離宮の愛人

眠りん

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二章

二十三話

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「ターバイン君。また坊ちゃまに呼ばれてんのか?」

 珍しくルベルトが驚いた顔を見せた。いつもならフリードは外出している時間だからだろう。
 お互いまだ屋敷内に残っている事に驚いたという事だ。

「ええ」

「大事な幼馴染みとはいえ、愛してもいない相手に身体を弄ばれるのは辛いだろう」

(坊っちゃまからは愛されてるけどな。知らないと辛いだけだろうな)

 同情心100%だ。フリードも、目的もなしに好きでもない相手に抱かれ続けると考えるだけで不快に思う。
 だが、何故か自分には関係のない罪の意識に苛まれているルベルトは、それが自分に課せられた罰だと言い出す。

 今回も「いえ、当然の事ですから」という返事が返って来ると思っていたが。

「はい、そうですね」

 と、素直に頷いた。もう母親のした罪の意識はないようだ。
 事件の真実を知ってしまった可能性が高いと予想する。

 受ける必要のなかった理不尽に耐えてきた彼にとって、イグナートは憎むべき敵となったであろう。
 だがイグナートも変わりつつある。今はルベルトの待遇を改善しようと努力しているのだ。
 悪いのは公爵一人であって息子は関係がないが、ルベルトはどう思うだろうか。

「あと少しの辛抱だ。今は耐えてくれ」

「フリードさん!」

「なんだ?」

「後で話があるのですが」

「明日でいいか? これから君は坊っちゃまの相手、俺はまた外に用事がある。
 帰って話をする余裕はないだろう」

「はい。なんかフリードさん、忙しそうですね。外で何をしてるんですか?」

 報告と裏警察への指示書を渡したり、裏警察からの報告書を受け取るのが主だ。
 今日は、ルベルトが書斎で証拠になるものを見つけた可能性がある事と、明日の夜に書斎に呼ばれたから、隙を見て証拠に繋がるものを探す事をリュートに報告しに行く。
 口が裂けても言えないが。

 公爵には「陛下と愛を語り合う為に夜中は離宮に戻ります」と言ってあるが、それも言える筈がない。

「まぁ、色々とな。それは教えられないんだ。公爵様には許可は取ってるから」

「すみません、詮索するような事を言って」

「気になる事は聞いてくれて構わない。言える範囲で答えるが、外出の用件は悪いけど答えられない」

「分かりました。じゃあ明日お話する時間を作りたいと思います」

「ああ。明日な」


 翌日の朝、ルベルトはイグナートに呼ばれた。さすがにもう虐めたりはしないだろうが、何故かルベルトには素直になれないと言っていたので、もしかしたら酷い目に遭っているかもしれない。

 しかし、そんな心配は杞憂に過ぎなかった。イグナートはルベルトの為に新しい服を用意したらしい。
 使用人にしては上質な服をプレゼントされていた。
 こればかりはフリードも心が和んだ。思わず笑みが溢れる程。

 だが、喜んでばかりもいられない。前日にフリードと話したがっていたルベルトとの時間を設けなければならない。
 掃除が終わった後はフリードも話を聞いている暇はなくなる。仕事前にルベルトと二人で話す事にした。

 話して分かった。やはりルベルトは事件の真実を知ってしまったと。
 知ったからには公爵家での使用人など屈辱でしかないだろう。
 殺意溢れた目をしていた。最悪の場合、フリードの任務の邪魔になる可能性が出てくる。 

(困ったな。せめてもう少し耐えてもらわないと。あと一ヶ月半程で公爵は病死する。
 だが、それを教えて万が一暗殺計画が漏れたらウェルに迷惑がかかる)

 遠回しに「今は動くな」とルベルトに伝えたつもりだが、望んだとおりに動かないのが人間だ。
 どんなに信用のおける人だとしても、裏切る時は裏切るものだ。

 だから、ルベルトが仕事中に執事室から鍵を盗み、仕事後に厨房から包丁を盗み、風呂場に隠れたのを見てしまっても、特に驚かなかった。

(あぁ。ターバイン君は俺の指示より自分の気持ちを優先したのか。
 これは俺の失態だ。もう少し、彼の行動を見ていれば。
 使用人になる際、無理言ってサマエルの誰かを連れてくれば良かった。
 俺がいない間、公爵家を監視してくれるような人を……)

 クレイル公国にいた頃に散々言い聞かされてきた教えをそのまま受け入れていた事を悔やむ。
 誰か一人でも信用して頼める人さえいれば、こうはなっていなかった筈だ。

(例えば、リュートが信頼している仲間を紹介してもらうとか、方法はあった筈なのに。
 だが、もう止められない。せめてターバイン君が警備兵に捕まらないように助力するか)

 フリードは静まり返った屋敷内で、静かに警備兵を気絶させていった。
 闇に紛れる彼を見た者は誰もいない。気付かないままに意識を失う。
 そして、ルベルトが動くまで近くの柱の隅に身を隠した。

(あの様子じゃ、ターバイン君はただじゃ済まないだろうなぁ。
 いざとなったら俺が公爵を殺す。
 外部犯に見せかければなんとかなるかな。そこはリュートに助けてもらって、偽装工作でもなんでもすれば……)

 状況によってパターンも変わる。何十通りの計画を脳内シュミレーションしていると、ルベルトが行動に出た。
 静かな屋敷を走り、書斎へと向かっていった。フリードはドアの前に立ち、様子を窺うが、この書斎だけは扉が分厚いのか普通の会話程度の音量では内容まで聞き取れない。

 平和的に話し合いが出来れば問題ない。おそらく、公爵はルベルトをクビにするだろう。
 その後は実父の元へ行けばいい。サーシュ侯爵の行方はサマエルで把握しているので、教えてやればいいだけだ。

 だが、もしルベルトが用意した包丁を公爵に向けたなら──。

 結果は二パターンだ。公爵が殺されずにルベルトを確保するか、ルベルトが公爵を殺してしまうか。
 前者の場合、ルベルトは死刑になる。公爵の命を狙った者が軽い刑になる筈がない。侯爵家の令息ならまだしも、今は平民だ。

 貴族相手の犯罪で、犯人が貴族と平民では下される罰の重みが違う。
 そうなるとフリードがルベルトを救うには方法は一つしかない。投獄された後の脱獄だ。
 フリードにはそれくらい簡単な事である。

 だが後者は厄介だ。その場合、ついさっき思い付いた外部犯の仕業にする他なくなる。
 だが、そうなると一番困るのはフリードだ。フリードの任務は公爵の暗殺。それが出来なければサマエルへの加入は出来なくなる。

 今は仮ではあるがサマエルに入っている状態だからこそ、ウェルディスからの頼みで裏警察を指揮できているのだ。
 任務失敗すれば、今まで積み重ねてきた仕事すべてがゼロになり、後はリュートが全てを引き継ぐ事になる。それだけは避けたい。

(相手は帝国軍の大将。ターバイン君が敵う相手じゃない)

 ルベルトの自由な行動を許していたのも、全てはたかだか十代の子供に、帝国軍を統べる公爵が負ける筈がないと思っていたからだ。
 だが、安心していたのも束の間。

「バカめ。ここをどこだと思っている!? 誇り高きルブロスティン公爵家であるぞ。
 おい! 誰か! 助けてくれ!」

 ──と、扉の向こうから公爵が助けを呼ぶ声が聞こえてきた。
 数秒固まった。聞き間違いか? と。
 だが確かに聞こえた。公爵が警備兵に救いを求める声が。

 フリードは慌てて部屋に入った。
 ルベルトは本気だったのだ。必ず殺すと迷いなく決めてここに来たのだ。フリードはルベルトの悔しさや、苦しみを想像する事が出来ても、その覚悟を想像する事が出来なかったのだ。

 ウェルディスと出会って感情の大切さを知った。
 それ故に、辛さを感じているであろうルベルトに情けをかけてしまった。
 やりたいようにさせてあげたい。後悔をさせたくない。そんなフリードの感情が、迷いを生み、任務でのミスを誘発させた。

(全部俺のせいだ……でも!)

 ルベルトから溢れ出ている殺意は誰かが止めない限り、収まる事はない。
 ギリギリ気付けた。気付けたならまだ間に合う。
 すんでのところでルベルトの手を掴み、殺人行為を止める事が出来た。

(あ……危なかった……)



───────────────────
※ここで二章終わりです。
三章は、ルベルトがサマエルのボスに引き取られた後からになります。
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