歴史人物烈伝

阿闍世王

　マガダ国の王アジャータシャトルは今日も不機嫌である。朝からなにやら不満をこぼしている。それも理由は些細なことで、たかだか朝食が豪華絢爛なのにも関わらず不味いと怒っている。見かねた耆婆は進言しようと近づこうとするが、この日もいささか躊躇われる。明日はまたブッダ叛逆をたくらむ提婆達多が訪問してくる予定である。提婆達多を尊敬している阿闍世は宮廷の大広間を臣下に飾らせて山海の珍味を供養する手はずを整えた。ここ数ヶ月アジャータシャトルに取り入っている提婆の話は概ね以下のとおりであった。「この世界には王も仏も一人のはずである。それなのに世の人々はこの私を差し置いて瞿曇沙門をブッダであると尊崇する。また、あなたの父王はさしたる器ではないのに永らく王位に居するばかりか瞿曇を仏の如く供養している。これは大なる誤りであり、天は怒り地は振動している。これは神々が由としていない証拠である。これは何としても変え改めなければならない。」と。このように説き聞かされたアジャータシャトルは疑う余地もなく信じ込むやこう答える。「分かりました。提婆尊師。わたしが変えてみせよう。」と。このように談義した彼らは早速この話を実行に移す手はずに取り掛かることにした。まず彼らは現在王座についている何一つ科のないアジャータシャトルの父であるビンビサーラ王をうまく罪科を示しだして幽閉し、衰弱死させ阿闍世新王をマガダの王に即位させることにした。そして恐ろしいことに、何の疑いもなく正覚者であるゴータマブッダを提婆達多に毒をもらせ殺させることにした。結句ビンビサーラは捕らえられ、やがて栄養失調により亡くなり、神々が護っているブッダは難を逃れたが、懲りない提婆はブッダ目がけて大石を投げつける始末であった。このように、哀れにも彼ら悪人たちはまったく転倒したものの見方しか出来なかったのである。最期に慈悲深いブッダは彼ら悪人も救うわけだが、いかに善にたいして怨嫉を懐き向けるのが酷いのかを知らねばならない。だが、ブッダによればアジャータシャトルが父を殺したのも提婆がブッダを殺そうとしたのも今に始まったことではないらしい。