何でもない日の、謎な日常

イトウ 

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タイムリミット

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「おい!大丈夫か?何があったんだ?」

翔太の全身を確認するが、ケガはないようだし、表情も明るそうだ。
翔太は安心したように笑い「間に合ったね」と、つぶやく。

「タイムリミットまであと20分。すごい。早かった。走ってきたの?」

そんな軽口をたたけるなら大丈夫そうだ。

「俺のこと呼んだんだろ?こんな、ややこしいことすんな。気付かなかったら、どうするんだ」

もしかしたら、あのまま帰ってしまった可能性のほうが高い。

「だって、桃夢先生のまわりには、いつも誰かいるから」

だからといって、また同じようなことをしたら事故にもつながるかもしれないと、わざと少し怒った口調で言う。

「何で、シャトルの羽根なんか置いた。」
「面倒な事をした方が、記憶に残るかと思ってしたんだ。普通に話したって、俺の事なんてどうせ忘れるしさ」

翔太は、うつむいて悲しそうな顔をする。

「どういう事だ?」

不安になって、食い気味に返事をうながす。

「俺、親の都合で明日イギリスに引っ越しするんだ。しばらく帰ってこない。」

まさか、それが原因で?桃夢は、下を向いている翔太の肩を掴んて軽く揺らした。

「変なことは考えるな。行くのがそんなに嫌なら他に何か方法がある!」
「……楽しみなんだよね。本場の英語を学びたかったし、バドミントンの発祥の地でもあるんだよ」

桃夢は、掴んでいた肩をゆっくり離し、しゃがみ込む。

「何だよ。嫌じゃないのかよ」

それなら、思いつめたような表情をしないで欲しい。
翔太は声を出して笑った。

「ただ、桃夢先生は補習だけの講師だから、誰からも聞いてなかったでしょ?どうしても、伝えたくてさ。いきなり、居なくなりたくない」

足がつらいでしょう?と年寄扱いをして、椅子を進められる。
椅子に罪はないので、桃夢は素直に座る。

「この場所は、俺が1年生の時、桃夢先生と初めてあった場所なんだよ。覚えてる?」

桃夢はもちろん、と大きくうなずく。

「俺、部活で人間関係で上手くいかなくて、ここで補修も部活もサボってたんだ」
「覚えてるよ。補習に来ない生徒がいて、授業が終わって探してたら、ここにいた。そりゃ、心配で声かけるだろ」

「そんな、先生ばかりじゃないよ」と、翔太がつぶやく。

「その時、いきなり廊下に来いって言われてさ。さぼって怒られると思ったんだ。そしたら、図書室で喋れないだろう、と軽く背中を押されたよね」

それは、大人として良くない態度だな。生徒に嫌われないように反省せねばならない。

「そして、一つ一つ悩みを聞いて、具体的に解決策を2人で考えたんだ。それから、人間関係が少しずつ良くなっていった。だから、」

翔太が桃夢の方へ向き、頭を下げる。

「ありがとうございました!」

そんなに、深く下げなくても、と思ったが翔太の声が震えてるから桃夢は黙って聞いていた。

「俺は桃夢先生のような大人になります。今回、こんなことして迷惑かけてすみません。でも、これだけのことしたら、数年後また会った時に俺のこと覚えてくれてるでしょう?」

桃夢は少し息を吐き、サラサラとメモにメールアドレスと電話番号を書いて翔太に渡した。

「やるよ。」
「いいの?先生と生徒は連絡先交換してはいけないって、言われてるのに。」

その割には、翔太はメモを離さずに握りしめている。

「高校辞めるんなら、もう俺の生徒じゃないし、いいだろう。気になるなら、イギリスでその連絡先見ろ。ちなみに、SNSのたぐいはやってないからな」

桃夢は腕時計を見て、もう図書室に来てから20分程もたっているのに気づく。

「それより、どうすんだよ。帰り道。俺は守衛室に寄って忘れ物を回収したって報告してから、タクシーでも呼ぶつもりだけど一緒に帰るか?」

守衛の近藤さんの帰宅時間は9時のため、さすがに待てない。

「え?俺は母親が車でそろそろ迎えにくるから」
「はあ?!」
「タイムリミットって言ったじゃん。親が来る時間を言ってたんだよ」

確かにそんなこと言ってたな。

「俺がくる時間とか計算してその時間に約束したとか?」
「単純だからね。桃夢先生。きっと、俺がしたことだとすぐに思いついて、誰にも言わず、ここに来てくれてると思ってた」

桃夢は脱力して床に座り込む。

「ちなみに、俺、家で桃夢先生の事を褒めまくってるから、きっと車に乗せてくれると思うよ?一緒に帰る?」

さっきの桃夢の言葉を真似てくる。今回のことは親もしってて、やったことなんだろうな。
そんな気がする。

「よろしくお願い致します」

外から車のクラクションが10回、軽い音でな鳴っている。



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