愚かな弟妹達は偉くなっても俺に叱られる。

サイトウ純蒼

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第六章「悪魔のルコ」

52.『魔族長』vs『業火の魔女』

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 ヴェスタ公国の首都にある公国城。その迎賓の間に再びやって来たレフォード達にウィリアム公が尋ねる。


「その白き制服、吉報と考えてよいのだな? レフォードよ」

 深々と一礼してからレフォードが答える。

「その通りで。我が国王も貴国との同盟を強く希望しております」

 様々な外敵からの憂慮を退けるラフェル王国とヴェスタ公国の同盟。以前より両国の一部の者からはその声も上がっていたが、交戦中の敵国に対し誰もそれを実行しようとは思わなかった。
 その中で同盟を締結させたレフォード。意識をしたわけではないが、結果的に彼の果たした役割は多くの人命の命を救う結果となった。ウィリアム公が満足そうに言う。


「よきよき。貴公なら成し遂げてくれると思っていたぞ。当面は魔族に対する同盟が主になるが、いずれ北のガナリア大帝国との有事の際にも協力を仰がねばならぬはず」

(ガナリア大帝国……)

 それは北方に位置する巨大帝国。絶対的力を持つ皇帝が統治する軍事大国でもある。南方の豊かな大地を狙って進軍してくるとの噂が以前から絶えない。そう言った意味でもラフェルとヴェスタが手を組むことは非常に意味があることだ。


「直ぐに周辺国に我らの同盟を宣言しよう。レフォードよ、貴公の働き誠に感謝する」

「勿体ないお言葉。至極恐縮でございます」

 ウィリアム公の言葉に対しレフォードが再び深く頭を下げる。


(よし! これで俺の仕事は終わりだ。後は政務官に任せてとっととラフェルに帰ってルコを……)

 そう思ったレフォードにウィリアム公が言う。


「この後同盟の署名式典が行われる。夕方からは同盟締結を祝したを用意しておる。今日は城に泊まっていくがよい」


(は?)

 驚き顔を上げるレフォード。すぐに帰るつもりが一晩足止めされることになる。慌ててウィリアム公に言う。

「い、いえ。そのようなもてなし、恐縮で……」

 大使としての仕事を忘れ、の感情がレフォードを包む。ウィリアム公は笑ってそれに答える。


「何を遠慮しておる。貴公が果たした休戦に同盟締結。その栄誉を称える宴でもあるのだぞ。誇るがよい」

「し、しかし……」

 早く帰りたい。だがウィリアム公はそうはさせないよう続けて言う。


「剣が好きだと言う貴公の為に、一流の宝剣も用意した。後で授与しようと思っている。それともそれまで遠慮するのか?」

「い、いえ……」

 自分の為にそんな準備までしていてくれた公に対し、これ以上の否定はできなかった。


「あとお前達兄弟についても興味がある。是非、宴の際に話を聞かせてくれ」

「分かりました。謹んでお受け致します……」

 レフォードはミタリア達と一緒に深く頭を下げ感謝を述べた。





「ちょっと! お兄ちゃん!! どうするのよ!!!」

 ウィリアム公との謁見を終え案内された来客室に入ったレフォードにミタリアが言った。同盟式典を終えすぐにラフェルに戻りルコを探すはずだった一行。だが式典のほかに、夕方の宴まで参加しなければならなくなった。困った顔をしながらレフォードが答える。


「仕方ないだろ。ああ言われては断れないぞ……」

 レフォードと一緒にいたミタリアもそれは理解できる。大切な同盟交渉。粗相があっては両国の関係を損なう。だがそれでもルコのことが心配である。部屋にあるソファーに座ったガイルが言う。

「もういいだろ。ミタリア。あれを断る方が失礼だぜ。たった一晩ぐらい何も変わらねえよ」

 そう話すガイルの口から落ちそうなを見てミタリアが言う。


「ガイルお兄ちゃんはどうせ美味しいもの食べられるから喜んでいるんでしょ!!」

 慌てて涎を拭き、言い返す。

「そんなことねえぞ! 俺は大事な大使の役割を果たすだけだ!!」

 そう答えるガイルにミタリアが深くため息をつく。レフォードが言う。


「まあ仕方ねえ。参加が決まった以上、宴も楽しもう。ヴァーナも世話になっていることだしな」

 ミタリアが思い出したように言う。


「そう言えばヴァーナちゃん、姿を見ないよね?」

 レフォード大好きヴァーナ。公国に来ていることは知っているはずなのに、全く姿を現さない。ガイルが言う。


「どこか蛮族の相手にでも出かけているんじぇねえのか?」

「どうだろう……?」

 ヴァーナは基本国の守りの要だと聞いている。ラフェルとの争いが無くなったとは言え、安易に彼女が出陣するとは思えない。ミタリアが言う。


「うん、残念ね! ヴァーナちゃんいなくて!!」

 言葉とは裏腹に嬉しそうな顔で言うミタリア。レフォードを奪う恋敵がいないことは何より彼女にとって嬉しいこと。ガイルが思い出したように言う。


「そう言えばレフォ兄。また『剣』、くれるってよ!!」

「あ、ああ……」

 レフォードも思い出す。いつから自分が剣の達人と勘違いされてしまったのだろうか。

「扱えもしねえ剣が三本とか、もうあの時笑いを堪えるのに必死だったぜ~」

 そう笑って言うガイルにレフォードが大声で答える。


「うるせえぞ! ガイル!! 俺は剣も使える!!!」

「きゃはははっ!! 嘘ばぁ~かし!!!」


(くそっ……、エルクめ、早く起きやがれ!! いつまで寝てんだよ!!!)

 何も関係ないエルクが何故かレフォードの中で悪者にされつつある。そんな笑いが響く来客室のドアが強くノックされた。


 コンコンコン!!!

「ん? 誰だろう??」

 自分達は同盟国の大使。このように荒々しくドアを叩くのは仲間か身内。そしてドアを開けて入ってきた相手を見て皆の顔が笑みに変わる。


「ミーアさん!!」

 孤児院時代、レフォードが世話になった元主任使用人。今はここヴェスタ公国で上級政務官として働いている。長い黒髪が美しい大人の女性。
 だが笑顔で駆け寄るミタリアの手を握りながらも、彼女の顔に笑みはない。ミーアが言う。


「同盟、おめでとう。さすがね、レフォード」

「ああ、ありがとう。まあ何もしていないんだが……」

「そんなことないわよ。凄いことだわ」

「で、何かあったのか??」

 ミーアの様子から見てそんな祝辞を述べに来た訳ではない。ミーアが静かに答える。


「ええ、そうなの。実はね、ヴァーナちゃんが行方不明になったの」

「え?」

 手は焼けるが大切な妹。ミーアの言葉は十分にレフォードを動揺させた。





漆黒の重圧グラビティブラック

 ラフェル王城郊外。その煌びやかな王城を遠めに眺める上空にいた魔族長ルコが暗黒魔法を放った。これは暗黒魔法の中でも使用者がルコしか確認されていない古代魔法。だがその威力は絶大である。


「ギャハハハはははっ!!!! ……あれ??」

 ラフェル王城テラスで狂ったように業火の舞を踊っていたヴァーナの動きが止まる。全身にかかる鉛のような重さ。ショールを持つ手すらいう事を聞かない。

「な、なんなの!? これ!!」

 近くにいた筋肉隆々のビキニパンツの男、ゲルチが両膝を床について言う。

「か、体が押さえつけられて……」

 そのまま床に崩れるようにうつ伏せに倒れる。


「な、なんだよ!? 一体これは!!!」

 そんなヴァーナの目に映ったのが、自分の放った業火魔法がじりじりと音を立てて消えていく様。真っ赤に染め上げていた空から業火が消え静寂が戻る。


(ど、どうなってる……??)

 ゲルチ同様に床に倒れたヴァーナが内心思う。何かの強い魔法か、こんな事初めての経験である。



(う、動けぬ……)

 その状況はラフェル王城で防戦していたシルバーやガードも同じであった。突然体が鉛のように重くなり、強い力で押さえつけられたかのように動かなくなる。シルバーが思う。


(何が起こったのか知らないが、このままでは全滅……)

 まったく無防備になったラフェル守備隊。幸い魔族の攻撃も止まっているが、今強力な攻撃を受けたら壊滅状態となる。




(これが魔族長の暗黒魔法……)

 ルコの横でその古の魔法の威力を見たドリューが思う。
 漆黒の重圧グラビティブラックは対象範囲内に強力な重力を発生させる暗黒魔法。人はもちろん、魔族や建物、そして魔法に対しても強い効果を発揮する。魔力消費が激しく、味方も攻撃できなくなるのが欠点だが、言い返せばルコの魔法だけが通用するこの状態は同時詠唱が可能な彼女にとって独壇場となりうる。ルコが言う。


「あのお城、壊すの」

漆黒の重圧グラビティブラック」を発動しながらルコが魔法詠唱を開始する。


(何て少女だ……、これが魔族長の力……)

 ドリューがそばに居ながらその圧倒的な暗黒魔力に身震いする。上級魔族であり、稀有な魔力解除マジックキャンセルが使えると鼻を高くしていた自分が恥ずかしくなる。ルコに集まる暗黒魔力。そして言う。


暗黒砲火ダークキャノン

 ドオオオオオオン!!!!

 ルコの前に集まった黒き瘴気がまるで巨大な砲弾のようになって放たれる。




 バキ、ゴゴゴゴゴォ……

 その頃ラフェル王城では、ルコの重力魔法により王城自体にひびが入り始めていた。人体より強く影響を受ける建物。このままでは王城崩壊につながる。
 地面に片膝をついて耐えているガードにシルバーが声をかける。


「ガ、ガード……、動ける、か……」

「はあ、はあ……、無理だ、耐えるのが精一杯……」

 ラフェルの盾として活躍してきた重歩兵隊長ガード。強靭な肉体を持つ彼ですら、この想像を絶する強い力の前に膝をつく。
 王城の壁にひびが入る音が響く。何もできなず動けないシルバーの目に、遠方から放たれる漆黒の砲弾が目に入る。


「お、おい、あれは、一体……」

 ガードもゆっくりと首を動かし、それを見つめる。

「あ、あれは、まずい……、あんなの受けたら、城が……」

 本能的に感じる最悪の状況。だが体が動かない。


(くそ、くそ、くそっ!! なんて自分は無力なんだ!!!!!)

 シルバーは倒れながら何もできない自分を心の中で何度も殴りつけた。




「何なんだよぉ!!! これは!!!!!」

 同じくうつ伏せに倒れた真っ赤な髪の少女。自慢の業火魔法がかき消された上に、身動きすら取れない。近くにいるゲルチが叫ぶ。


「ヴァ、ヴァーナちゃん!! あれ……」

 ゲルチが見つめる先には漆黒の巨大な砲弾。敵の魔法か。ゲルチの顔が青く染まる。



「許さないぞ……、レー兄が待っているのに、その邪魔をしやがって……」

 全ての魔力が抑えつけらえた状況。しかしその中でその赤髪の少女の周りだけ、深紅の魔力が燃え上がり始める。


「ヴァーナ、ちゃん……?」

 ゲルチですら身震いするその赤き魔力。ヴァーナはよろよろと立ち上がると、放たれた暗黒砲弾を睨みつけながら叫ぶ。


「ふざけんなああああ!!!! 燃やす燃やす燃やすっ!!!! 全部ぶっ飛べーーーーーっ!!!!」

 ゲルチがうつ伏せのまま、超スローでショールを振るヴァーナの姿を見て涙する。


深紅の砲弾レッドキャノンっ!!!!!!!」


 ドオオオオオオオオオオオン!!!!

 人も魔力もすべて抑えつけられた中その真紅の砲弾は、真っ青な空を切り裂くように放たれた。
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