愚かな弟妹達は偉くなっても俺に叱られる。

サイトウ純蒼

文字の大きさ
11 / 76
第二章「空腹のガイル」

11.絡み合う線

しおりを挟む
「ありがとうございました。ではこれで」

 ジェイクは深々と頭を下げ感謝の意を示した。
 武闘大会に突如現れた魔族。多くの観客が見守る決勝で暴れた魔族のせいで大会は中止。そもそも決勝の選手であるライドが大怪我を負ってしまったため継続は不可能であった。
 レフォードに助けられたライドはそのまま医務室へ。応急処置を受け、親族だと名乗るジェイクにその身を引き渡された。


「痛むか?」

「うん……」

 帰還用に用意された馬に乗るライド。止血はされたがその顔は暗い。ジェイクが言う。


「色々あったが収穫のある大会だった」

 手綱を引き歩きながらジェイクが言う。


「おっさんに、ちゃんとお礼を言いたかった」

 意識を失ったライド。レフォードによって医務室に運ばれたのだが、気が付いた時には彼の姿はもうなかった。ジェイクが言う。


「悪いがあれ以上の滞在はできぬ」

 ふたりとも蛮族『鷹の風』の幹部。今回の出来事で騎士団や治安部隊が介入してくることは間違いない。あれ以上あそこに残っていれば自分達の正体が知られるのは時間の問題だ。


「分かってるよ。でも、僕、命を助けられたんだ……」

 未だ鮮明に記憶されている魔族の攻撃。
 死をも覚悟したあの時。金髪の男が助けてくれなければ確実に殺されていた。自分は強いと自惚れていたライド。あのような非常事態にも全く動揺することなく対処した彼にすっかり魅了されてしまっていた。ジェイクが言う。


「心配するな。合格だ」


「え、それって??」

 ジェイクが歩きながら答える。


「あれほどの強者。身元も調べて問題なかったからうちに迎えることにした。実際どうだ? お前とやり合っていたら勝てたか?」

 ライドが首を振って答える。


「負けたよ。あのおっさん、なんここう根本が違うって言うかさ。あの魔族相手に多分まだ本気じゃなかったし」

「なるほど」

 間近で見ていたライドの言葉は重い。


(私やガイル様より強い? まあ、それは考え過ぎか……)

 ジェイクは馬を引きながら新たに勧誘した金髪の戦士について再び考えた。





「お兄ちゃん!!」

 武闘大会運営室で委員会の者と話をしていたレフォードの元にミタリアが駆け寄って言った。運営委員の男がミタリアを見て驚く。


「こ、これは領主様!? なぜここに??」

 ミタリアが来ていることを全く知らされていなかった男が驚く。

「うん、ちょっと用事があって。この人、私のお兄ちゃんなの」

「お兄ちゃん??」

 運営委員の男が驚きの目でレフォードを見つめる。


「ミタリア、もういいから行くぞ」

「え? あ、うん! 分かったよ」

 ミタリアにとって大好きな兄が無事ならそれでいい。怪我もないようで安心だ。立ち上がったレフォードに運営委員の男が言う。


「あ、レフォルドさん。お待ちください。これを」

 そう言って小袋を手渡す。


「これは……?」

 ずっしりと重い袋。運営委員の男が言う。


「大会は中止となってしまいましたが、あのアクシデントで観客に怪我人ひとりも出さなかったレフォルドさんにうちから報奨金が出ることになりました」

 ずっしりと重い小袋。金貨が入っているようだ。


「いいのか?」

「ええ、どうぞ」

 運営としてはしっかりと決勝まで行い収益は上がっている。優勝者の賞金は元々渡すものなので、そこから幾らかをレフォードに渡したところで問題ない。逆に怪我人を出さなかった彼には心から感謝している。


「分かった。これは有り難く受け取ろう」

 この大会の為にミタリアから貰った給金をすべて使ってしまっていたレフォードにとっても嬉しい話。妹のすねを齧らなくて済むなら兄のメンツも保てる。


「それにしてもついにここらにも魔族が出る様になったんですね。多分この件でこの後騎士団や治安部隊から連絡があると思うので、その時はどうぞよろしくお願いします」

「ああ、分かった」

 レフォードはそう答えるとミタリアと一緒に部屋を出た。




「さーて、じゃあ帰るか」

 トラブルもあったが怪我もなく終えたことをひとまず安心するレフォード。武闘場外に出て馬に乗ったミタリアが言う。


「魔族はびっくりしたね……」

 自領で起きた魔族の襲撃事件にミタリアが暗い顔をしている。

「ああ、まあでもいずれはこっちにも来るんだろ?」

「うん、そうだね……」

 レフォードにとっては魔族などどうでもいい。弟妹達のことの方がはるかに重要である。ミタリアが尋ねる。



「ねえ、お兄ちゃん。それでの方はどうだったの?」

 少し人通りが少ない場所までやって来てからミタリアが尋ねた。レフォードが小声で答える。


「ああ、問題ない。から声かけて来たよ」

「本当に?」

「本当だ」

 怪我を負ったライドを連れて医務室にやって来たレフォード。ベッドの上で応急処置を受けるライドを見ていた彼に、ひとりの大男が声をかけて来たことを思い出す。


「レフォルドさん」

 振り返ったレフォードがその男を見つめる。

「あんたは?」

 辮髪べんぱつで筋肉質の男。一見して只者じゃないと分かる。男が頭を下げて言う。


「そこにいるライドの親族でジェイクと申します。この度は助けて頂きありがとうございました」

 深く頭を下げるジェイクを見てレフォードが言う。


「いや、すまねえ。怪我、させちまった」

 レフォード自身、魔族の急襲に対処できなかった。それほど魔族の初撃は速かった。ジェイクが首を振って言う。


「そんなことはありません。命が助かっただけでもありがたいと思っています」

 実際、ジェイクも一瞬だがライドの死を覚悟した。それほど魔族の攻撃は的確で圧倒的なものであった。

「そう言って貰えると助かる」

 そう答える金髪の戦士にジェイクが小声で言う。


「失礼ですが今大会の出場目的は、やはり賞金でしょうか」

 、レフォードは思った。


「ああ、その通りだ」

 ジェイクは笑顔になって言う。


「ではもっと稼げるお話をしてもよろしいでしょうか?」

「もっと稼げる?」

 わざと身を乗り出して興味があるように見せる。


「ええ。我々の仲間になって欲しいのです」


「仲間? あんた達は一体……??」

 冷静なレフォードだが、額に汗が流れる。ジェイクが笑顔で言った。


賊『鷹の風』と申します」


 黙って話を聞くレフォードに、ジェイクは後日会う約束を取りつけた。





「凄いじゃん、凄いじゃん、お兄ちゃん!! いよいよ潜入調査だね!!」

 大きな声ではしゃぐミタリアにレフォードが人差し指を口に当てて言う。

「こら、そんなに大きな声で騒ぐんじゃない!!」

「ごめ~ん!!」

 ミタリアは小さく舌を出して謝る。そして尋ねる。


「でもさあ、彼らって自分達のことをって言ってたんでしょ?」

 レフォードも気になっていたその表現。蛮族ではなく義賊。


「ああ、奴らには奴らなりに何か正義があるのかもしれんな」

「正義ねえ。でも人の物を盗んだり奪ったりするのはダメでしょ?」

「もちろんだ。だからガイルだったらぶん殴る」

「そ、そうだね……」

 ミタリアが苦笑する。兄弟なら皆が恐れる兄レフォードの拳。個性的な兄弟だったが、強く決して折れない兄レフォードを皆が尊敬し、大好きだった。だからこそ恐れてもいた。レフォードの拳を。


「約束は三日後、北の森。それまではゆっくりと休みながら情報収集でもするか」

「はーい!! お兄ちゃん!!」

 ふたりはゆっくりと馬を進め、ヴェルリット家へと帰還した。





「ルコ様、ルコ様……、申し訳ゴザイマセン……」

 レフォードに殴られ這う這うの体で逃げて来た魔族は、魔族領にある城の中でそのまだ幼さの残る少女に頭を下げた。


「な、なんだ、その顔は!? お前ほどの者が一体どうしたんだ!!??」

 その場にいた魔族達が驚く。派遣されたのは腕の立つ上位魔族。だからこそ単独の行動が認められていたし、強い人間を抹殺すると言う使命を任されていた。魔族が顔を押えながら答える。


「申し訳ゴザイマセン。ツヨイ人間がいて……」

 魔族の顔は半壊し、見るも無残な姿となっていた。



「強い武器? それとも対魔用の魔法なの?」

 ひとり玉座のような椅子に座っていた紫色のボブカットの幼い少女が尋ねる。


「いえ、ルコ様。恐らく素手で……」


 その言葉を聞いた周りの者達が静かになる。

「素手? 何を言っているの? 私達魔族に素手でそのような怪我をさせることなど不可能よ」

 ルコと呼ばれた少女が冷静に言う。魔族が答える。


「そ、そうですね。剣を持っていたけどツカワナクテ……、何かのマチガイかな。きっと魔法でも使って……」

「剣を使わなかったの? まあ、いいの。下がって。治療に専念するの」

「はっ! アリガトウゴザイマス!!」

 魔族は顔を押えながら頭を下げ退出する。ルコが立ち上がって皆に言った。


「憎き人間を皆殺しにするの。全部コロスの!!!」


「御意!!!!」

 魔族達は皆手を上げそれに賛同した。





「ねえ、フォーレ。新しい人達が来るのって明日だっけ?」

 日も落ちたラフェル王国城下町。高い壁に守られた豪邸を前に女が男に話し掛ける。フォーレと呼ばれた顔にマスクをした男が答える。

「ああ、そうだ。話題になっている『青髪の男』とか、この騎士団に対する新戦力ってことだ」

 そう言ってフォーレが目の前の豪邸を指差す。女がため息をつきながら言う。


「はあ、面倒臭い。今夜の相手ってあの正騎士団の歩兵隊長でしょ? すぐに終わって帰る訳にはいかなさそうね……」

 暗い顔をする女にフォーレが言う。


「心配するな、レンレン。『鷹の風』幹部三風牙さんふうがの俺とお前が来てるんだぞ。失敗はない」

「仕方ないか。ガイル様の喜ぶ顔が見たいからね」

 レンレンと呼ばれた女が背にした槍に触れながら答える。フォーレが部下の者数名に小声で言う。


「それじゃあ、正騎士団、歩兵隊長ヴォーグ邸の襲撃を開始する。各々気を引き締めて行け!!」

「はっ!!」

 ふたりの幹部を先頭に皆が走り出す。
 レフォードが『鷹の風』を訪れる前夜。ラフェル王国騎士団に対する『鷹の風』の初めての襲撃が行われた。
 そしてそれはこの後、レフォードやガイル達兄弟にとっても大きな意味を持つものとなっていくことになる。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

処理中です...