子育てママは突然の異世界に、ワクワクしかありません

イトウ 

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魔法

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「友達……、」
「えっと。この世界では友達文化がない?」

 サーシャは、あきらかに戸惑っている。
 もしかして、厳しい階級制度があって、簡単にその壁は越えることが出来ないのだろうか。
 いや、でも、ノルドの部下だと言ってたウイルは親しげに話していたような?

「いえ、あります。……友達というと、どこまででしょうか?」

 ……あぁ、なんとなく言いたいことが分かった。
 友だちといっても、曖昧な境界線があるのは日本でも一緒で、どこまでざっくばらんにして良いのか。そういう事を、言っているのだろう。
 しかも、サーシャはノルドの仕事仲間。なら、なおさらだ。

「家族だと思って、接してくれてかまわないよ。だって、サーシャはノルドが紹介してくれたから、信頼できるもの。それに、一緒に過ごすのに丁寧すぎるのは疲れちゃう」
「……な、なるほど」
「うん。他に心配事でもあるの?」

 視線があきらかに泳いでいる。何か、隠していることがありそうだ。

「……大変申し上げにくいのですが! その旨、ノルド様に説明をして頂けますか? あと、多少の敬語は許して貰えると……!!」

 たいしたことない話に、ホッと安心する。
 あんなに優しいノルドが、言葉遣いとか、そんな事で怒るわけないのに。

「当たり前じゃない、もちろんよ。お互いに納得してれば良いのだから」
「ありがとうございます。それならば、不敬な事をするかもしれませんが……、よろしくお願いします!」
「じゃ、今から友達。よろしくね」

 サーシャの手を引いて、一緒に立ち上がる。彼女は私よりも頭一つ分くらい身長が高くて、キリッとした美しい顔を見上げるようになった。それに、筋肉も女性にしてはついていて、まったく締まりのない私には羨ましい。

「良かった! 実は、私は出自が誇れるものでもなく、体力だけで。礼儀作法も、基礎の基礎しか知らないのです」
「そうなの? なら、私の方がもっと礼儀作法を知らないよ。良ければ、基礎を教えてくれると嬉しいな」

 嘘じゃなく心の底から思っただけなのに、自分の気持ちを伝えると、ブワッとサーシャの目が嬉しいのか潤みはじめる。
 どうやら感情表現が豊かな人らしい。
 でも、ひとつひとつ現状を理解している今は、分かりやすい性格の人が側にいると安心できる。きっと、ノルドがサーシャを選んでくれた理由は、そういう性格だからなんだろう。

「……あぁ、本当にサクラ様が優しい人で良かった。突然、ノルド様からハウスキーパーをしろと言われた時には、仕事が出来ずに解雇されると思いました」
「もう、別に優しくないのに」
「いえいえ、リンク様も優しく聡明で……!!」

 そうだ、そろそろ話しかけても良いだろうか。
 ずっと、私はずっとチラチラと気にしていたけれど、リンクは丸い水晶玉のような何かを見ていて、まったく振り向かない。
 昔から、何かに入り込むと集中力が途切れなくて、声をかけても上の空だから、こういう時は諦めたほうが良いと理解している。だから、小声でサーシャにたずねる事にした。

「………ねぇ、リンクは何を勉強しているの?」
「この世界と情勢。そして魔法について。です!……信じられないほど、飲み込みが早くて。やっぱり、ご両親様の血筋でしょうか!」

 私の血筋も?
 ノルドの事を言っているのかな。私の両親は子供を捨てるような人だし、血筋が良いとは思えない。

「そっか。きっと、私より、この世界について詳しくなっちゃったね」

 聞こえていないだろうけど、後ろからリンクに話しかける。その時、座っていたイスがくるりと回転して、リンクが振り返った。

「……すごい!!」

 聞こえていた訳ではないようだが、ちょうどタイミングよく勉強の一区切りがついたのだろう。

「おはよう、リンク。何がすごいの?」

 その晴れ晴れとした顔は、ノルドが居ないことを全く気にもかけていない。さみしくて泣かれたらどうしようと心配だったけれど、ここまで興味がないのは、むしろノルドを不憫に思ってくる。

「ママ。ぼくね、魔法が使えるようになったよ」
「……ん?」
「ね、サーシャ。ぼく、出来るよね」

 何を言っているのだろうか。
 リンクは日本で生まれて……。いや、ノルドの子供だから、不思議でもないのか。

「はい、リンク様の魔法は完璧です。是非、サクラ様に魔法を披露されてはいかがですか?」
「うん! じゃ、まずは水を出してみるね」

 ジャンプして、行儀悪くイスの座面に立つ。
 そして、よく見せるようにか、手のひらを私がいる方に向けた。覚えたての魔法なのに、大丈夫だろうか。
 サーシャの成功を疑わない自信も気になる。

 その心配が脳裏をよぎった瞬間、指の先からシャワーのような水がこちらに向かってくるのが見えて、思わず目をつむった。



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