何でもない日の、謎な日常

イトウ 

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書き込まれた地図

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 桃夢は部室のテーブルの真ん中に、拡大コピーした鎌倉駅周辺の地図を広げて置いた。

 凪夜が、不満そうな顔で、そっぽを向く。
 何となく雰囲気で、桃夢が丈一郎に感化されていると察知したのだろう。

「ここは、ハイキング部じゃないよ」

 凪夜がつぶやく。
 やりたくない感情が、素直に出過ぎている。
 桃夢はそんな凪夜を曖昧に笑って、部員たちに告げる。

「今日の課題はこの地図に自分なりのトリックを使ってハイキングコースを書き込む事だ。それなりに土地勘があるから出来るだろう」

 楽しそう。と最初に夏葉がペンを持ち、考え始める。
 凪夜は不服らしくほっぺたが丸くなっている。

「僕は、やらない」

 そうだろうな、と思って凪夜以外の部員全員に向かって言う。

「みんなが考えてる間、凪夜と俺は英語の学習をしてるから、各自、自由に勧めてくれ」

 パッと凪夜は目を開き、こっちへ向く。

「それって、この前の英文の質問のやつ?」
「そうそう。かなり、時間かかったんだからな」

 と軽く恩着せがましく言ってから、資料を別の机で広げていく。

「わかった。桃夢先生。調べてくれて、ありがとう。あと、ごめんなさい」
「いや。むしろ、分からない俺が勉強不足なだけだ。今度から、こういうのは英語の専門教師に聞けよ」

 凪夜が絶対、他の教師に聞かないのを知ってながらからかう。

「今日の先生、いじわるだね」

 隣では、部員たちがこちらの話を微塵も気にせずルートを考えていた。
 それから、一時間がたち意見を言い合う時間になる。

 桃夢は、部員に黙っていたことがある。
 今日の課題のために、丈一郎にミス研へ来てもらうことになっているのだ。

 丈一郎は補習の参加や部活動をしていないが、比較的自由の効く放送委員会に所属している。
 放任主義な高校だが、部活か委員会のどちらかは所属することが望ましいという暗黙のルールがあるようだ。
 その委員会が終わって、バスが来る間の1時間アドバイスを貰えるか、この間の食堂へ行った時に聞いてみた。
 ちなみに本日、火曜日が定休日らしい。

 そんな事を考えていたら、ノックの後、ゆっくりと扉が開く。
 そして、丈一郎がこんにちは!と、爽やかに入ってきた。

 渡瀬と夏葉は当然の登場に驚きはするが、丈一郎の社交性の高さに、もう仲良くなり、にこやかに挨拶を交わしている。

「すごいですね。見せて下さい」

 丈一郎は、机の上の地図に気づき、見ていいですか?と夏葉に聞きつつ上からみまわす。
 夏葉は、自分の書いた線を指さして聞く。

「今日は、この地図で逃亡ルートを考えてるの。何か、アドバイスがあればおしえてくれない?ここで事件が起った時の逃げるルートだけど、この山を突っ切れるのかな?」

 自分の考え抜いたルートに矛盾はないか質問をした。

「あっ。ここは立ち入り禁止なんですよ。それなら、少し右に回ると大通りにつながる、一般に知られてないトンネルがあるので、そこが良いかも」

 本だけじゃなく実際に歩いてみての知識というのは、整備されてない所では重要だ。
 渡瀬も気になったところを質問している。

「この崖はロープで簡単に降りられるくらいの高さなのだろうか?すぐに警察に来られると困るのだが」
「そこは、険しいので簡単には降りれないですが、横の切り通しが観光ルートにつながっているから、茂みから観光客に見られてしまいますよ。それならこっちの方が、良いです」

 などと、楽しそうに話している。

 桃夢は、凪夜に教えつつも、耳は丈一郎の話を聞いていて感心する。後で気になっていた所を聞こう。

「桃夢先生、すごい、丈一郎のこと気に入ってるみたいだね」

 気がそぞろなのを見抜かれて、凪夜が不機嫌になってしまった。
 いときしり、みんなの会話が落ち着くと、突然、虫の居所が悪い凪夜が丈一郎に軽く突っかかる。

「ねぇ、丈一郎。自分の営利目的にこういう活動するとか、人を騙すの良くないと思う。」

 丈一郎の何かを察したようにうなずき、軽く下を向く。

「そう、凪夜は思ったんだね。騙したつもりはなかったんだけど、そう感じたらごめん」

 突然の状況に桃夢は、口を挟もうとしたが、2人しかわからない会話をさえぎってはないけないと察し、黙る。
 丈一郎は、手元にあったインタビューが乗ってる冊子を取り出し、ハイキングコースの所を凪夜に見せる。

「これのこと、言ってるんだよね?確かに考え無しで行動したかな、と思って後悔してる」

 凪夜は、広げていた地図に丈一郎が考えた独自のハイキングコースを8つルートを全て線を引いていく。

 どこか、おかしい所があるのだろうか?
 見た所、問題はなにもない。

 凪夜が、一つの所を指し、桃夢に見るように視線を送ってくる。

「わざと、遠回りして駅に向かってる。この3つのルート、わざとこの古刹に寄るようにルートを決めてるんだ。そんなに、観光客が来ないような場所。それは、店をやってる丈一郎の家の側にあるよね」

 挑むように凪夜は話す。
 確かに、店を通ってはいるが、気になる程でもない絶妙な感じになっている。

「しかし、短い午前中だけのルートは通ってないし、店舗の側には他の寺も多いから考えすぎではないか?」

 トントン地図を叩きながら、渡瀬が意見をする。
 こうなると、真実は丈一郎本人にしか分からない。

「丈一郎、俺は別に問題ないレベルだと思うが、説明してくれるか?もし、事情があって言えないのなら言わなくても良い。悪い事をしている訳じゃないと俺は思う」

 バスの時間まではあと30分ある。
 しこりはなるべく早く無くすべきだ。

「先生、分かりました。家の事情のことで恥ずかしいですが、話します」

 丈一郎は、迷い無く話し始める。

「最初は、普通に鎌倉の山が好きで普通に毎日のように歩いてただけだったんです。でも、それをSNSなどで情報を出していたら、少し観てくれる人が増えて、インタビューを受けることになったんです」

 毎日?すごいな。
 俺には無理だと桃夢は思う。

「ただ、ちょうどその頃、祖父が足腰を痛めたのに、責任感で店を休めないと、父と喧嘩をしたんです。そしたら、父が、客も入っていないしこんな古い店は閉めると言い出して……」

 きっと、父親は高齢の親を休ませたかったんだろうな……。
 桃夢は、近所でよく聞く話なだけに、感情移入をしてしまう。

「じゃあ、自分が客を増やす、って父に宣言してしまったんです。そしたら、店番をしている祖父母と母に負担をかけるなって、言われました」

 夏葉が、しんみりしながら言う。

「お父さんも、心配だったんだよ。何となく気持わかるな」
「俺も、それは理解していて悩みました。地図を見て下さい。あと、タイムスケジュールの方も」

 部員達が見比べ、なるほど、と理解する。

「日中はこの道を通らないように、俺が学校から帰ってきて、手伝える夕方から夜の時間だけ客が増えるように、ルートを考えました。でも、あまり思うようにいかず、友達に頼んだりとか駅でチラシを配ったりして。とにかく、焦ってたんです」

 桃夢は、目をうるませる。
 そんな、桃夢の様子を見て凪夜は大きなため息をつく。

「だから、嫌だったんだよ。桃夢先生が丈一郎を好きそうだなって思ったから、会わせたく無かった」
 
「凪夜は、桃夢先生と話す時間が少なくなるのが嫌なんだよね」

 春人が告げ口をすると、凪夜はプイッと横を向いてしまった。

 丈一郎は凪夜に向かって頭を下げる。

「本当にごめんなさい。情報誌の人にも、迷惑がかからない程度のルート選びにするって、説明して許可してもらってるんだ。あと、クラスのみんなにも、もう言ったりしない。しつこかったって自覚してるし、後悔してる」

 「そうだよ」と、凪夜が丈一郎の肩を小突く。

「俺、山とか興味ないから」
「本当にごめん」
「あと、桃夢先生とあんまり仲良くしないで」

 丈一郎は、ぽかんとした顔でチラッと桃夢の顔を見る。

「それは、先生次第かな?俺は仲良くしたいから」
「じゃ、ライバルだね」

 凪夜と丈一郎が、いきなり肩とか組みだした。

「なんなんだ。仲良くなったのか、悪くなったのか分からないな」

 桃夢は横にいる春人を見ると、笑って2人を見てるので、問題はないようだ。
 思春期とは、こういうものなのだろう。

 ふと、時間を見たら、バスの出発まであと5分になっていた。

「おい!もう、バスの時間!早く帰るぞ」

 バタバタと帰り支度を始めた。
 だが、バスの時間までに片付けは間に合わず、桃夢だけは、帰りを近藤さんに送ってもらう事にする。

 この間のお礼も言いたいし、今回のことは部員の胸の内だけに秘めておくが、近藤さんには話しておくべきだ。

 用務員室に片付けを終わらせて向かい、簡単に事の顛末を説明する。

「いやぁ、そうですか?知りませんでしたよ。言われて見れば確かに親子間の仲がよそよそしかったかもですねぇ」

 のんきにお茶とでも飲みませんか?と急須にお湯を入れ、この前に店で食べた饅頭も勧めてくる。
 売出中の商品なのだろうか。

「すみません。でも、大袈裟にすることでもないので、このことは内緒にして下さい。丈一郎は、お父さんと仲直り出来ますかね?」

 何とか、穏便に話し合ってもらって解決策があればよいのだが。
 すると、「それは、解決策があるんだ」と、近藤さんが胸を張った。

「どんな魔法ですか?」
「今日の夜、早速行って、無事に解決させてきますよ」

 と、そう言って、桃夢の肩を強く叩いた。

 とても、頼もしい限りである。












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