何でもない日の、謎な日常

アセトアルデヒド

　イギリスで、翔太はうまくやってるのかな。

　桃夢は寝転がり上を向き、青い空に飛行機雲が一直線にのびているのを見送る。

　どこにいく飛行機だろうか。
　最近、芝生の布団に早く来てまで、ゴロゴロするのがブームになっている。
　疲れた足に、軽く突き刺さるこの芝生の感触がなんとも言えない。
　スゥーと眠くなり目をつぶった時に、顔に影がかかる。

　ここで眠りそうになると誰かが来ることが多い。
　桃夢は上半身をいきおいよく起こし、振り向く。

「桃夢先生。こんにちは。先生はいつも自由そうで良いですねぇー」

　のんびりとした口調で話しかけてきた、この人は……。

「こんにちは。近藤さん。この間は、ご迷惑おかけしました」

　やっぱり。

　近藤さんは、この学校の守衛さんで、たまに書類整理などが終わらない時に、車で駅まで送ってもらっている。
　努めていた会社を早期退職して、この学校へ貢献したいと働き始めたそうだ。

「この前の夕方は、先生、あちこち走り回ってましたねぇー。いや、元気が1番です。」

　そう言って、桃夢の隣に座る。

「元気はあるんですけど、体がついてかなくて大変ですよ。俺、酒飲め無いのに、毎日呑み明かしてる塾の同僚より、何故か不健康だから不公平ですよね」

　桃夢は、塾講師の仲間であり、親友の南沢を思い出しながらため息をつく。
　たいてい週に一回は、家呑みにつきあわされるのだ。

「私の兄も最近、足やら腰やら痛いとか仕事中に言ってますよ。まぁ、80才近くともなれば仕方ないのでしょうけど。」

　大きく桃夢はうなずく。わかりみがすごい。

「俺も痛くない時がないですよ。本当。お兄さん、まだ働いてらっしゃるんですね。立ち仕事ですか？」
「えぇ、鎌倉で土産物屋兼食事処をしてましてね。最近は特に繁盛してるようです。」

　観光地だもんなぁ。
　休日は人が来るだろう。

「そうですか。どのあたりですか？行ってみますよ。」

「いやね、裏通りの分かりづらいところにありまして。普通に探しても、見つからないかもしれないです。」

　桃夢は、方向音痴なので探せるかどうかあやしい。
　その時、遠くから授業が終わるチャイムが聞こえてくる。
　また話し込んでしまった。

「近藤さん。すみません。楽しかったです。そろそろ補習授業へ行かなくては」
「こちらこそ、楽しかったですよ。頑張って下さい」

　慌ただしい授業の開始が多いな。反省しつつ小走りに教室へ向かう。

　廊下は走るな！という、インパクトのある太字で書かれた貼り紙を横目に、少し立ち止まり、作成した生徒に謝るように、ポスターに頭を下げた。

でも、廊下には誰もいない。
転ぶなら自分だけだと、小走りを再開させた。