもない。
だからこそ、わたしは勝手に焦っている。
25歳にして何者でもないわたしに。
「そりゃさ。わたしは世の薄給事務員のなかでは恵まれているのは分かってるよ? でもさ。結婚もしてないし、特にこれといった仕事もしてないし、稼ぎも悪い。1人暮らしすらしていない、自立すらできていない」
「別にいいじゃない。その分、貯金できてるでしょ?」
「うっ……」
美香に痛い所を突かれて、わたしは胸を押さえた。
「あー……実家にいて浮いた分のお金は使っちゃってるんだ」
「うぅ」
さらに痛いところを抉る美香の言葉に、わたしは胸を押さえて仰け反る。
「分かっているなら貯金すればいいじゃない」
「だってだって、それをするには世の中、誘惑が多すぎる……」
わたしは覗き込んでくる久美子の視線を避けながら、つぶやく。
面白い漫画があるからいけない。
楽しいアニメがあるからいけない。
魅力的なキャラクターが誘惑してくるグッズから目をそらせるか?
答えは否だ。
「昔から明日香は趣味が幅広いからねぇ」
美香は溜息を吐きながら言った。
わたしはコクコクと頷くしかない。
映画も好き。
演劇も好き。
小説も読むし、流行りの曲だって聞く。
久美子も溜息混じりに口を開く。
「25歳にもなればスキンケアだって必要だし、化粧もしないといけないし。お洒落ではなくとも清潔な服は着たい、っていうところかしら?」
「あー。明日香は服が擦り切れるまで着てたりするもんね。袖口が擦り切れて、縫ってあるところまで2つに分かれているのを見たのは、明日香のシャツが初めてよ」
「あー、そんなことあったねー」
美香が手を叩いて答える。
頼む、友人たち。
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