獣人の世界に召喚された聖女（獣医）は城から追放される

61 身体だけ

　魔術師の部屋を出た私たちは、ぜひともあの人から協力してもらうべくロゼッタに呼び出してもらうことにした。先に客室に戻って算段を整える。

　緊張するが呼吸を整えて待っていると、客室の外から控えめに数回ノックの音が響いた。返事をしてゆっくりとドアを開ければ、そこには満面の笑みを浮かべた赤髪の騎士ヴィットリオさんが立っていた。

「おお。今日は一段と綺麗だなマリナちゃん。ところで、俺に用事があるって聞いて来たんだけど？」

「突然、お呼び出ししてしまって申し訳ありません。ヴィットリオさん」

「いや、全然かまわないさ。マリナちゃんが呼んでくれるなら、俺はいつでも喜んで駆けつけるぜ！」

「そう言って頂けると助かります。どうぞ、中に入ってお掛けになって下さい。座って話しましょう」

　私が三人掛けのソファに座るように促すと、ヴィットリオさんは三人掛けのソファの一番すみに座った。直後に私も彼と同じソファの真横に座る。お互いの腕が触れるほど近くに座るとは思っていなかったのだろう。赤髪の騎士は緋色の瞳を丸くした。

「あ、ああ……。それで話っていうのは？」

「それが、ちょっと話しにくいんですが……。何しろ、こんなことヴィットリオさん以外の方には頼みにくくて」

「頼み？　マリナちゃんのためなら俺はいつでも、この身を捧げる覚悟ができてるんだぜ？　遠慮しないで何でも言ってくれ！」

「本当に？」

「ああ、男に二言はないぜ！」

「でも……。私、ヴィットリオさんの身体だけが目当てなんですよ？」

　申し訳なさそうにうつむいてから、チラリと上目づかいで眼前の騎士を見つめる。そして、すがるようにそっとヴィットリオさんの太ももの上に手を乗せれば彼が若干、驚いた様子で息を呑んだのが分かった。

「かっ、身体だけ！？　お、俺としては心も大事にすべきだと思うんだが……。でも、マリナちゃんが身体だけでもと言うなら別に……」

「構わないですか？　ヴィットリオさんの身体を好きにしても……？」

　やや首を傾げて、懇願するように尋ねると赤髪の騎士は力強く頷いた。

「ああ、もちろんだぜ。マリナちゃんなら大歓迎だ！」

「ありがとうございます……。やりました！　治験と臨床研究に使える身体を確保しましたよ！　グラウクスさん！」

　私が控えの部屋に向かって声を上げれば、勢いよくドアが開き控えの部屋からこちらの様子を見守っていた黒縁眼鏡の魔術師が姿を現した。

「よくやりました！　マリナさん！　これで、そこにいる犬獣人の身体を使って思う存分、新しい術式の魔法を試すことができますねっ！」

「はいっ！」

　満面の笑みで喜びをたたえ合う私と魔術師グラウクスさんを見ている赤髪の騎士は驚愕し、これ以上ない程に唖然としていた。

「ふぁっ！？　どういうことだ！？」

「何も心配はいらないですよ。ヴィットリオ！　あなたにはマリナさんが編み出した、新作の術式を試す実験体になってもらいます！」

　嬉しさが隠し切れない魔術師がドヤ顔で宣言したが、ヴィットリオさんは愕然とした表情で勢いよくソファから立ち上がった。

「実験体！？　ちょっと待て！　実験材料にされるとか、心配と不安しかないじゃねーか！　ちゃんと説明してくれ！」

「実は国王陛下の身体を検査するため新規の魔法が必要だったので昨晩、徹夜で既存の魔法を参考に私が新たな術式を構築したんです」

　要請に応じて、私が事情を説明するとヴィットリオさんは当惑した様子で眉尻を下げた。

「マリナちゃんが新たな術式を？」

「はい。ですが、いきなり国王陛下で試すのは不安ですし、ヴィットリオさんはちょうど犬獣人ですから、もともと狼獣人だった国王陛下と身体の構造はかなり近いはずです。私は犬獣人について身体の内部を見たことがありませんし、参考までに見ておきたいと思いまして。いやー、こんなこと他の人には頼みにくくて！　ヴィットリオさんに快く、了承して頂けてよかったです！」

「身体の内部！？　新作魔法の実験って、いったい何なんだよ！？」

　説明を聞いて、じょじょに状況を把握してきた赤髪の騎士は動揺しながら血の気が引いた様子で顔を引きつらせたが、長髪の魔術師は自身の黒縁眼鏡をクイと上げて眼光を鋭くした。

「ヴィットリオ！　あなたは先ほど、マリナさんのためなら『いつでも、この身を捧げる覚悟はできている』と言っていたじゃないですか？　今こそ、その身を捧げる時というわけです！」

「ええっ！？　俺、そういう意味で言ったんじゃないんだけど！？」

「男に二言はないんですよね？　ヴィットリオさん！」

「ええええええっ！」

　私が笑顔で駄目押しすると赤髪の騎士は涙目で絶叫したが、私とグラウクスさんがこの獲物を逃すはずがない。その後、みっちりと新規考案した術式の魔法実験に協力してもらった。