少年売買契約

眠りん

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二章 心を取り戻す為に

五話 今後の目標

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 夜になり、仕事から帰ってきて影井は部屋の臭いに顔を顰めた。公園の公衆トイレのような嫌な臭いが充満していたのだ。不快なアンモニア臭に息を止める。
 部屋は真っ暗で、廊下を明るくしてからダイニングへ向かった。

「おーい、いるか?」

 少年をどう呼んでいいか分からず、扉を開きながら彼を呼んだ。

「はい」

 そこには、朝のまま同じように椅子に座ったままの少年がいた。
 彼が座っている椅子には液体が零れている。臭いはそこからだった。

「ど、どうした!?」

「……?」

 少年は影井の方を向くと、首を傾げてぼーっとしている。影井が何故焦っているのか分かっていないという表情だ。
 それもそうだろう、少年は座ったまま小便を漏らしているというのに、微動だにせずにいるのだから。

「と、トイレは?」

「トイレ?」

「朝からずっとここにいたのか!? ただじっと座っていただけなのか!?」

「まだ、何も命令されていなかったので……」

 少年は困ったままの顔を影井に向けるだけだ。

「とりあえず服を脱いで、シャワーを浴びなさい」

「はい」

 答えるが動かない。

「どうして動かないんだ?」

「場所が分かりません」

「こっちだ」

 影井は少年の手を引き、洗面所に連れてきた。

「浴室はそこ。好きなようにしていい」

「……どうしたらいいですか?」

「えっ!? 峰岸のところにいた時はどうしていたんだ?」

「前のご主人様が……いつも身体を洗っていただいていました。道具の手入れはご主人様がするものだと……」

 影井にとってそれは衝撃の事実だった。
 峰岸が何度、少年の世話が大変だと言っていただろうか。

「自分で洗う事は出来るのか?」

「……はい」

「じゃあ今日から君は自分で自分の身体を洗いなさい。それが普通の事だよ」

「はい」

 ようやく自分で服を脱いで、浴室に入った。十八歳とは思えない行動に戦慄する。全ては松山のせいなのだろうと考えると、あの時資金を持っていなかった自分の力不足に後悔が募る。

 少年が洗面所へ向かったのを見届けてから掃除用具を取ろうとしたが、その時ようやくガスの電源をつけていない事を思い出した。
 風呂場にスイッチはあるが、果たして少年はガスを付けているだろうか。

「君、ガスは……」

 風呂場のドアを開けた瞬間、影井は冷たい水を浴びてしまった。

「そのままだと冷たいだろ。風邪をひいたらどうする……って! 君!!」

 影井は驚愕して声を荒らげた。だが少年は無表情のままだ。
 少年の身体には包帯が巻き付けられており、背中には血が滲んでいる。
 一旦、影井はシャワーを止めた。

「風邪をひくぞ。お湯を出すから待ちなさい」

「道具は風邪はひきません。不具合が出たとしたら、それは故障だからで……」

「道具じゃない」

 影井はスーツのまま風呂場に入った。膝をついて少年を抱き締めると、ちょうど耳に少年の胸が当たる。
 ドク、ドク、ドク……と、当たり前だがきちんと心臓が動いている。

「君の心臓は動いているじゃないか。どこが道具だ、どいつもこいつも! 子供になんて事を……」

「僕は道具です。道具なんです。人間扱いしないで下さい」

 顔を上げて少年を見つめると、少年は悲しそうな目をしていた。感情を押し殺そうとしている、けど押し殺しきれていない、僅かばかりの意思を感じた。

「俺は君を道具になんてしない。君に誓うよ。絶対に幸せにすると」

 少年はまた暗い無表情となって、無言のまま返事をしなくなってしまった。
 影井はスーツを脱いでシャツとパンツだけになってシャワー室に入った。

 ガスをつけてから、包帯に掛からないようにシャワーを浴びせ、尿でベタベタになっているところだけをスポンジで擦って流す。

 少年にバスタオルを渡し拭くように指示してから、自室に戻って部屋着に着替えると「クシュッ」とクシャミをした。
 まだ春先で気温は低い。すぐに着替えて部屋に戻ると暖房をつけた。

 少年が粗相をした場所を掃除し、手を洗ってから料理を作り始める。
 少年は洗面所から出てきたが全裸の姿だ。

「着替えも用意してあったろう、ちゃんと着替えてきなさい。自分で出来るだろう?」

「……使ってはいけないものは?」

 少年自身からの質問に少し驚きつつも答える。

「ないよ。使いたいものを使えばいい、自分で考えるんだ」

 影井は少年の自主性を育てようと、出来る事は全て少年にやらせようと試みた。
 とりあえず言えば出来る事は分かったので、後は日常生活を普通に送れるようにしようと考えた。

 少年を普通の人間に戻し、社会に出す事が影井の目標となったのだった。
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