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「い、痛い。」
激しく打ち付けた腰に涙目になりながら、エイルは何とか痛みに耐え、落ちる原因となった穴を見上げた。
噴水の中に落ちたというのに、ここには豊かな森が広がっている。
上を見ると、空の澄みきった青色の中に、黒いボワボワとした紫色の亜空間が浮かんでいて、何だか違和感がありすぎる。
「あぁ、あそこから落ちたのか。よく、無事だったな。」
そう思いながら、下を見ると柔らかい芝生のようになっていて、怪我をするほどのダメージはなかったようだ。
しかし、そんな配慮をするなら、なんでこんな空間をつくったのだろうか。
イタズラにしては凝りすぎている。
「それに、私は落ちる瞬間に衝撃を守るための魔法を使ったはずなのに。」
しかし、何も発動しなかった。
あきらめず、何度も試してみるものの手応えがない。
集中して体内の魔力を探るが、全く何も感じないのは人生はじめてで不安を覚える。

近くに湖があって、のぞき込むといつもと何も変わらない真っ直ぐな漆黒の髪と、赤紫色の瞳が不安げに映っていた。
なんとか打開策がないかと、あたりをみまわすが、見えるのは木々ばかりだ。
遥か遠くまで森が鬱蒼と茂っているようで、下手に歩いても迷うだけだろう。
「困ったなぁ。午後から生徒会の集まりがあるのに。」
魔法が日常で使われる世界だから、不思議な事が起こっても驚かないが、さすがに場所に魔法を無効化する巨大な空間に転移させられるなんて初めてだ。
「ルーン、どうしたんだろう。怒らせるような事、したかな。」
そうつぶやき、今まであったことを思い出してみる。

いつものように魔法学院の食堂でサンドイッチを食べた後、のんびりと中庭を歩いていたら、ルーンに呼ばれた気がして、噴水の中をのぞき込んだのは覚えている。
そしたら、いきなり体が浮いて噴水の中に落ちたのだ。
普通であれば、そこで水びだしになるだけですむはず。
だが不思議なことに噴水の中に穴があいていて、そこから落ちてしまった。
思い返しても思い当たる事は何も無い。
「ねぇ。ここはどこ?」
まず彼女に連絡を取ろうと、首にかけてある石を握りしめて小声で問いかける。

その時、後ろから声が聞こえてきた。
「エイル?」
振り返るとクラスメートのアズールが、あたりをみまわしながら歩いてきた。
宝石のようにキラキラと光る金色の髪には葉っぱがついているし、空のような青い瞳は水面の様に揺らいでいる。

「アズール!あなたも落ちてきたの?」
アズールとエイルはライバル兼親友として、魔法学院の入学以来お互いに切磋琢磨してきた。
13才に入学をするので16才の私たちはもう3年の交流になる。
アズールは、この国の第5王子で身分が高いのに特別扱いされたくないし敬語も使われたくないと言って、伯爵家の私にも気さくに話しかけてくれる。
一人じゃないとわかって少し安心する。
しかも仲良しのアズールだ。
「いや、落ちてはない。トイレのドアを開けて入ったら、ここにいた。」
「え?大丈夫?ここ、トイレないよね。」
聞きづらくて言葉を濁す。
アズールは少し顔を赤くして否定する。
「帰る所だった。」
エイルは、そっとポケットに入っていたハンカチを近くにある大きな湖で濡らしてアズールに渡す。
「手を拭いて?」
無言で受け取りアズールは手を拭いた。
そのハンカチを湖に洗いに行き、木の枝にかけ干す。
それから、近くの岩に2人で座った。
「魔法、使えないな。」
「うん。そうだね。」
やはり、お互いにひととおり出来ることは試してみたらしい。
「2人きりでいるのは初めてだな。どうしたら脱出できるのか考えようか。きっと大丈夫だ。な、エイル?」
エイルを安心させるように不器用に笑顔を作る。
私も笑顔を作り、お互いに不安を打ち消す。
「なんかね、最初はおどろいたよ。何があったのかって。でも、この場所を何だか知っているような気もするの。だから、大丈夫。それに、アズールと一緒だから怖くない。」
「俺もだ。初めて来たのにな。ここは心地が良い。エイルは何があっても俺が守るから安心しろ。」
「うん。ありがとう。」
アズールは普段あまり笑わないし無口な方だから、笑ってたくさん話してくれた事にドキドキする。
実は、エイルはアズールの事を小さな頃から知っていて、大好きだった。

エイルは、この世界で産まれる前の記憶がある。
私は日本という国の高校生をしていた。

その頃は、取り立てて何があった訳でもないのに、生きているのがつらかった。
死にたい訳じゃない。
生きなきゃいけない、という強い思いはあるのに、何故か絶望感も、ずっと心の中にある。
そんな、鬱々とした毎日を過ごしている時、女神が突然目の前に出てきた。
その女神が、この森へ無理やり移動させたルーンだ。
そして生きる世界を移動させるから、今度は人生を楽しんで、と言われたのだ。
「どういう事?何で?」
理由がわからず、質問したら、貴女が幸せになると、世界を救えるから、という返答だった。
ファンタジーの定番じゃない、と思ったが暗い泥の中にずっといるような今よりは良いかと思って頷いた。
転移なら、死ぬわけじゃない。
生き続ける事だから、大丈夫。

良くわからない根拠が自分の中にあった。
それから、上下左右何も無い異空間の中で、日本のテレビやバラエティ、アニメや漫画の話、これから生まれ変わる世界の話。
そんな話を楽しく女神様と話をして過ごした。
ある時、女神がそろそろ良いタイミングかなぁ、とつぶやいた。

「困った時は、これを握って呼びかけて?別に困ってなくても良いわよ。いずれ、返してもらうけど。」
そう言って、白く光る石を私に授け目の前から消えた。
その時、私も長い間、閉じていた目を開いたのだ。

「バブゥ?」
言葉が話せない。
なんということだ。
視界もぼんやりとしてハッキリしない。
女神様、赤ちゃんにさせてくれたんだ。まぁ、いいか。
なんだか、ふわふわとして良い気持ちだし。
ふと手になにか感触があるのに気づく。
女神から貰った石を握りしめていた。
あぁ、何処に隠そうかな。
良く見えないけど、近くに人影は見える。
その人に、要らないものとして、捨てられてしまうかも。
そう、赤ちゃんになったエイルは悩んだ。












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