神楽坂探偵社の妖怪事件簿

中野莉央

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「せっかく、鹿と電車との接触事故対策で有効だと思える装置があるのに、予算不足のせいで導入できないなんてもどかしいわね……。鉄道だけで毎年、二千件以上の接触事故が起こって鹿が犠牲になってるのが分かってるのに……」

「自動車事故や鉄道事故だけじゃない」

「え?」

 まだあるのかと兄の顔を見れば、口をへの字に歪めて苦々しい表情を浮かべていた。

「エゾ鹿による農業被害も深刻になっている。平成29年の野生動物による農作物の被害金額も甚大な数字だ。エゾ鹿による農業被害は39億円以上、次いでカラスによる被害が二億七千万円。その次にヒグマによる被害が二億円だ」

「カラスやヒグマより、圧倒的にエゾ鹿の被害の方が大きいの!?」

 都会ではカラスがゴミを散らかしたり、田舎では農業に被害を与えているイメージが強いし、ヒグマは害獣として恐れられてるイメージが強い。

 一方、鹿は平和に野草を食べてる温厚な印象だったので、カラスやヒグマよりも桁違いでエゾ鹿の被害額が大きいことに呆然とした。

「ああ。これでもエゾ鹿の個体数がピーク時より減少したから、まだマシになったんだ」

「ピーク時って、どれ位の被害が出てたの?」

「平成23年の63億円がエゾ鹿による農業被害のピークだな」

「63億円!?」

 とんでもない数字だ。驚きのあまり大声を出してしまったので周囲に声が響いた。私は思わず自分の口を手でおさえる。

「まぁ、それはあくまでピーク時の数字だ。平成29年や28年はざっくり40億円弱の被害額だ」

「毎年そんなにもエゾ鹿によって農業被害が出てたなんて……。やっぱり野菜が狙われるの?」

「被害の半分以上は牧草だ」

「牧草って……。草!?」

「都会で暮らしていると牧草と聞いてもピンとこないが、牧草ロールという、牧草を丸くした状態の物は家畜の大切なエサだ。家畜のエサを鹿によって食われることで毎年、約20億円の損失が出ている。牧場を経営している当事者にとっては深刻な問題だろう」

「そうか……。そうよね」

「もちろん、人間が食べる農作物が鹿に食われる被害も出ている。ビートや水稲、ばれいしょにデントコーン。あとは根菜類だな」

「被害にあった農家は大変でしょうね……」

 エゾ鹿が食欲旺盛で繁殖力も強いというのを知った今は、せっかく収穫時期までしっかり育てた農作物を狙われ、エゾ鹿に食べられてしまった農家の人に同情してしまう。

「ああ。毎年、四千件以上のエゾ鹿による自動車事故と鉄道事故。毎年、約40億円の農業被害。さらに平成28年のエゾ鹿による農林業被害は39億円以上だ」

「エゾ鹿が大繁殖してるせいで事故や農業、林業被害がそんなに大きくなってたのね……」

「その被害を抑えるためハンターによるエゾ鹿の捕獲や駆除が必要になり、人件費などかかかる」

「ハンターがエゾ鹿の個体数を抑えてくれているからこそ、事故や農業などの被害もピーク時よりは減少しているのね……」

「そうだ。しかし、ハンターの多くは高齢化により数が減少して人手の確保が難しくなっている」

「金森さんは若い人も猟銃の免許を取得する人が増えてるって言ってたけど?」

「興味本位で猟銃の免許を取っても、実際に猟銃を保持して害獣の駆除に出る人間はその中でも一握りだ。それこそ金森のように、自分が経営している所で新鮮な鹿肉料理を提供する目的があるなら定期的に狩猟に出るだろうが、サラリーマンのような別の仕事をやりながら土日祝日に野山を歩き回って害獣を駆除するのは、普通の人間だと体力的にキツイ」
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