58 / 62
58
しおりを挟む
「ただ、俺がイエローストーン国立公園の話をしたのは、あくまで環境保護と生態系の観念から見れば最善だと思えるケースだが……。畜産業を営む者や、周辺に住む者にしてみればオオカミの再導入なんて、人間にとって害獣や脅威を外部から持ち込むのは、近隣住民の生活や安全を脅かす行為だと非難されても仕方ない提案だろう」
「うん……。そうよね」
頷きながら同意する。私はここに住んでいないからオオカミを再導入して生態系を元に戻せば解決すると気軽に言えるけど、ここで生活している人にしてみたら部外者が余計な口を挟むなと怒られても無理ない提案だろう。私が肩を落としていると、兄は白い息を深く吐き出し周囲の山林を見渡した。
「ただ、北海道内におけるエゾ鹿との衝突による自動車の交通事故はここ五年で毎年、二千件前後も発生している」
「毎年、二千件!? そんなに鹿と自動車の交通事故って多かったの!?」
「ああ。平成29年にいたっては2430件のエゾ鹿との衝突事故が起こっている」
「2430件!? 本当にエゾ鹿と衝突して起こった交通事故の件数なの? 北海道内であった、普通の交通事故じゃなくて……?」
「間違いなく、エゾ鹿と自動車との衝突事故だけの件数だ。これは北海道警察がエゾ鹿による交通事故の記録をはじめた平成16年以降、最多の数字でもある。そして鹿と衝突した際に自動車を運転していた人間や同乗者が負傷したり最悪、死亡するケースもある。そして、自動車と衝突したエゾ鹿も負傷し死亡するケースも多々ある」
「そんなにも、エゾ鹿と自動車の交通事故が起こってたなんて知らなかった……」
呆然としながら呟くと兄の目が鋭く細められ、首を横に振った。
「自動車事故だけじゃない」
「え?」
「事故は鉄道でも頻発している。エゾ鹿と電車の衝突事故も毎年、2000件以上起こっている」
「鉄道でも2000件以上の事故が!?」
自動車事故だけでも毎年、二千件以上と聞いて驚いていたのに鉄道でも二千件以上ということは自動車事故と鉄道事故を合わせれば年間、四千件以上のエゾ鹿による衝突事故が起こっているということだ。あまりの数の多さに愕然とした。
「ああ、これは実際にエゾ鹿と電車が接触してしまった件数で、線路内にエゾ鹿が侵入して衝突事故が起こりかけるケースはもっと数が多い……。電車の運転手は毎日、線路に侵入しているエゾ鹿を撥ねないよう線路上に鹿が侵入しているのを視認すれば、すぐに警笛を鳴らして注意喚起しながら電車の速度を落として徐行運転したりしているが、多すぎる鹿との衝突事故を完全に防ぎきれていないのが現状だ。さらに電車が撥ねてしまった鹿の死骸を目当てにオオワシなどが線路わきに集まることで、死骸に群がっていた猛禽類が電車に撥ねられ死亡するという二次被害も起こっている」
「なんでそんな事故が? オオワシは絶滅危惧種なのに……。防げないの?」
「線路わきに移動された鹿の死骸は、運転手が鉄道会社の列車運行を統括している指令に連絡しても、保線区の作業員によって回収されるまで丸一日から二日ほど時間がかかる。その間、野生の鳥獣が死骸に群がり夢中で食っているため、間近に列車が近づくまで気づけず、気づいて逃げようと飛んだ時には間に合わず列車に衝突するというケースがたびたびあるんだ」
「電車でも鳥獣が死んでるなんて……」
「カラスなどは比較的、身体が軽いからとっさの時でも即座に上空へ飛び立つことができるが、オオワシなど大型の猛禽類は身体が重いからすぐに上空へ逃げることができない。飛び立った後、しばらくの間は低空を飛んでいる状態になる。だから大型の猛禽類は列車が近づいていることに気付いてから逃げ出そうとしても、上空にいくのが間に合わず列車と接触して死亡する事故が起こってしまうんだ」
「それにしても、なんで危ないのに鹿は線路に侵入するの?」
「エゾ鹿が数多く生息している国有林などのすぐ横に線路が敷かれている上、鹿は線路を挟んだ縄張り、エサ場とねぐらを定期的に移動しながら生活している場合がある。そして、エゾ鹿には鉄分を摂取するために線路にひかれているレールを舐めるという習性がある。電車が通過するたびに車輪とレールが摩耗することでレール付近に鉄粉が付着し、鉄分を摂取しやすいためエゾ鹿も危険を犯して線路に侵入しているんだろう」
「鹿肉の鉄分が牛や豚や鶏よりも多いのって、そういう風に鹿が自分から積極的に鉄分摂取していたのも関係してたのね……」
「うん……。そうよね」
頷きながら同意する。私はここに住んでいないからオオカミを再導入して生態系を元に戻せば解決すると気軽に言えるけど、ここで生活している人にしてみたら部外者が余計な口を挟むなと怒られても無理ない提案だろう。私が肩を落としていると、兄は白い息を深く吐き出し周囲の山林を見渡した。
「ただ、北海道内におけるエゾ鹿との衝突による自動車の交通事故はここ五年で毎年、二千件前後も発生している」
「毎年、二千件!? そんなに鹿と自動車の交通事故って多かったの!?」
「ああ。平成29年にいたっては2430件のエゾ鹿との衝突事故が起こっている」
「2430件!? 本当にエゾ鹿と衝突して起こった交通事故の件数なの? 北海道内であった、普通の交通事故じゃなくて……?」
「間違いなく、エゾ鹿と自動車との衝突事故だけの件数だ。これは北海道警察がエゾ鹿による交通事故の記録をはじめた平成16年以降、最多の数字でもある。そして鹿と衝突した際に自動車を運転していた人間や同乗者が負傷したり最悪、死亡するケースもある。そして、自動車と衝突したエゾ鹿も負傷し死亡するケースも多々ある」
「そんなにも、エゾ鹿と自動車の交通事故が起こってたなんて知らなかった……」
呆然としながら呟くと兄の目が鋭く細められ、首を横に振った。
「自動車事故だけじゃない」
「え?」
「事故は鉄道でも頻発している。エゾ鹿と電車の衝突事故も毎年、2000件以上起こっている」
「鉄道でも2000件以上の事故が!?」
自動車事故だけでも毎年、二千件以上と聞いて驚いていたのに鉄道でも二千件以上ということは自動車事故と鉄道事故を合わせれば年間、四千件以上のエゾ鹿による衝突事故が起こっているということだ。あまりの数の多さに愕然とした。
「ああ、これは実際にエゾ鹿と電車が接触してしまった件数で、線路内にエゾ鹿が侵入して衝突事故が起こりかけるケースはもっと数が多い……。電車の運転手は毎日、線路に侵入しているエゾ鹿を撥ねないよう線路上に鹿が侵入しているのを視認すれば、すぐに警笛を鳴らして注意喚起しながら電車の速度を落として徐行運転したりしているが、多すぎる鹿との衝突事故を完全に防ぎきれていないのが現状だ。さらに電車が撥ねてしまった鹿の死骸を目当てにオオワシなどが線路わきに集まることで、死骸に群がっていた猛禽類が電車に撥ねられ死亡するという二次被害も起こっている」
「なんでそんな事故が? オオワシは絶滅危惧種なのに……。防げないの?」
「線路わきに移動された鹿の死骸は、運転手が鉄道会社の列車運行を統括している指令に連絡しても、保線区の作業員によって回収されるまで丸一日から二日ほど時間がかかる。その間、野生の鳥獣が死骸に群がり夢中で食っているため、間近に列車が近づくまで気づけず、気づいて逃げようと飛んだ時には間に合わず列車に衝突するというケースがたびたびあるんだ」
「電車でも鳥獣が死んでるなんて……」
「カラスなどは比較的、身体が軽いからとっさの時でも即座に上空へ飛び立つことができるが、オオワシなど大型の猛禽類は身体が重いからすぐに上空へ逃げることができない。飛び立った後、しばらくの間は低空を飛んでいる状態になる。だから大型の猛禽類は列車が近づいていることに気付いてから逃げ出そうとしても、上空にいくのが間に合わず列車と接触して死亡する事故が起こってしまうんだ」
「それにしても、なんで危ないのに鹿は線路に侵入するの?」
「エゾ鹿が数多く生息している国有林などのすぐ横に線路が敷かれている上、鹿は線路を挟んだ縄張り、エサ場とねぐらを定期的に移動しながら生活している場合がある。そして、エゾ鹿には鉄分を摂取するために線路にひかれているレールを舐めるという習性がある。電車が通過するたびに車輪とレールが摩耗することでレール付近に鉄粉が付着し、鉄分を摂取しやすいためエゾ鹿も危険を犯して線路に侵入しているんだろう」
「鹿肉の鉄分が牛や豚や鶏よりも多いのって、そういう風に鹿が自分から積極的に鉄分摂取していたのも関係してたのね……」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる