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3 魔法を使ったことがない聖女
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この提案を断るわけがないという謎の自信を持っているらしいディルク王子は、ドヤ顔で私に向かって右手を差し出した。しかし、ディルク王子とやらの手を取って簡単に同意できる訳がない。
騎士についてる獣耳は何かのコスプレで獣耳を付けている可能性だってあるし、ディルク王子の細い瞳孔だってカラーコンタクトを装着すれば可能だ。百歩譲ってここが異世界だとしても、訂正しておくべきこともある。
「あの、やっぱりよく分からないんですが……。とりあえず私、魔法なんて使えないですけど?」
「何を言っているのだ。異世界から召喚した『聖女』が魔法を使えない訳がないだろう?」
「いいえ。私の住んでた国、というか世界では魔法を使える人なんて誰一人いないですよ」
「……どういうことだ?」
横に控えている黒縁眼鏡の長髪男性にディルク王子が視線を向ければ、黒縁眼鏡の男性は自身のアゴを触りながらうなった。
「むぅ、魔法が使えないなど。そんな筈はないのですが……。聖遺物である禁書を使って召喚された聖女に、そんなことがある訳が……」
「だが、この者は魔法を使えないと申しておるぞ!」
ディルク王子が声を荒げれば、黒縁眼鏡の男性は鳶色の目を見開いた。
「あっ、もしや!」
「何だ?」
「『魔法を使っていない世界』から召喚された為に『魔法の使い方』を知らないが、聖女としての潜在能力の高さは間違いないのでは? 聖遺物である禁書を使った召還で現れた異世界の娘が、何の素養も無いとは思えません」
「ふむ……。つまり、どうすれば良いのだ?」
「その娘にしかるべき魔法の授業を受けさせるべきでしょう。聖女としての素養があるならば、おのずと才能を開花させディルク殿下のお役に立つのではないかと……」
「なるほど……。ならば、仕方ない。その異世界から来た娘にはしばらく猶予を与える。部屋を用意し、魔法の授業を受けさせよ。グラウクス、アルベルト、ヴィットリオ。後はおまえたちに任せる。くれぐれも内密にな」
「了解いたしました」
「はっ!」
「殿下の仰せのままに」
眼鏡をかけた長髪男性や銀髪の騎士、赤髪の騎士がうやうやしく頭を下げると、ディルクというダークブロンドの王子はカツカツと革靴の音を立てながら部屋を出て行いった。……かと思ったが部屋の出口で第一王子は立ち止まった。
「おい、そこの侍女」
「あっ、はい」
「ロゼッタか。ちょうど良い。おまえはこの異世界の娘について、身の回りの世話をせよ。他の者に尋ねられたら『第一王子の客人』と答えておけ『異世界の娘』であることは口外無用だ。これは『国王の指示』であると心得よ」
「……かしこまりました」
「召還されたばかりで、こちらの世界のことを何も知らぬ娘だ。この世界の常識なども教えてやれ」
「承知いたしました」
侍女の返事に満足したのだろう。ディルク王子はそのまま去って行き、高い靴音が遠ざかっていった。そして、ディルク王子と入れ替わるように部屋に入ってきた侍女は美しい金髪碧眼の美少女だった。銀縁眼鏡の男性はロゼッタという侍女の姿を見て満足そうに鳶色の目を細めた。
「ロゼッタ。あなたなら異世界から召喚された聖女様と年齢も近いようだし打ってつけですね。ひとまず、今夜はもう遅い。聖女様が滞在する部屋にご案内して休んで頂きましょう。詳しい話は明日、改めて……」
「今すぐに滞在ということは、ご案内するのは王宮の客室ということでよろしいでしょうか?」
「ええ、王宮の客室ならじゅうぶんでしょう。聖女様をご案内して下さい」
「はい」
金髪碧眼の侍女が礼をして、黒縁眼鏡の男性に頭を下げた。その様子を見ていた私は、どうやら客室に案内されるらしいというのは把握したが、その前にある程度の身分と発言権がありそうな黒縁眼鏡の男性に対して念の為、伝えねばならない。
「ちょ、ちょっと待って下さい……。聖女って? 私、まったく覚えがないんですけど?」
「聖女様。異世界に来てすぐには事情を飲み込むのは難しいでしょう。ひとまず、我々は聖女様に害意はなく快適に過ごせるよう配慮させて頂きますので、どうぞご安心下さい」
「え、それはありがたいですけど……。いや、それより私、家に帰りたいんですが……」
なぜか私が『聖女』であるという前提で話が進んでいるが、こちらは生まれてこの方、一度たりとも魔法を使ったこともなければ自分が聖女だと思ったこともないのだ。
平凡な日本人である私が、いきなり第一王子から妃にと望まれるような大それた存在であるわけがない。できることなら自宅に帰って元の生活に戻りたい。そんな気持ちでいっぱいの私は、祈るような気持ちで眼前の黒鏡男性を見つめたが、男性は眼鏡の奥で鳶色の瞳に影を落としながら申し訳なさそうに肩を落とした。
「聖女様。窓の外をご覧下さい」
「外ですか?」
「はい。あちらを」
うながされて窓の外に視線を向ければ、漆黒の夜空に金色の三日月が浮かんでいる。意味が分からず小首を傾げていると三日月はどんどん金色の面積を失っていき、やがて完全に闇に消えた。
「これは……。皆既月食?」
「その通りです。聖女を召還する術は条件がそろった皆既月食の間に『聖遺物』の『禁書』を用意して行わなければなりません。そして異世界から聖女が来た場合、元の世界に戻すなら皆既月食が始まったタイミングで儀式を行わなければなりません」
「えっ、じゃあ私、元の世界に戻れないの!?」
「そうですね。元の世界に戻るとすれば、次の皆既月食に『禁書』と『術者』を用意して魔方陣を描いて儀式を行わないと」
「次の皆既日食っていつですか?」
「まだ大分、先ですねぇ……。一年後になります。春、夏、秋、冬と季節が一巡しないと条件がそろう次の皆既月食にはならないです」
「ウソでしょ?」
「事実です」
「そんな……」
ほぼ一年、ここで過ごさないといけないのかと愕然としてしまう。私が言葉を失っていると黒縁眼鏡の男性は鳶色の瞳でいたわしげに私を見つめた。
「聖女様。及ばずながら、この魔術師グラウクスも力になりますので、どうか気を落とさないで下さい……。今日は夜も遅い。詳しいことはまた明日以降にお話ししましょう……。さ、ロゼッタ。聖女様を客室へ案内せよ」
「はい。聖女様、客室へご案内いたします」
騎士についてる獣耳は何かのコスプレで獣耳を付けている可能性だってあるし、ディルク王子の細い瞳孔だってカラーコンタクトを装着すれば可能だ。百歩譲ってここが異世界だとしても、訂正しておくべきこともある。
「あの、やっぱりよく分からないんですが……。とりあえず私、魔法なんて使えないですけど?」
「何を言っているのだ。異世界から召喚した『聖女』が魔法を使えない訳がないだろう?」
「いいえ。私の住んでた国、というか世界では魔法を使える人なんて誰一人いないですよ」
「……どういうことだ?」
横に控えている黒縁眼鏡の長髪男性にディルク王子が視線を向ければ、黒縁眼鏡の男性は自身のアゴを触りながらうなった。
「むぅ、魔法が使えないなど。そんな筈はないのですが……。聖遺物である禁書を使って召喚された聖女に、そんなことがある訳が……」
「だが、この者は魔法を使えないと申しておるぞ!」
ディルク王子が声を荒げれば、黒縁眼鏡の男性は鳶色の目を見開いた。
「あっ、もしや!」
「何だ?」
「『魔法を使っていない世界』から召喚された為に『魔法の使い方』を知らないが、聖女としての潜在能力の高さは間違いないのでは? 聖遺物である禁書を使った召還で現れた異世界の娘が、何の素養も無いとは思えません」
「ふむ……。つまり、どうすれば良いのだ?」
「その娘にしかるべき魔法の授業を受けさせるべきでしょう。聖女としての素養があるならば、おのずと才能を開花させディルク殿下のお役に立つのではないかと……」
「なるほど……。ならば、仕方ない。その異世界から来た娘にはしばらく猶予を与える。部屋を用意し、魔法の授業を受けさせよ。グラウクス、アルベルト、ヴィットリオ。後はおまえたちに任せる。くれぐれも内密にな」
「了解いたしました」
「はっ!」
「殿下の仰せのままに」
眼鏡をかけた長髪男性や銀髪の騎士、赤髪の騎士がうやうやしく頭を下げると、ディルクというダークブロンドの王子はカツカツと革靴の音を立てながら部屋を出て行いった。……かと思ったが部屋の出口で第一王子は立ち止まった。
「おい、そこの侍女」
「あっ、はい」
「ロゼッタか。ちょうど良い。おまえはこの異世界の娘について、身の回りの世話をせよ。他の者に尋ねられたら『第一王子の客人』と答えておけ『異世界の娘』であることは口外無用だ。これは『国王の指示』であると心得よ」
「……かしこまりました」
「召還されたばかりで、こちらの世界のことを何も知らぬ娘だ。この世界の常識なども教えてやれ」
「承知いたしました」
侍女の返事に満足したのだろう。ディルク王子はそのまま去って行き、高い靴音が遠ざかっていった。そして、ディルク王子と入れ替わるように部屋に入ってきた侍女は美しい金髪碧眼の美少女だった。銀縁眼鏡の男性はロゼッタという侍女の姿を見て満足そうに鳶色の目を細めた。
「ロゼッタ。あなたなら異世界から召喚された聖女様と年齢も近いようだし打ってつけですね。ひとまず、今夜はもう遅い。聖女様が滞在する部屋にご案内して休んで頂きましょう。詳しい話は明日、改めて……」
「今すぐに滞在ということは、ご案内するのは王宮の客室ということでよろしいでしょうか?」
「ええ、王宮の客室ならじゅうぶんでしょう。聖女様をご案内して下さい」
「はい」
金髪碧眼の侍女が礼をして、黒縁眼鏡の男性に頭を下げた。その様子を見ていた私は、どうやら客室に案内されるらしいというのは把握したが、その前にある程度の身分と発言権がありそうな黒縁眼鏡の男性に対して念の為、伝えねばならない。
「ちょ、ちょっと待って下さい……。聖女って? 私、まったく覚えがないんですけど?」
「聖女様。異世界に来てすぐには事情を飲み込むのは難しいでしょう。ひとまず、我々は聖女様に害意はなく快適に過ごせるよう配慮させて頂きますので、どうぞご安心下さい」
「え、それはありがたいですけど……。いや、それより私、家に帰りたいんですが……」
なぜか私が『聖女』であるという前提で話が進んでいるが、こちらは生まれてこの方、一度たりとも魔法を使ったこともなければ自分が聖女だと思ったこともないのだ。
平凡な日本人である私が、いきなり第一王子から妃にと望まれるような大それた存在であるわけがない。できることなら自宅に帰って元の生活に戻りたい。そんな気持ちでいっぱいの私は、祈るような気持ちで眼前の黒鏡男性を見つめたが、男性は眼鏡の奥で鳶色の瞳に影を落としながら申し訳なさそうに肩を落とした。
「聖女様。窓の外をご覧下さい」
「外ですか?」
「はい。あちらを」
うながされて窓の外に視線を向ければ、漆黒の夜空に金色の三日月が浮かんでいる。意味が分からず小首を傾げていると三日月はどんどん金色の面積を失っていき、やがて完全に闇に消えた。
「これは……。皆既月食?」
「その通りです。聖女を召還する術は条件がそろった皆既月食の間に『聖遺物』の『禁書』を用意して行わなければなりません。そして異世界から聖女が来た場合、元の世界に戻すなら皆既月食が始まったタイミングで儀式を行わなければなりません」
「えっ、じゃあ私、元の世界に戻れないの!?」
「そうですね。元の世界に戻るとすれば、次の皆既月食に『禁書』と『術者』を用意して魔方陣を描いて儀式を行わないと」
「次の皆既日食っていつですか?」
「まだ大分、先ですねぇ……。一年後になります。春、夏、秋、冬と季節が一巡しないと条件がそろう次の皆既月食にはならないです」
「ウソでしょ?」
「事実です」
「そんな……」
ほぼ一年、ここで過ごさないといけないのかと愕然としてしまう。私が言葉を失っていると黒縁眼鏡の男性は鳶色の瞳でいたわしげに私を見つめた。
「聖女様。及ばずながら、この魔術師グラウクスも力になりますので、どうか気を落とさないで下さい……。今日は夜も遅い。詳しいことはまた明日以降にお話ししましょう……。さ、ロゼッタ。聖女様を客室へ案内せよ」
「はい。聖女様、客室へご案内いたします」
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