子育てママは突然の異世界に、ワクワクしかありません

違和感

　ずっと、地味で平凡な人生を過ごしていくのかと思っていた。
　なのに、なんで私は見たことのないくらい大きな広間で、優雅にお茶を飲んでいるのだろう。

　テーブルに並んだクッキーは、リンクによってどんどん減らされていく。私も1つ食べてみたが、意外にもシンプルで素朴な口なじみの良い味。

「美味しい？」
「うん。僕の大好きな味。ママの作ったのと似てる！」
「そっか、良かった。ゆっくり、噛んで食べようね」
「ちゃんと、お茶も飲むよ」
「そう、正解」

　まんまるなほっぺたを見ながら、ふうっと息をつき、質の良い椅子の背もたれに寄りかかる。
　……この世界に来てそんな時間は経っていないはずなのに、色々と驚きすぎて、何日もいるみたいな感覚だ。

　ここに来るまで、ウイルに案内をされるがまま付いてきた。森を抜け、何も舗装されていない道を転ばないように。
　「こんにちは」と挨拶をすれば、笑顔で返してくれる住民たち。そして、ヨーロッパの田舎みたいな風景は、そこまで違和感がない。テーマパークの方が非日常感があるくらいだ。

　けど、リンクに「見て！　かわいい！」と言われ、指差す先は、あきらかに地球上にはいない生き物たち。
　そこで、やっぱり、ここは自分の知っている世界ではないと気付く。
　最初に見た角の生えたウサギもそうだが、空を飛ぶフワフワした何か……に、地面に這いつくばってる黒いプヨプヨした、何か。これは、確実に私の常識から外れている。

「ウイル……ここは、異世界？」

　とりあえず聞いてみた。それならそれで、考え方を変えれば良い。

「異世界……とは、違う気がしますね。私の住む世界と、あなたの住む世界は同じ創造神ですから」
「えっと？」
「別の神が創った世界は、他にあると言われています」
「は、はあ……。そうですか」

　さらに、混乱してしまう結果になってしまった。

「……でも、サクラ様の中で異世界の方が納得しやすいのなら。それでも良いのではないでしょうか？」

　完全に違うのではなく、少し私の世界と似ている所があるだけに、モヤモヤする私の気持ちをウイルは理解してくれたらしい。
　深呼吸をしながら「そうします」と、曖昧な顔で返事をした。
　歩いて間もなく到着したこの屋敷も、中に入ってすぐにあゆ大広間も木材の匂いなのか住み慣れた日本の空気だった。
　
「…………でも、ここは異世界」


　たった今、ウイルが水を一瞬でお湯にしたのを見て、もう気持ちは揺れない。違う世界だと切り替える。

「ママ、もう食べないの？」

　リンクからしてみたら、そんなことはどちらでも良いらしい。口のまわりにクッキーの小さな欠片をたくさんつけながら、聞いてくる。

「うん。ママの分もあげる」
「やった！」

　リンクが私の方こお皿に手を伸ばした瞬間、フワリと風が部屋に入ってきた。お茶を淹れてから用事があると、外に出ていったウイルが戻ってきたのかもしれない。
　振り返って扉の方を見ようとすると、一目散にリンクがソファーから立ち上がり、風の方へ向かって走り出した。

「おかえりなさい、パパ！」