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第一章「氷姫が出会った男」
2.アンナの料理
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(やれやれ……)
寡黙な男ロレンツは、中立都市『ルルカカ』の覆面バーで絡まれた謎の美女を背負って歩いていた。外の風に当たれば酔いも覚めるかと思ったが、一向に反応がない。
「嬢ちゃん。目ぇ、覚めたか?」
ロレンツが肩にあるアンナの顔に話し掛けるも反応なし。
「嬢ちゃん、家はどこ……」
「うるさーい!!!」
アンナは背負われながら頭に響くロレンツの声にむっと来て大きな声で言い返した。
「はぁ、しょうがねえな。今日はうちに連れて帰る……」
「うげっ、うおっ、うおぉぉ……」
そう思って歩き出そうとしたロレンツの肩に、生暖かい感覚が広がった。同時に鼻につく酸味を帯びた異臭。ロレンツは頭を振りながら小さく言った。
「おいおい、嬢ちゃん勘弁してくれ……」
そこまで言いかけた時、暗い路地の先に黒いコートを着た男達が暗闇から数名現れた。暗く、フードを被っているので誰かは分からないが、抜刀しており決して友好的な話をしに来たのではないとすぐに分かる。ロレンツが言う。
「なあ、あんたら。この嬢ちゃん、ゲロしちまって大変なんだ。手伝ってくれねえか」
無論そんな気は毛頭ない。ロレンツが男達の反応を待つ。フードを被ったひとりの男が言った。
「黙ってその女を渡せ。命は助けてやる」
何かを言おうとしたロレンツより先に、背負われていたアンナが目覚めて言う。
「あなたたちぃー!! わたひぃを殺そうとしてんでじょー?? いいわよぉ!! 好きにし……、きゃっ!!」
ロレンツはそんなアンナの頭をコンと叩く。驚いたアンナがロレンツに言う。
「な、なにしゅるのー!! 女の子ぉ、叩いてぇ~!!」
「いいから少し黙ってろ。ゲロ臭せえ」
「ゲっ!? い、言ったわぇ!!! あなたぁ、一体、誰なのぉ!?」
酔って会話にならないアンナを無視し、ロレンツが男達に低い声で言う。
「消えろ。俺はゲロまみれで早く家に帰りてえんだ」
「殺れ」
ロレンツの言葉に一切動じない男達が一斉に剣を振り上げて襲い掛かる。ロレンツはやれやれと言った表情を浮かべ、アンナを背負ったまま右手を斜め下に差し出した。そしてゆっくりと心の中でその言葉を発する。
(呪剣)
同時にロレンツの右手に現れる禍々しいほどの漆黒の剣。それを軽く上にあげてから再び心の中でつぶやいた。
(呪剣、黒破漸)
ロレンツが軽く漆黒の剣を振り下ろすと、目に見えないほどの速さで剣と同じ漆黒の衝撃波が現れ男達へと襲い掛かる。
「ぎゃあっ!!!」
闇夜に響く男達の悲鳴。
ロレンツの衝撃を受けはるか後方まで吹き飛ばされた男達は、そのまま悲鳴を上げ一目散に逃げて行った。
「終了」
ロレンツがそう小さく言うと手にしていた黒き剣が音もなく消えて行く。同時にロレンツは右手の甲に浮かんだ三分の一ほど欠けた黒いハート型の模様を見つめる。
(大きな変化なし……)
そう言って安堵した時、背負われていたアンナがロレンツの耳元で言った。
「な~に、そのハートぉ~。カワイイぃ~」
(え?)
ロレンツの体が固まる。
(見えるのか? この模様が……)
ロレンツは背中にいるアンナに声をかける。
「お前、この模様が見えるのか? 嬢ちゃん」
「すーすー、ふがぁ、ぶひゅぅ……、くーくー」
眠ってしまったようだ。
ロレンツはふぅと息を吐くと、そのままアンナを背負って自宅へと歩き出した。
「んん……」
翌朝、アンナは目が覚めると全く知らないベッドで寝かされていた。
(うっ、痛っ……)
吐きたくなるような二日酔い。ジンジンと頭の芯が鼓動に合わせて痛む。
「えっ、ここ、どこ……!?」
アンナはきつい頭痛の中、ようやくいつもの自分の部屋でないことに気付く。
(な、なに、これ!? お、男の人のベッド!?)
青いシーツ。大きな枕。雑な部屋を見回してみてそれが男の部屋だと直ぐに分かる。アンナが青い顔をして昨晩のことを思い出す。
(わ、私、確か覆面バーに行って、ひとりで飲んでいて……、それで、あ、そう!! 知らない男の人が隣に来て……)
それから先のことはあまり思い出せない。頭を使おうとすると酷い頭痛が彼女を襲う。
(わ、私、酷いことをされた!? とにかく逃げなきゃ!! 早くお城に戻らないと……)
アンナはいつもとは違い重く感じる体に力を入れベッドから立ち上がる。そして部屋にあった鏡で自分の姿を見て思った。
(あれ? 覆面つけたまま……、それに、衣服の乱れもまったくない……)
状況が理解できぬまま部屋にあったドアを勢い良く開ける。
バン!!
「あ!」
そこはキッチンを兼ねたリビングになっており、中央にある大きなテーブルにひとりの銀髪の男が座っていた。男はコーヒーを飲みながら雑誌のような物を読んでいたが、勢いよく入って来たアンナに気付くと声をかけた。
「よお、起きたか。嬢ちゃん」
(え!? だ、だれ、この人!? まさか昨夜一緒に飲んでいた人? 私、彼に『お持ち帰り』されちゃったわけ!!!???)
二日酔いの頭痛でただでさえ痛い頭が更に痛くなる。アンナが青い顔をして叫び声をあげる。
「きゃああああああ!!!!」
「お、おいっ!?」
さすがのロレンツも朝から突然大声で叫ばれては驚き戸惑う。
「ふわわわぁ……」
しかしすぐに激しい頭痛とめまいでその場に座り込むアンナ。想像以上に二日酔いがきつい。コーヒーカップをテーブルに置いてロレンツが言う。
「おい、大丈夫か。嬢ちゃん。取りあえずもうちょっと休んでいろ」
アンナがふらふらと立ち上がって言う。
「あ、あなた。私を酔わせて家に連れ込んで、ひ、酷いことを……。処罰はきちんと受けて貰いますからね!!!」
ロレンツははぁとため息をつくと椅子から立ち上がり、アンナの方へと歩き出す。一瞬恐怖を覚えたアンナが後退しながら言う。
「な、なに!? また力づくっていうの……!?」
「馬鹿言ってんじゃねえ」
ロレンツはそんな彼女には目もくれずその横を通り過ぎると、後ろにある部屋のドアを静かに開けた。
「見ろ」
アンナは恐る恐るその部屋を見つめる。
「あっ」
それは可愛いぬいぐるみやピンクのカーテンなどがある女の子の部屋。
そして同じくピンクの子供用のベッドには幼い女の子が眠っている。ロレンツが言う。
「あんな小さな子がいるんだ。ここでお前をどうこうするなんてできると思うか?」
「あ、あ、うん……」
すやすやと眠る女の子を見てアンナが尋ねる。
「あなたの子、なの?」
ロレンツはその女の子を優しい瞳で見ながら答える。
「血は繋がってねえが、俺が育ててる」
何か事情があるのかな、そうアンナは思った。
「とりあえずもうちょっと休みな。コーヒーでも飲むか?」
そう言ってロレンツが立ち上がり、コーヒーポットを手にしてカップに注ぐ。それをテーブルに置きアンナに尋ねる。
「ミルク、砂糖もいるか?」
アンナは一瞬子供扱いされたと思い、むっとして答える。
「要らないわ。子供じゃないから」
そう言ってテーブルに置かれたブラックコーヒーを口にする。
(うがっ、苦っ!! 何これ……!?)
ちょっとむきになってブラックにしたアンナが内心後悔する。同じ苦いコーヒーを口にするロレンツにアンナが尋ねる。
「ねえ、それよりお腹空いたわ。何か食べさせて」
ロレンツはコーヒーすすりながら答える。
「俺はまともに料理ができねえ。食べたきゃ自分で作りな」
「あ、そう……」
アンナは整然としてほとんど使わていないキッチンに目をやる。
「あなた、何か食べる?」
「いいのか?」
「ええ……」
アンナはズキズキと痛む二日酔いの中、不思議とここにいることに居心地の良さを感じ始めていた。普段なら絶対にしない行動に自分自身不思議に思う。
――お前は料理などしなくていい!! 早く『聖女』になる修練をしろ!!
アンナは料理が大好きだった。
ただ王城の中では誰も彼女の料理を食べる者などおらず、公務に勤しめと父から叱咤される日々。彼女は仕方なしに時間を見つけてはひとりでこっそりと料理を楽しんでいた。
「パパぁ、おはよ……」
そこへ子供部屋で寝ていた幼い女の子が起きて来た。
薄紫のボブカット。クリっとした大きな目が印象の可愛らしい子だ。女の子がキッチンに立つアンナの後姿を見て尋ねる。
「パパ、あの人だれ?」
ロレンツが答える。
「知らない人だ。昨夜歩けなくなっていたから助けた」
「どうしてお面、つけてるの?」
「バーで知り合ったからだ」
「ふーん」
女の子はロレンツも顔につけているマスクを交互に見る。そしてキッチンにいるアンナの元へ駆け寄り言った。
「お姉ちゃん、おはよ!!」
(え!?)
料理に集中していたアンナが驚きながら答える。
「あ、ああ、うん。おはよ」
「何作ってるの?」
女の子は興味津々で答える。
「簡単な朝ごはんよ。食べる? ……ええっと」
女の子は笑顔になって答える。
「私はイコだよ。もちろん食べるよ!!」
アンナは頭痛と戦いながらにっこり笑い、イコの頭を撫でる。イコは嬉しそうにロレンツのテーブルの元に戻って来て言う。
「綺麗なお姉ちゃんだね!! これから一緒に住むの? パパのお嫁さんになるの?」
「そんな訳ないだろ」
ロレンツは冷えたコーヒーを飲みながら答えた。
「で、できたわよ……」
アンナは緊張で手が震えていた。
初めて他人に食べて貰う料理。ほとんど材料のない中、頭痛と戦いながらできる限りの物を作った。
「うわー、美味しそう!!!」
テーブルに置かれたフレンチトーストにスクランブルエッグ。即席で作ったスープにサラダ。イコがすぐに食べ始めた。
「美味しいっ!!!!」
(!!)
満面の笑みがイコに広がる。
「悪かったな。俺の分まで」
ロレンツもそう言って何度も頷きながら黙々と食べる。
アンナは震える手で熱くなる目頭を押さえながら思った。
――なんかいいな、こういうの。
きっと家族を持ったらこんな嬉しい日々が毎日やって来るのだろう。
好きな人と一緒に笑顔で食卓を囲んだらきっとこんなに幸せなんだろう。
「お姉ちゃん、美味しいよ!!!」
アンナはそう言って笑顔で何度も言うイコの顔を笑顔で見つめた。
寡黙な男ロレンツは、中立都市『ルルカカ』の覆面バーで絡まれた謎の美女を背負って歩いていた。外の風に当たれば酔いも覚めるかと思ったが、一向に反応がない。
「嬢ちゃん。目ぇ、覚めたか?」
ロレンツが肩にあるアンナの顔に話し掛けるも反応なし。
「嬢ちゃん、家はどこ……」
「うるさーい!!!」
アンナは背負われながら頭に響くロレンツの声にむっと来て大きな声で言い返した。
「はぁ、しょうがねえな。今日はうちに連れて帰る……」
「うげっ、うおっ、うおぉぉ……」
そう思って歩き出そうとしたロレンツの肩に、生暖かい感覚が広がった。同時に鼻につく酸味を帯びた異臭。ロレンツは頭を振りながら小さく言った。
「おいおい、嬢ちゃん勘弁してくれ……」
そこまで言いかけた時、暗い路地の先に黒いコートを着た男達が暗闇から数名現れた。暗く、フードを被っているので誰かは分からないが、抜刀しており決して友好的な話をしに来たのではないとすぐに分かる。ロレンツが言う。
「なあ、あんたら。この嬢ちゃん、ゲロしちまって大変なんだ。手伝ってくれねえか」
無論そんな気は毛頭ない。ロレンツが男達の反応を待つ。フードを被ったひとりの男が言った。
「黙ってその女を渡せ。命は助けてやる」
何かを言おうとしたロレンツより先に、背負われていたアンナが目覚めて言う。
「あなたたちぃー!! わたひぃを殺そうとしてんでじょー?? いいわよぉ!! 好きにし……、きゃっ!!」
ロレンツはそんなアンナの頭をコンと叩く。驚いたアンナがロレンツに言う。
「な、なにしゅるのー!! 女の子ぉ、叩いてぇ~!!」
「いいから少し黙ってろ。ゲロ臭せえ」
「ゲっ!? い、言ったわぇ!!! あなたぁ、一体、誰なのぉ!?」
酔って会話にならないアンナを無視し、ロレンツが男達に低い声で言う。
「消えろ。俺はゲロまみれで早く家に帰りてえんだ」
「殺れ」
ロレンツの言葉に一切動じない男達が一斉に剣を振り上げて襲い掛かる。ロレンツはやれやれと言った表情を浮かべ、アンナを背負ったまま右手を斜め下に差し出した。そしてゆっくりと心の中でその言葉を発する。
(呪剣)
同時にロレンツの右手に現れる禍々しいほどの漆黒の剣。それを軽く上にあげてから再び心の中でつぶやいた。
(呪剣、黒破漸)
ロレンツが軽く漆黒の剣を振り下ろすと、目に見えないほどの速さで剣と同じ漆黒の衝撃波が現れ男達へと襲い掛かる。
「ぎゃあっ!!!」
闇夜に響く男達の悲鳴。
ロレンツの衝撃を受けはるか後方まで吹き飛ばされた男達は、そのまま悲鳴を上げ一目散に逃げて行った。
「終了」
ロレンツがそう小さく言うと手にしていた黒き剣が音もなく消えて行く。同時にロレンツは右手の甲に浮かんだ三分の一ほど欠けた黒いハート型の模様を見つめる。
(大きな変化なし……)
そう言って安堵した時、背負われていたアンナがロレンツの耳元で言った。
「な~に、そのハートぉ~。カワイイぃ~」
(え?)
ロレンツの体が固まる。
(見えるのか? この模様が……)
ロレンツは背中にいるアンナに声をかける。
「お前、この模様が見えるのか? 嬢ちゃん」
「すーすー、ふがぁ、ぶひゅぅ……、くーくー」
眠ってしまったようだ。
ロレンツはふぅと息を吐くと、そのままアンナを背負って自宅へと歩き出した。
「んん……」
翌朝、アンナは目が覚めると全く知らないベッドで寝かされていた。
(うっ、痛っ……)
吐きたくなるような二日酔い。ジンジンと頭の芯が鼓動に合わせて痛む。
「えっ、ここ、どこ……!?」
アンナはきつい頭痛の中、ようやくいつもの自分の部屋でないことに気付く。
(な、なに、これ!? お、男の人のベッド!?)
青いシーツ。大きな枕。雑な部屋を見回してみてそれが男の部屋だと直ぐに分かる。アンナが青い顔をして昨晩のことを思い出す。
(わ、私、確か覆面バーに行って、ひとりで飲んでいて……、それで、あ、そう!! 知らない男の人が隣に来て……)
それから先のことはあまり思い出せない。頭を使おうとすると酷い頭痛が彼女を襲う。
(わ、私、酷いことをされた!? とにかく逃げなきゃ!! 早くお城に戻らないと……)
アンナはいつもとは違い重く感じる体に力を入れベッドから立ち上がる。そして部屋にあった鏡で自分の姿を見て思った。
(あれ? 覆面つけたまま……、それに、衣服の乱れもまったくない……)
状況が理解できぬまま部屋にあったドアを勢い良く開ける。
バン!!
「あ!」
そこはキッチンを兼ねたリビングになっており、中央にある大きなテーブルにひとりの銀髪の男が座っていた。男はコーヒーを飲みながら雑誌のような物を読んでいたが、勢いよく入って来たアンナに気付くと声をかけた。
「よお、起きたか。嬢ちゃん」
(え!? だ、だれ、この人!? まさか昨夜一緒に飲んでいた人? 私、彼に『お持ち帰り』されちゃったわけ!!!???)
二日酔いの頭痛でただでさえ痛い頭が更に痛くなる。アンナが青い顔をして叫び声をあげる。
「きゃああああああ!!!!」
「お、おいっ!?」
さすがのロレンツも朝から突然大声で叫ばれては驚き戸惑う。
「ふわわわぁ……」
しかしすぐに激しい頭痛とめまいでその場に座り込むアンナ。想像以上に二日酔いがきつい。コーヒーカップをテーブルに置いてロレンツが言う。
「おい、大丈夫か。嬢ちゃん。取りあえずもうちょっと休んでいろ」
アンナがふらふらと立ち上がって言う。
「あ、あなた。私を酔わせて家に連れ込んで、ひ、酷いことを……。処罰はきちんと受けて貰いますからね!!!」
ロレンツははぁとため息をつくと椅子から立ち上がり、アンナの方へと歩き出す。一瞬恐怖を覚えたアンナが後退しながら言う。
「な、なに!? また力づくっていうの……!?」
「馬鹿言ってんじゃねえ」
ロレンツはそんな彼女には目もくれずその横を通り過ぎると、後ろにある部屋のドアを静かに開けた。
「見ろ」
アンナは恐る恐るその部屋を見つめる。
「あっ」
それは可愛いぬいぐるみやピンクのカーテンなどがある女の子の部屋。
そして同じくピンクの子供用のベッドには幼い女の子が眠っている。ロレンツが言う。
「あんな小さな子がいるんだ。ここでお前をどうこうするなんてできると思うか?」
「あ、あ、うん……」
すやすやと眠る女の子を見てアンナが尋ねる。
「あなたの子、なの?」
ロレンツはその女の子を優しい瞳で見ながら答える。
「血は繋がってねえが、俺が育ててる」
何か事情があるのかな、そうアンナは思った。
「とりあえずもうちょっと休みな。コーヒーでも飲むか?」
そう言ってロレンツが立ち上がり、コーヒーポットを手にしてカップに注ぐ。それをテーブルに置きアンナに尋ねる。
「ミルク、砂糖もいるか?」
アンナは一瞬子供扱いされたと思い、むっとして答える。
「要らないわ。子供じゃないから」
そう言ってテーブルに置かれたブラックコーヒーを口にする。
(うがっ、苦っ!! 何これ……!?)
ちょっとむきになってブラックにしたアンナが内心後悔する。同じ苦いコーヒーを口にするロレンツにアンナが尋ねる。
「ねえ、それよりお腹空いたわ。何か食べさせて」
ロレンツはコーヒーすすりながら答える。
「俺はまともに料理ができねえ。食べたきゃ自分で作りな」
「あ、そう……」
アンナは整然としてほとんど使わていないキッチンに目をやる。
「あなた、何か食べる?」
「いいのか?」
「ええ……」
アンナはズキズキと痛む二日酔いの中、不思議とここにいることに居心地の良さを感じ始めていた。普段なら絶対にしない行動に自分自身不思議に思う。
――お前は料理などしなくていい!! 早く『聖女』になる修練をしろ!!
アンナは料理が大好きだった。
ただ王城の中では誰も彼女の料理を食べる者などおらず、公務に勤しめと父から叱咤される日々。彼女は仕方なしに時間を見つけてはひとりでこっそりと料理を楽しんでいた。
「パパぁ、おはよ……」
そこへ子供部屋で寝ていた幼い女の子が起きて来た。
薄紫のボブカット。クリっとした大きな目が印象の可愛らしい子だ。女の子がキッチンに立つアンナの後姿を見て尋ねる。
「パパ、あの人だれ?」
ロレンツが答える。
「知らない人だ。昨夜歩けなくなっていたから助けた」
「どうしてお面、つけてるの?」
「バーで知り合ったからだ」
「ふーん」
女の子はロレンツも顔につけているマスクを交互に見る。そしてキッチンにいるアンナの元へ駆け寄り言った。
「お姉ちゃん、おはよ!!」
(え!?)
料理に集中していたアンナが驚きながら答える。
「あ、ああ、うん。おはよ」
「何作ってるの?」
女の子は興味津々で答える。
「簡単な朝ごはんよ。食べる? ……ええっと」
女の子は笑顔になって答える。
「私はイコだよ。もちろん食べるよ!!」
アンナは頭痛と戦いながらにっこり笑い、イコの頭を撫でる。イコは嬉しそうにロレンツのテーブルの元に戻って来て言う。
「綺麗なお姉ちゃんだね!! これから一緒に住むの? パパのお嫁さんになるの?」
「そんな訳ないだろ」
ロレンツは冷えたコーヒーを飲みながら答えた。
「で、できたわよ……」
アンナは緊張で手が震えていた。
初めて他人に食べて貰う料理。ほとんど材料のない中、頭痛と戦いながらできる限りの物を作った。
「うわー、美味しそう!!!」
テーブルに置かれたフレンチトーストにスクランブルエッグ。即席で作ったスープにサラダ。イコがすぐに食べ始めた。
「美味しいっ!!!!」
(!!)
満面の笑みがイコに広がる。
「悪かったな。俺の分まで」
ロレンツもそう言って何度も頷きながら黙々と食べる。
アンナは震える手で熱くなる目頭を押さえながら思った。
――なんかいいな、こういうの。
きっと家族を持ったらこんな嬉しい日々が毎日やって来るのだろう。
好きな人と一緒に笑顔で食卓を囲んだらきっとこんなに幸せなんだろう。
「お姉ちゃん、美味しいよ!!!」
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