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第二章「ふたりの距離」
6.正当防衛
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「はあ……」
優花は深いため息をついた。
大学の文化祭『総館祭』のメインイベント、ミスミスコンでグランプリを受賞した桐島優花。しかし、その晴れの場で名もなき学生に告白をしたことで、実は文化祭実行委員から厳しい注意を受けていた。
『これから大学の顔として活動しなきゃいけないのに自覚がなさ過ぎる』
『芸能界とか女子アナとかになりたくはないの?』
元々ミスコンなどに興味がなかった優花だが、それならそれできちんと断らなかった自分にも非があると思い黙ってお叱りを受けた。
「やあ、優花ちゃん。お疲れ」
実行委員の打ち合わせのためにひとりで部屋で待っていた優花に、イケメンの男が声をかけた。
「あ、結城先輩。お疲れ様です!」
結城レン。
聡明館大学の三年生で文化祭実行委員の責任者を務める。背の高い爽やかなイケメンで、実行委員の出場が禁止されていなければ結城のミスターコンでのグランプリは間違いないと言われていた。
そして実行委員から非難された優花をひとりかばったのも彼である。
「どう? グランプリの実感は沸いてきた?」
結城が甘い笑顔をしながらが優花の前に座る。
「いえ、まだそんなには……、でもやっぱり私は辞退すべきだったと思っています」
グランプリになったことで心労が増えた。その一方でタケルに出会えたことを考えるとそのすべてを否定したくない。
「これから優花ちゃんには色々やって貰わなきゃならないけど、僕が可能な限りサポートするから安心して」
「あ、はい……」
結城がいつの間にか優花の隣にやって来てさり気なく肩に手を乗せる。
優花は実はこの結城レンと言う男があまり得意ではなかった。初対面から馴れ馴れしく、あり得ないほど自分に自信を持っており、遠慮なしに他人の領域に入り込んでくる。
「お疲れ様でーす、結城センパ……」
そこへ部屋に入って来た文化祭実行委員の女の子たち。入って直ぐに目につくグランプリ優花の肩に手をかけ話す結城の姿。結城は彼女たちの憧れの的。先日の突然の公開告白といい結城の件と言い、優花への風当たりは一段と強くなっていた。
「ではミーティングを始めますね。まずはグランプリ対談についてですが……」
優花は実行委員から話される説明をぼんやりと聞いた。
(どうしてこんなメッセージを送ったんだろう……)
夕方、キャンパスのベンチでひとり座る黒色の目をした優花が、お昼にタケルに送ったメッセージをじっと見つめていた。
『今日は一緒に帰ろうね。講義終わったらキャンパスのベンチで待ってるよ♡』
意味が分からない。
なぜ時々自分はほとんど興味のない一条にこの様なメールを送ったりするのだろうか。
(一緒に帰りたい? 馬鹿なことを……、正直あまり顔も見たくないけど……)
興味のないタケルではあったが、自分で誘った以上約束を反故にして帰る訳にはいかない。
「あ、あのぉ、桐島先輩ですよね……?」
ベンチに座りひとりスマホを見ていた優花に数名の女の子が集まって来て言った。
「え、私? そうだけど……」
女の子が顔を赤くして言った。
「わ、私と一緒に写真を撮ってくれませんか!!」
(写真……)
優花はふと今日の文化祭実行委員のミーティングで言われたことを思い出した。
『グランプリは大学の顔。うちの学生でももし何か頼まれたら極力邪険にはしないこと』
これもグランプリの仕事か、と思いながら優花が笑顔で返す。
「いいわよ。どこで撮る?」
「いいんですか!? やった! 場所はここで……」
そう言って女の子たちが代わる代わる優花と写真を撮って行く。優花は全ての女の子と写真を撮り終えると、笑顔で手を振って去っていく彼女たちを見送った。
「よお、優花。大人気だな」
そこへタケルが現れる。タケルは彼女の雰囲気から目の色を見なくても、今は素の優花だと気付いていた。優花が言う。
「さあ、帰るわよ。約束だから。でも、あまり近付いて歩かないでね」
そう言うとベンチに置いてあったカバンを手にして先に歩き出す。
(黒目の優花を落とすって決めたけど、俺めっちゃ嫌われてるよな。ガキの頃、そんなに悪いことしたっけ……?)
タケルは優花の後ろを歩きながら攻略の糸口すらつかめないその背中を見つめた。
「じゃあ、ここで。さようなら」
小学校の同級生なので、実は家が近いタケルと優花。当然同じ電車、同じ駅で降りることとなる。優花がタケルに『約束は果たした』と言った顔で手を上げて去っていく。
(電車の中でもひと言も話してくれなかったな……)
実のところ優花は、文化祭実行委員からあまりタケルと仲良くするなとも言われていた。黒目の優花にはそれは好都合であり言われなくてもそうするつもりであった。
(仕方ない。今日は俺も帰るか……)
そう言ってひとり優花とは別の方向へ歩き出したタケルの耳に、その声が聞こえた。
「あれ~、優花ちゃんじゃん! 奇遇じゃん、奇遇!!」
振り返ると少し離れた場所で、二人組の男に話し掛けられている優花の姿が目に入った。男が優花に言う。
「俺っち、ちょー嬉しいよぉ! さあ、これからヒマでしょ? 家飲みしようよ、家飲み!」
男たちは最近優花に付きまとっている二人組の先輩であった。優花が嫌そうな顔で言う。
「飲みません! 私、帰るんです!!」
そう言ってふたりを振り切って帰ろうとする優花。しかしその細い腕を先輩が掴んで言う。
「嫌だ嫌だも好きのうち。優花ちゃんもこの俺の割れた腹筋を見たらきっとそんな考えなくすぜ~」
そう言って最近ボディービルを始めた先輩が再び、優花の手を自分の体に触らせようとする。
「いや、やめてよっ!!」
そう言って手を振りほどこうとして逃げる優花。先輩は握った手に更に力を入れて優花を逃がさないようにする。
「い、痛い……」
先輩がいやらしそうな顔で優花を見つめながら言う。
「さあ、優花ちゃ~ん。俺たちと一緒に……、ん?」
先輩が気が付くと優花の腕を掴んでいる自分の腕を、誰か見知らぬ男が掴んでいる。同時にその手に力が込められる。
「いてててて!!」
思わず優花の腕を放す先輩。
傍に立っていたもうひとりの男が激怒して言う。
「何だ、てめえ!! ぶっ殺すぞ!!!」
男は無言で睨み返す。
「ふざけんなよ、このボケぇ!!!」
拳を上げ、殴り掛かる先輩の連れの男。優花が叫ぶ。
「タケル君、あぶないっ!!」
名前を呼ばれたタケルがにこっと笑って男の拳をかわす。
「ぐわっ!!」
ドテ!!
そしてタケルがそっと差し出した足に躓いて男が派手に転んだ。それを見たボディービルの先輩が顔を赤くして言う。
「お前、許さねえぞ!!!」
そう言って上着を脱ぎ、薄着となった先輩が自慢の筋肉を見せつける。
「ちょっと痛い目、見て貰おうか」
先輩がタケルに近付きながらその太い右手を振り上げる。
(親父、これは正当防衛。いいよな……?)
微動たりしないタケル。
観念したと思った先輩が思い切りタケルに向けて拳を振り下ろす。
(え?)
その瞬間タケルの姿が視界から消えた。
(綺麗……)
優花の目には両足を綺麗に揃えて宙を舞う先輩の姿が映っていた。
ドオン!!!
「ぐはっ!!」
そこにはタケルに片腕を掴まれたまま地面で仰向け投げ飛ばされて、呆然とする先輩の姿があった。
優花は深いため息をついた。
大学の文化祭『総館祭』のメインイベント、ミスミスコンでグランプリを受賞した桐島優花。しかし、その晴れの場で名もなき学生に告白をしたことで、実は文化祭実行委員から厳しい注意を受けていた。
『これから大学の顔として活動しなきゃいけないのに自覚がなさ過ぎる』
『芸能界とか女子アナとかになりたくはないの?』
元々ミスコンなどに興味がなかった優花だが、それならそれできちんと断らなかった自分にも非があると思い黙ってお叱りを受けた。
「やあ、優花ちゃん。お疲れ」
実行委員の打ち合わせのためにひとりで部屋で待っていた優花に、イケメンの男が声をかけた。
「あ、結城先輩。お疲れ様です!」
結城レン。
聡明館大学の三年生で文化祭実行委員の責任者を務める。背の高い爽やかなイケメンで、実行委員の出場が禁止されていなければ結城のミスターコンでのグランプリは間違いないと言われていた。
そして実行委員から非難された優花をひとりかばったのも彼である。
「どう? グランプリの実感は沸いてきた?」
結城が甘い笑顔をしながらが優花の前に座る。
「いえ、まだそんなには……、でもやっぱり私は辞退すべきだったと思っています」
グランプリになったことで心労が増えた。その一方でタケルに出会えたことを考えるとそのすべてを否定したくない。
「これから優花ちゃんには色々やって貰わなきゃならないけど、僕が可能な限りサポートするから安心して」
「あ、はい……」
結城がいつの間にか優花の隣にやって来てさり気なく肩に手を乗せる。
優花は実はこの結城レンと言う男があまり得意ではなかった。初対面から馴れ馴れしく、あり得ないほど自分に自信を持っており、遠慮なしに他人の領域に入り込んでくる。
「お疲れ様でーす、結城センパ……」
そこへ部屋に入って来た文化祭実行委員の女の子たち。入って直ぐに目につくグランプリ優花の肩に手をかけ話す結城の姿。結城は彼女たちの憧れの的。先日の突然の公開告白といい結城の件と言い、優花への風当たりは一段と強くなっていた。
「ではミーティングを始めますね。まずはグランプリ対談についてですが……」
優花は実行委員から話される説明をぼんやりと聞いた。
(どうしてこんなメッセージを送ったんだろう……)
夕方、キャンパスのベンチでひとり座る黒色の目をした優花が、お昼にタケルに送ったメッセージをじっと見つめていた。
『今日は一緒に帰ろうね。講義終わったらキャンパスのベンチで待ってるよ♡』
意味が分からない。
なぜ時々自分はほとんど興味のない一条にこの様なメールを送ったりするのだろうか。
(一緒に帰りたい? 馬鹿なことを……、正直あまり顔も見たくないけど……)
興味のないタケルではあったが、自分で誘った以上約束を反故にして帰る訳にはいかない。
「あ、あのぉ、桐島先輩ですよね……?」
ベンチに座りひとりスマホを見ていた優花に数名の女の子が集まって来て言った。
「え、私? そうだけど……」
女の子が顔を赤くして言った。
「わ、私と一緒に写真を撮ってくれませんか!!」
(写真……)
優花はふと今日の文化祭実行委員のミーティングで言われたことを思い出した。
『グランプリは大学の顔。うちの学生でももし何か頼まれたら極力邪険にはしないこと』
これもグランプリの仕事か、と思いながら優花が笑顔で返す。
「いいわよ。どこで撮る?」
「いいんですか!? やった! 場所はここで……」
そう言って女の子たちが代わる代わる優花と写真を撮って行く。優花は全ての女の子と写真を撮り終えると、笑顔で手を振って去っていく彼女たちを見送った。
「よお、優花。大人気だな」
そこへタケルが現れる。タケルは彼女の雰囲気から目の色を見なくても、今は素の優花だと気付いていた。優花が言う。
「さあ、帰るわよ。約束だから。でも、あまり近付いて歩かないでね」
そう言うとベンチに置いてあったカバンを手にして先に歩き出す。
(黒目の優花を落とすって決めたけど、俺めっちゃ嫌われてるよな。ガキの頃、そんなに悪いことしたっけ……?)
タケルは優花の後ろを歩きながら攻略の糸口すらつかめないその背中を見つめた。
「じゃあ、ここで。さようなら」
小学校の同級生なので、実は家が近いタケルと優花。当然同じ電車、同じ駅で降りることとなる。優花がタケルに『約束は果たした』と言った顔で手を上げて去っていく。
(電車の中でもひと言も話してくれなかったな……)
実のところ優花は、文化祭実行委員からあまりタケルと仲良くするなとも言われていた。黒目の優花にはそれは好都合であり言われなくてもそうするつもりであった。
(仕方ない。今日は俺も帰るか……)
そう言ってひとり優花とは別の方向へ歩き出したタケルの耳に、その声が聞こえた。
「あれ~、優花ちゃんじゃん! 奇遇じゃん、奇遇!!」
振り返ると少し離れた場所で、二人組の男に話し掛けられている優花の姿が目に入った。男が優花に言う。
「俺っち、ちょー嬉しいよぉ! さあ、これからヒマでしょ? 家飲みしようよ、家飲み!」
男たちは最近優花に付きまとっている二人組の先輩であった。優花が嫌そうな顔で言う。
「飲みません! 私、帰るんです!!」
そう言ってふたりを振り切って帰ろうとする優花。しかしその細い腕を先輩が掴んで言う。
「嫌だ嫌だも好きのうち。優花ちゃんもこの俺の割れた腹筋を見たらきっとそんな考えなくすぜ~」
そう言って最近ボディービルを始めた先輩が再び、優花の手を自分の体に触らせようとする。
「いや、やめてよっ!!」
そう言って手を振りほどこうとして逃げる優花。先輩は握った手に更に力を入れて優花を逃がさないようにする。
「い、痛い……」
先輩がいやらしそうな顔で優花を見つめながら言う。
「さあ、優花ちゃ~ん。俺たちと一緒に……、ん?」
先輩が気が付くと優花の腕を掴んでいる自分の腕を、誰か見知らぬ男が掴んでいる。同時にその手に力が込められる。
「いてててて!!」
思わず優花の腕を放す先輩。
傍に立っていたもうひとりの男が激怒して言う。
「何だ、てめえ!! ぶっ殺すぞ!!!」
男は無言で睨み返す。
「ふざけんなよ、このボケぇ!!!」
拳を上げ、殴り掛かる先輩の連れの男。優花が叫ぶ。
「タケル君、あぶないっ!!」
名前を呼ばれたタケルがにこっと笑って男の拳をかわす。
「ぐわっ!!」
ドテ!!
そしてタケルがそっと差し出した足に躓いて男が派手に転んだ。それを見たボディービルの先輩が顔を赤くして言う。
「お前、許さねえぞ!!!」
そう言って上着を脱ぎ、薄着となった先輩が自慢の筋肉を見せつける。
「ちょっと痛い目、見て貰おうか」
先輩がタケルに近付きながらその太い右手を振り上げる。
(親父、これは正当防衛。いいよな……?)
微動たりしないタケル。
観念したと思った先輩が思い切りタケルに向けて拳を振り下ろす。
(え?)
その瞬間タケルの姿が視界から消えた。
(綺麗……)
優花の目には両足を綺麗に揃えて宙を舞う先輩の姿が映っていた。
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