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セリナと銀狼
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胃があるであろう部位に手をかざして魔力を集中させる。負担がかかっているはずの胃が癒されますようにと願いをこめて回復魔法をかければ、銀髪の青年は回復魔法によって痛みが緩和されたようで肩の力が抜け、ホッと息をはいた。
「すごいな……。君はいったい?」
「私はパティスリーの店長。……セリナと申します」
「パティスリー?」
「ケーキ屋さんです。お菓子を作っているんです」
「菓子……」
「立ち上がることはできますか? 冷たい床の上に座っていると、体温がうばわれると思いますから。可能なら、ダイニングルームのイスに」
「ああ」
立ち上がる時、一瞬だけフラついたがイスまで一人で歩き、腰かけた。店の外にいた時は顔から完全に血の気が失せて、今にも死にそうに見えた。
しかし、白湯やホットはちみつレモンといった温かい飲み物が功をそうしたのか、顔色もずいぶん良くなっている。彼自身、目も耳も聞こえないと言っていた状況が、一気に回復したのが信じられない様子で呆然としている。
「足元がふらつくなら、まだ無理はできませんわね……。どこか痛むところはありますか?」
「いや、痛みはない」
「そうですか……。回復魔法はかけたけど、落ち着くまでゆっくりした方がいいでしょうね」
「ああ、そうだな」
「実はもうすぐ開店の時間なんです」
「そうか、すっかり世話になってしまったな……。すまない。すぐに出て」
言いながら立ち上がろうとするヴォルフさんを、私は慌てて制止した。
「ダメですっ!」
「え?」
「まだ、無理はできないと言ったじゃないですか!」
「しかし、これ以上の迷惑をかける訳には……」
「せっかく回復したのに、また倒れたら、そっちの方が迷惑ですよ」
そう、せっかく命が助かったのに無理をして再び容態が悪化したら、悔やんでも悔やみきれない。あえてキツい口調で言うと銀髪の青年は言葉を失い、ピンと立っていた犬耳をしょぼんと垂れさせた。その様子がなんだか可愛くて思わず、口元がゆるんでしまう。ふき出さなかった自分をほめてあげたい位だ。
「開店までにもう少し、ケーキのストックを増やしたいので、私はちょっと厨房で作業をします。あなたは……。お名前を聞いてよろしいかしら?」
「ああ、ヴォルフだ」
「ヴォルフさん。ここで経口補水液を飲みながら、ゆっくりして下さい」
「……わかった」
「調理場のドアを開けておきますから……。もし急に、どこか痛むようでしたら私を呼んでください」
「ああ」
こうして、ダイニングルームでヴォルフさんを休ませている間に手早くケーキのストックを作り、作業が一段落した後、試作品のプリンをヴォルフさんに食べてもらった。プリンなら胃に負担がかからないだろうと思ってのチョイスだったが、思った通り大きな負担にはならず食べられたようでホッと胸をなで下ろした。
プリンを食べ終わる頃には、ずいぶん顔色が良くなったヴォルフさんから、命を助けてくれた「礼をしたい」という申し出があったのだが実際の所、命を助けたと言っても実質的には『白湯』『はちみつレモン』『試作品のプリン』の三つを出した位なので、正直なところ金銭的に大きな負担があった訳でもない。
悩んだ末に「たまにウチの店で買い物をしてほしいです」そう伝えれば、ヴォルフさんは目を丸くして「それだけか?」と驚いたが売り上げを伸ばしたいケーキ屋の店長としては、かなり切実な願いなのだ。これでヴォルフさんが常連になってくれたら、私は非常に嬉しい。
その後、ヴォルフさんは私がお願いした通り、冒険に出る前は必ずウチの店で焼き菓子を購入してくれるようになった上、冒険が終わった時には手土産として狩った鳥などの肉を手土産に持って来てくれるようになった。
おかげで肉代が、かなり浮いて食費が助かる。お店的にもヴォルフさんという焼き菓子を買ってくれるリピーターが増えて万々歳である。
ただ、ヴォルフさんが持ってきたお土産の肉を双子に見せるたびに、ルルとララはお互い視線をあわせて「キャー!」「さすがセリナ様です~!」などと、何だか異様に盛り上がってるのがサッパリ理解できない。
「すごいな……。君はいったい?」
「私はパティスリーの店長。……セリナと申します」
「パティスリー?」
「ケーキ屋さんです。お菓子を作っているんです」
「菓子……」
「立ち上がることはできますか? 冷たい床の上に座っていると、体温がうばわれると思いますから。可能なら、ダイニングルームのイスに」
「ああ」
立ち上がる時、一瞬だけフラついたがイスまで一人で歩き、腰かけた。店の外にいた時は顔から完全に血の気が失せて、今にも死にそうに見えた。
しかし、白湯やホットはちみつレモンといった温かい飲み物が功をそうしたのか、顔色もずいぶん良くなっている。彼自身、目も耳も聞こえないと言っていた状況が、一気に回復したのが信じられない様子で呆然としている。
「足元がふらつくなら、まだ無理はできませんわね……。どこか痛むところはありますか?」
「いや、痛みはない」
「そうですか……。回復魔法はかけたけど、落ち着くまでゆっくりした方がいいでしょうね」
「ああ、そうだな」
「実はもうすぐ開店の時間なんです」
「そうか、すっかり世話になってしまったな……。すまない。すぐに出て」
言いながら立ち上がろうとするヴォルフさんを、私は慌てて制止した。
「ダメですっ!」
「え?」
「まだ、無理はできないと言ったじゃないですか!」
「しかし、これ以上の迷惑をかける訳には……」
「せっかく回復したのに、また倒れたら、そっちの方が迷惑ですよ」
そう、せっかく命が助かったのに無理をして再び容態が悪化したら、悔やんでも悔やみきれない。あえてキツい口調で言うと銀髪の青年は言葉を失い、ピンと立っていた犬耳をしょぼんと垂れさせた。その様子がなんだか可愛くて思わず、口元がゆるんでしまう。ふき出さなかった自分をほめてあげたい位だ。
「開店までにもう少し、ケーキのストックを増やしたいので、私はちょっと厨房で作業をします。あなたは……。お名前を聞いてよろしいかしら?」
「ああ、ヴォルフだ」
「ヴォルフさん。ここで経口補水液を飲みながら、ゆっくりして下さい」
「……わかった」
「調理場のドアを開けておきますから……。もし急に、どこか痛むようでしたら私を呼んでください」
「ああ」
こうして、ダイニングルームでヴォルフさんを休ませている間に手早くケーキのストックを作り、作業が一段落した後、試作品のプリンをヴォルフさんに食べてもらった。プリンなら胃に負担がかからないだろうと思ってのチョイスだったが、思った通り大きな負担にはならず食べられたようでホッと胸をなで下ろした。
プリンを食べ終わる頃には、ずいぶん顔色が良くなったヴォルフさんから、命を助けてくれた「礼をしたい」という申し出があったのだが実際の所、命を助けたと言っても実質的には『白湯』『はちみつレモン』『試作品のプリン』の三つを出した位なので、正直なところ金銭的に大きな負担があった訳でもない。
悩んだ末に「たまにウチの店で買い物をしてほしいです」そう伝えれば、ヴォルフさんは目を丸くして「それだけか?」と驚いたが売り上げを伸ばしたいケーキ屋の店長としては、かなり切実な願いなのだ。これでヴォルフさんが常連になってくれたら、私は非常に嬉しい。
その後、ヴォルフさんは私がお願いした通り、冒険に出る前は必ずウチの店で焼き菓子を購入してくれるようになった上、冒険が終わった時には手土産として狩った鳥などの肉を手土産に持って来てくれるようになった。
おかげで肉代が、かなり浮いて食費が助かる。お店的にもヴォルフさんという焼き菓子を買ってくれるリピーターが増えて万々歳である。
ただ、ヴォルフさんが持ってきたお土産の肉を双子に見せるたびに、ルルとララはお互い視線をあわせて「キャー!」「さすがセリナ様です~!」などと、何だか異様に盛り上がってるのがサッパリ理解できない。
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