神楽坂探偵社の妖怪事件簿

中野莉央

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 夜半、やっとの思いで雪の中、ペンションに戻った。兄と共にドアを開けて玄関の中に入り靴を脱いでいると、ちょうどロビーにペンションの従業員がいた。スレンダーなポニーテール美人、笹野絵里子さんだった。彼女は夜中にもかかわらず、私と兄が玄関から戻ってきた所に遭遇して目を丸くした。

「あ、あなた達、こんな夜中に外へ出ていたの!?」

「ええ、ちょっと……。くしゅん!」

 長時間、外で冷たい空気に当たっていた為だろう。思わず、くしゃみが出てしまい私は自分の手で口をおおった。そんな姿を見て笹野絵里子さんは困惑を隠せない表情だ。

「こんな雪山で、こんな時間に外に出るなんて!」

「すいません……。ちょっと外に用事があって」

「とにかく温かい飲み物を入れるわ。食堂に来て」

 笹野絵里子さんに促され食堂に入った私と兄は、室内にあるアンティークな黒いストーブに手をかざし、両手でこすりながら冷たくなっている指先を温める。

 かじかんだ手をほぐした兄は食堂の片隅にある手洗い場で、念入りに手洗いをした。私も同様に手洗いすると、ほどなくして銀色に光る金属製のトレイを持った笹野絵里子さんが青磁器の湯飲みを二つ、テーブルの上に置いてくれた。

「ほうじ茶よ。熱いから気をつけてね」

「はい」

 青磁器の湯飲みを持つと手のひらから、じんわりとぬくもりが伝わる。芳ばしい香りと白い湯気を立てる濃い琥珀色をしたお茶に、何度か息を吹きかけ軽く冷ましてから口をつける。熱いほうじ茶が咽喉から胃に流れ込むと冷え切っていた身体の中から温まっていくのが分かる。温かなお茶で人心地ついた私と兄はホッと息を吐いた。

「ありがとうございます、笹野さん。おかげで身体が温まりました」

「都会の人にとっては雪が珍しいのかもしれないけど、寒い時は必要以上に外に出るものじゃないわ。特に夜は危ないわ。低体温症で死亡することだってあるんだから、無茶しちゃあ駄目よ?」

「はい……」

 笹野絵里子さんの中では雪を珍しがった旅行者が、夜中に外を散歩したということになっているのだろう。ついさっき、怪鳥に遭遇して話をしてきたところなんです。などと説明することもできない私は、肩をすぼめて苦笑いを浮かべる。そして、ほうじ茶を飲み終えた兄は青磁器の湯飲みを木製テーブルに置いて、笹野絵里子さんに視線を向けた。

「ところで金森は?」

「オーナーは『今日はもう疲れたから』って先に部屋に戻りました。多分、もう就寝してると思います。何かオーナーに御用ですか?」

「いや。もう寝ているというなら、明日でも構わないが……」

「何か急用でも?」

「実は、さっき外を歩いていた時にオオワシの死骸を見つけた」

「オオワシ……」

「周囲にはエゾ鹿の死骸とカラスの遺骸も複数、転がっていた。鹿はすでに鳥獣によってついばまれていたようで損傷が激しかったが、カラスやオオワシの死骸に外傷はなかった。凍死にしては妙だ……」

「妙というと?」

「複数の遺骸が落ちていて、野鳥の高病原性鳥インフルエンザなど感染性の病気の疑いがある場合は、最寄りの環境センターか役所などに連絡しないといけないだろう? 特にオオワシは環境省が鳥類レッドリストに名前をあげている絶滅危惧種だからな。専門機関に死骸を送って調べてもらう必要がある筈だ」

「専門機関で……」

 兄と話していた笹野絵里子さんは何故か、呆然と虚ろな瞳で虚空を見つめ呟くと動きを止めた。血の気が失せた笹野絵里子さんを見て、私は何やら尋常ではない雰囲気を感じた。

「顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」

「え、ええ。大丈夫……。事情は分かりました。そうですね……。確かに調べないといけないわ。複数の生物が死んでいるのなら、ちゃんとしないといけないんだわ……」

「笹野さん?」

「私はこの湯飲みを片付けたら食堂にカギをかけるから、あなたたちも早く部屋に戻って温かくして休んでね」

 早口でそう言いながら木製テーブルの上に置かれている空になった青磁器の湯飲みを回収すると、笹野絵里子さんは調理場に入っていった。流し台で蛇口をひねり、水を流しながら湯飲みを洗う音が聞こえる。

 何やら笹野絵里子さんの様子がおかしいように感じるが、お茶まで入れてもらい世話になったのに夜半にこれ以上、お邪魔するのはさすがに申し訳ない。

 慣れない雪道を結構な時間、歩いて疲労困憊の私と兄は部屋に戻ると順番に熱いお風呂に入った。そして髪を乾かすなり、そのままシングルベッドに入って就寝した。
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