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第六章「悪魔のルコ」
54.魔族長ルコの新たな命令
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魔王城最上階一角を占める魔族長の間。見晴らしの良い景色とは別に、この美しい間は重く緊張した空気に包まれていた。
装飾された煌びやかな椅子に座る魔族長ルコ。その前に今回の討伐に参加した魔族達が片膝をついてその言葉を待っている。
(一体どうされたと言うのだ……?)
あれほど切望していた人間討伐。その準備も行い優勢であった侵攻を、突如止めてしまった。何か粗相があったのか。何も話さず黙って座る魔族長の顔を皆が脂汗を流しながら見つめる。
「決めたの。しばらく人間は殺さないの」
開かれたルコの口。そこからは想像もしなかった言葉が飛び出した。驚く魔族達。サキュガルが膝をついたまま尋ねる。
「それは我々魔族が人間との戦を止めるということでしょうか」
人間の文化には興味があるサキュガル。ただ本能としてヒト族を狩りたい。ルコが答える。
「そうなの。止めるの」
「はっ」
とは言え上官である魔族長の言葉は絶対。拒否権などない。別の魔族が尋ねる。
「では、これから我々は……」
ルコの底知れぬ力はもちろん、その『ヒト族討伐』と言う目的に共感して従っていた者も多い。一番の目的を失った今、何をすべきか知りたい。ルコが答える。
「『青髪の男』を捕まえて来て欲しいの」
「は……?」
皆が唖然とした表情でルコを見つめる。
「青髪の、男……、ですか?」
魔族が尋ねる言葉にルコが頷いて言う。
「そうなの。青髪の男を捕まえて来て欲しいの。絶対殺さないで捕まえるの。私が探している人なの」
「……」
殺せとか殺さないとか捕まえろとか。気分次第で言っているような彼女の言葉にひとりの魔族が立ち上がって尋ねる。
「魔族長。ヒト族は殺すべきかと思います。青髪だろうが何だろうが、捕まえて来て最も残虐な方法で……」
そこまで言った魔族の顔が青ざめる。ガタガタと体を震わせ、額からは玉のような脂汗が流れ落ちる。ルコが無表情のまま尋ねる。
「私は捕まえろと言ったの。意味が分からないの?」
「い、いえ。申し訳ございません……」
その場にいたすべての者がそう思った。
青髪の男を殺すと言った魔族に向けられた恐るべきルコの怒り。傍に居るだけで飲み込まれそうなほど深淵たる深い闇。可愛らしい見た目とは対照的にその魔力は、魔王にすら匹敵するほどの力を秘めている。ルコが言う。
「みんなお願いなの。頑張るの」
「はっ!!」
魔族達が一斉に頭を下げてそれに応えた。
――レー兄様に会いたい。
ラフェル王都で見た兄弟の姿がルコの瞼にしっかりと焼き付いている。人間を恨む心より大好きな兄に会いたい。彼女の心はもう決まっていた。
「ねえ」
魔族達が去った後、ルコは傍に立つ女士官に声をかけた。
「はい、ルコ様」
魔族である女士官。下級魔族でありながら身の回りの雑務に長け、ずっとルコの世話をしている。ルコが言う。
「髪が伸びたの。切って欲しいの」
そう言ってルコは少しだけ長くなった紫髪のボブカットに手をやる。女士官が尋ねる。
「ルコ様、イメチェンも兼ねてもう少し伸ばしてみたらいかがでしょうか。長い髪もルコ様にはよくお似合いだと思いますよ」
ルコが前を向いたまま答える。
「このままでいいの。ルコだと分からなくなったら困るから」
「は、はい。かしこまりました」
女士官は深く頭を下げて謝意を示す。
レフォードと一番長く過ごしたこの髪型。変わってしまった自分だが、可能な限りあの頃のままでいたい。再会した時すぐに見つけて貰えるように。
ヴェスタ公国での同盟締結、夜の宴を終え、一泊したレフォード達は翌朝すぐにラフェル王国へ帰還する馬車に乗り込んだ。
長年に渡たる両国の争いを終結に導き、同盟締結をした素晴らしき功績とは別に、三者の表情はすぐれない。レフォードが思う。
(随分予定外の時間を過ごしてしまった。早く戻ってルコを探さなきゃ……)
ラフェルにいるであろう妹の身を案じるレフォード。
その向かいに座る赤髪のツインテールのミタリアは腕を組み、朝からむっとした表情を崩さない。
(お兄ちゃんたら、昨晩はあんなにデレデレした顔をして!! 許さないんだから!!)
ウィリアム公との酒宴で両脇にヴェスタ美女に囲まれたレフォード。ミタリアの目には色気たっぷりの美しい女性達との会話を、鼻の下を伸ばしながら楽しんでいたと映っていた。
(はあ、まだ食い足りねえ……)
ガイルは想像以上に美味だったヴェスタの宴の食事を思い出し、後ろ髪を引かれる思いで馬車の風に吹かれる。ミタリアが嫉妬でレフォードに対して怒っているのは知っていたが、そんなことはどうでもいい。もうちょっと食べて置けば良かったと少し後悔していた。
三者三様の思いを持ちながら揺られる馬車。
そんな馬車の向かいに馬に乗ったふたり組の姿が現れる。コートを着た巨躯の男に華奢な赤いタイトドレスの女。ヴェスタからの馬車を見つけた女が言う。
「あ、ゲルチ。あれってまさか!!!」
「そうね。ヴェスタ公の馬車ね。多分間違いないわ」
豪華な装飾の施された馬車。それはウィリアム公が主賓に対して用いる長距離移動用の特別な馬車。少女はすぐに馬車に馬を寄せ、大きな声で叫ぶ。
「レー兄ぃ!!! いるんだろ!? レー兄いいいい!!!」
突然名前を呼ばれたレフォードが驚き座席から落ちそうになる。御者も少女が魔法隊長だと分かり慌てて馬車を止める。
「ヴァーナ??」
驚いて馬車から顔を出してその名を口にするレフォード。同盟締結やルコのことが気になってすっかりヴェスタに居るはずの彼女のことを忘れていた。
「レー兄いいいいい!!!!」
「うわっ!?」
馬車を降りてきたレフォードにヴァーナが馬上から飛び跳ねて抱き着く。レフォードの胸に顔を何度も擦り付けて言う。
「レー兄、レー兄、会いたかったー!!! 大好きーーーーっ!!!!」
「お、おい! ヴァーナ!!」
突然抱き着かれて困惑するレフォード。後から出て来たミタリアがむっとして言う。
「ちょっと、ヴァーナちゃん!! 何やってるのよ!!!」
レフォードにしがみついたままヴァーナが答える。
「あ、ミタリア。居たのか?」
「居たじゃないでしょ!! お兄ちゃんから離れてよ!!」
「ヤダよ~、レー兄は私のもんだもん!!」
「そんなことさせないから!!」
そう言ってミタリアもレフォードに抱き着く。いい加減頭に来たレフォードがふたりの頭を軽くげんこつして言う。
「いい加減にしろ、ふたりとも!!」
コン、コン!!
「「きゃっ!」」
レフォードのげんこつを食らったふたりが頭を押えながら座り込む。
(本当に私の知らないヴァーナちゃんよね、彼の前だと)
ゲルチも馬から降りて『レフォード仕様』となったヴァーナを見て苦笑する。ガイルが言う。
「ミタリア、お前レフォ兄に怒ってたんじゃないのか?」
「知らない。忘れた」
そう答えてげんこつされた自分の頭を撫でるミタリア。今度はヴァーナに尋ねる。
「ヴァーナ、お前も何でこんなとこにいるんだ?」
それはレフォードも聞きたかったこと。ヴェスタに居るはずだと思っていた彼女がなぜラフェルへの街道に居るのか。ゲルチが一歩前に出て言う。
「それについては私が答えるわ。実はね……」
ゲルチの口から語られる魔族軍によるラフェル王城襲撃。空を黒く染めるような大量の魔物や魔族に対し、ラフェル王国正騎士団が応戦したこと、そして魔族のボスらしき相手にヴァーナが必死に戦ったことを説明した。
「そんなことが……」
ヴェスタに居て全くそんな襲撃のことを知らなかったミタリアが口に手を当てて驚く。怪我人は出たものの、元蛮族達の活躍もあって死者は報告されていないことを知りガイルが頷いて言う。
「そうか。あいつら頑張ったんだな。俺も鼻が高いぜ」
喜ぶガイル。ヴァーナがレフォードを見つめながら言う。
「レー兄、私頑張ったんだよ!! 褒めて褒めて!!!」
満面の笑みでそう話すヴァーナの頭をレフォードが撫でて言う。
「そうだな。お前のお陰でラフェルが守られたみたいだ。ありがとな」
「うんうん。ヴァーナ嬉しいよ~!!」
普段『燃やす』とか『灰にする』とか叫んでいる凶悪な少女からは想像もできないほど穏やかな笑顔。ゲルチは改めてヴァーナにはこの男が必要不可欠なのだと思い知る。
「ちょっと、ヴァーナちゃんだけずるい!! ミタリアも頑張ったんだから、褒めてよ!! ねえ、お兄ちゃん!!」
そう言ってレフォードに近寄り頭を向けるミタリア。ガイルが呆れた顔で言う。
「お前が何を頑張ったんだよ? さっきまで怒っていただけじゃねえか」
「うるさいの、ガイルお兄ちゃん!! 黙ってて!!!」
そう言ってレフォードの手を取り自分の頭に載せるミタリア。困ったレフォードが言う。
「まあ、一緒来てくれたし、頑張ったと言えば頑張っ……」
「ミタリア! お前は何もしていないんだろ!! レー兄は今私を褒めているの!!」
そう言ってミタリアの上に乗せられたレフォードの手を自分の頭の上に乗せる。
「ヴァーナちゃん、何するのよ! ひとり占めは良くないよ!!」
そう言って再びレフォードの手を乗せ直すミタリア。
「ミタリア! お前は下がってろ!!」
「下がらないわ!! ヴァーナちゃんこそ下がってよ!!」
ゴンゴン!!!
「きゃ!!」
「痛~いっ!!!」
レフォードがため息をつきながらふたりの妹の頭にげんこつを落とす。
「いい加減にしろ。くだれねえことで争ってんじゃねえ。さ、ラフェルに戻るぞ」
「ごめんなさーい……」
ミタリアがシュンとして答える。ヴァーナが言う。
「レー兄!! 私もラフェルに行っても良いか??」
ヴェスタなんかより大好きな義兄と一緒に居たい。そう思ったヴァーナに非情な言葉が返される。
「ダメだ。お前はヴェスタを守るのが仕事。部下だっているんだろ? そっちをやれ」
「えー、だってぇ……」
自分の中で葛藤するヴァーナ。大好きな義兄と一緒に居たい。だがその義兄から別の指示が下る。ゲルチが言う。
「大丈夫よ、ヴァーナちゃん。うちとラフェルは同盟を結んだようだからいつでも会いに行けるわ」
「そうだな……、仕方ないか……」
ヴァーナもシュンとしてその指示に従う。レフォードが言う。
「じゃあ行くぞ。早く戻らねば」
「了解!」
ガイルが握りこぶしを作ってそれに答える。
「ねえ、レー兄」
そんなレフォードにヴァーナが甘えた声でよぶ。
「何だ?」
そう答えたレフォードにヴァーナは抱き着き、そしてちょっと背伸びをして顔を近付けた。
チュッ
「は?」
「はあああああ!? ちょ、ちょっとヴァーナちゃん!!!!!」
レフォードに抱き着いたヴァーナは、その勢いのまま彼の頬に口づけをした。慌てるレフォード。怒りまくるミタリア。そんな光景を見ながらゲルチが思う。
(ホントこれがあの『業火の魔女』って言うんだから、笑っちゃうわね~、彼の前じゃただの恋する乙女だわ)
ある意味親代わりとして彼女の面倒を見て来たゲルチは、その娘の幸せそうな顔を見て心から嬉しくなった。
装飾された煌びやかな椅子に座る魔族長ルコ。その前に今回の討伐に参加した魔族達が片膝をついてその言葉を待っている。
(一体どうされたと言うのだ……?)
あれほど切望していた人間討伐。その準備も行い優勢であった侵攻を、突如止めてしまった。何か粗相があったのか。何も話さず黙って座る魔族長の顔を皆が脂汗を流しながら見つめる。
「決めたの。しばらく人間は殺さないの」
開かれたルコの口。そこからは想像もしなかった言葉が飛び出した。驚く魔族達。サキュガルが膝をついたまま尋ねる。
「それは我々魔族が人間との戦を止めるということでしょうか」
人間の文化には興味があるサキュガル。ただ本能としてヒト族を狩りたい。ルコが答える。
「そうなの。止めるの」
「はっ」
とは言え上官である魔族長の言葉は絶対。拒否権などない。別の魔族が尋ねる。
「では、これから我々は……」
ルコの底知れぬ力はもちろん、その『ヒト族討伐』と言う目的に共感して従っていた者も多い。一番の目的を失った今、何をすべきか知りたい。ルコが答える。
「『青髪の男』を捕まえて来て欲しいの」
「は……?」
皆が唖然とした表情でルコを見つめる。
「青髪の、男……、ですか?」
魔族が尋ねる言葉にルコが頷いて言う。
「そうなの。青髪の男を捕まえて来て欲しいの。絶対殺さないで捕まえるの。私が探している人なの」
「……」
殺せとか殺さないとか捕まえろとか。気分次第で言っているような彼女の言葉にひとりの魔族が立ち上がって尋ねる。
「魔族長。ヒト族は殺すべきかと思います。青髪だろうが何だろうが、捕まえて来て最も残虐な方法で……」
そこまで言った魔族の顔が青ざめる。ガタガタと体を震わせ、額からは玉のような脂汗が流れ落ちる。ルコが無表情のまま尋ねる。
「私は捕まえろと言ったの。意味が分からないの?」
「い、いえ。申し訳ございません……」
その場にいたすべての者がそう思った。
青髪の男を殺すと言った魔族に向けられた恐るべきルコの怒り。傍に居るだけで飲み込まれそうなほど深淵たる深い闇。可愛らしい見た目とは対照的にその魔力は、魔王にすら匹敵するほどの力を秘めている。ルコが言う。
「みんなお願いなの。頑張るの」
「はっ!!」
魔族達が一斉に頭を下げてそれに応えた。
――レー兄様に会いたい。
ラフェル王都で見た兄弟の姿がルコの瞼にしっかりと焼き付いている。人間を恨む心より大好きな兄に会いたい。彼女の心はもう決まっていた。
「ねえ」
魔族達が去った後、ルコは傍に立つ女士官に声をかけた。
「はい、ルコ様」
魔族である女士官。下級魔族でありながら身の回りの雑務に長け、ずっとルコの世話をしている。ルコが言う。
「髪が伸びたの。切って欲しいの」
そう言ってルコは少しだけ長くなった紫髪のボブカットに手をやる。女士官が尋ねる。
「ルコ様、イメチェンも兼ねてもう少し伸ばしてみたらいかがでしょうか。長い髪もルコ様にはよくお似合いだと思いますよ」
ルコが前を向いたまま答える。
「このままでいいの。ルコだと分からなくなったら困るから」
「は、はい。かしこまりました」
女士官は深く頭を下げて謝意を示す。
レフォードと一番長く過ごしたこの髪型。変わってしまった自分だが、可能な限りあの頃のままでいたい。再会した時すぐに見つけて貰えるように。
ヴェスタ公国での同盟締結、夜の宴を終え、一泊したレフォード達は翌朝すぐにラフェル王国へ帰還する馬車に乗り込んだ。
長年に渡たる両国の争いを終結に導き、同盟締結をした素晴らしき功績とは別に、三者の表情はすぐれない。レフォードが思う。
(随分予定外の時間を過ごしてしまった。早く戻ってルコを探さなきゃ……)
ラフェルにいるであろう妹の身を案じるレフォード。
その向かいに座る赤髪のツインテールのミタリアは腕を組み、朝からむっとした表情を崩さない。
(お兄ちゃんたら、昨晩はあんなにデレデレした顔をして!! 許さないんだから!!)
ウィリアム公との酒宴で両脇にヴェスタ美女に囲まれたレフォード。ミタリアの目には色気たっぷりの美しい女性達との会話を、鼻の下を伸ばしながら楽しんでいたと映っていた。
(はあ、まだ食い足りねえ……)
ガイルは想像以上に美味だったヴェスタの宴の食事を思い出し、後ろ髪を引かれる思いで馬車の風に吹かれる。ミタリアが嫉妬でレフォードに対して怒っているのは知っていたが、そんなことはどうでもいい。もうちょっと食べて置けば良かったと少し後悔していた。
三者三様の思いを持ちながら揺られる馬車。
そんな馬車の向かいに馬に乗ったふたり組の姿が現れる。コートを着た巨躯の男に華奢な赤いタイトドレスの女。ヴェスタからの馬車を見つけた女が言う。
「あ、ゲルチ。あれってまさか!!!」
「そうね。ヴェスタ公の馬車ね。多分間違いないわ」
豪華な装飾の施された馬車。それはウィリアム公が主賓に対して用いる長距離移動用の特別な馬車。少女はすぐに馬車に馬を寄せ、大きな声で叫ぶ。
「レー兄ぃ!!! いるんだろ!? レー兄いいいい!!!」
突然名前を呼ばれたレフォードが驚き座席から落ちそうになる。御者も少女が魔法隊長だと分かり慌てて馬車を止める。
「ヴァーナ??」
驚いて馬車から顔を出してその名を口にするレフォード。同盟締結やルコのことが気になってすっかりヴェスタに居るはずの彼女のことを忘れていた。
「レー兄いいいいい!!!!」
「うわっ!?」
馬車を降りてきたレフォードにヴァーナが馬上から飛び跳ねて抱き着く。レフォードの胸に顔を何度も擦り付けて言う。
「レー兄、レー兄、会いたかったー!!! 大好きーーーーっ!!!!」
「お、おい! ヴァーナ!!」
突然抱き着かれて困惑するレフォード。後から出て来たミタリアがむっとして言う。
「ちょっと、ヴァーナちゃん!! 何やってるのよ!!!」
レフォードにしがみついたままヴァーナが答える。
「あ、ミタリア。居たのか?」
「居たじゃないでしょ!! お兄ちゃんから離れてよ!!」
「ヤダよ~、レー兄は私のもんだもん!!」
「そんなことさせないから!!」
そう言ってミタリアもレフォードに抱き着く。いい加減頭に来たレフォードがふたりの頭を軽くげんこつして言う。
「いい加減にしろ、ふたりとも!!」
コン、コン!!
「「きゃっ!」」
レフォードのげんこつを食らったふたりが頭を押えながら座り込む。
(本当に私の知らないヴァーナちゃんよね、彼の前だと)
ゲルチも馬から降りて『レフォード仕様』となったヴァーナを見て苦笑する。ガイルが言う。
「ミタリア、お前レフォ兄に怒ってたんじゃないのか?」
「知らない。忘れた」
そう答えてげんこつされた自分の頭を撫でるミタリア。今度はヴァーナに尋ねる。
「ヴァーナ、お前も何でこんなとこにいるんだ?」
それはレフォードも聞きたかったこと。ヴェスタに居るはずだと思っていた彼女がなぜラフェルへの街道に居るのか。ゲルチが一歩前に出て言う。
「それについては私が答えるわ。実はね……」
ゲルチの口から語られる魔族軍によるラフェル王城襲撃。空を黒く染めるような大量の魔物や魔族に対し、ラフェル王国正騎士団が応戦したこと、そして魔族のボスらしき相手にヴァーナが必死に戦ったことを説明した。
「そんなことが……」
ヴェスタに居て全くそんな襲撃のことを知らなかったミタリアが口に手を当てて驚く。怪我人は出たものの、元蛮族達の活躍もあって死者は報告されていないことを知りガイルが頷いて言う。
「そうか。あいつら頑張ったんだな。俺も鼻が高いぜ」
喜ぶガイル。ヴァーナがレフォードを見つめながら言う。
「レー兄、私頑張ったんだよ!! 褒めて褒めて!!!」
満面の笑みでそう話すヴァーナの頭をレフォードが撫でて言う。
「そうだな。お前のお陰でラフェルが守られたみたいだ。ありがとな」
「うんうん。ヴァーナ嬉しいよ~!!」
普段『燃やす』とか『灰にする』とか叫んでいる凶悪な少女からは想像もできないほど穏やかな笑顔。ゲルチは改めてヴァーナにはこの男が必要不可欠なのだと思い知る。
「ちょっと、ヴァーナちゃんだけずるい!! ミタリアも頑張ったんだから、褒めてよ!! ねえ、お兄ちゃん!!」
そう言ってレフォードに近寄り頭を向けるミタリア。ガイルが呆れた顔で言う。
「お前が何を頑張ったんだよ? さっきまで怒っていただけじゃねえか」
「うるさいの、ガイルお兄ちゃん!! 黙ってて!!!」
そう言ってレフォードの手を取り自分の頭に載せるミタリア。困ったレフォードが言う。
「まあ、一緒来てくれたし、頑張ったと言えば頑張っ……」
「ミタリア! お前は何もしていないんだろ!! レー兄は今私を褒めているの!!」
そう言ってミタリアの上に乗せられたレフォードの手を自分の頭の上に乗せる。
「ヴァーナちゃん、何するのよ! ひとり占めは良くないよ!!」
そう言って再びレフォードの手を乗せ直すミタリア。
「ミタリア! お前は下がってろ!!」
「下がらないわ!! ヴァーナちゃんこそ下がってよ!!」
ゴンゴン!!!
「きゃ!!」
「痛~いっ!!!」
レフォードがため息をつきながらふたりの妹の頭にげんこつを落とす。
「いい加減にしろ。くだれねえことで争ってんじゃねえ。さ、ラフェルに戻るぞ」
「ごめんなさーい……」
ミタリアがシュンとして答える。ヴァーナが言う。
「レー兄!! 私もラフェルに行っても良いか??」
ヴェスタなんかより大好きな義兄と一緒に居たい。そう思ったヴァーナに非情な言葉が返される。
「ダメだ。お前はヴェスタを守るのが仕事。部下だっているんだろ? そっちをやれ」
「えー、だってぇ……」
自分の中で葛藤するヴァーナ。大好きな義兄と一緒に居たい。だがその義兄から別の指示が下る。ゲルチが言う。
「大丈夫よ、ヴァーナちゃん。うちとラフェルは同盟を結んだようだからいつでも会いに行けるわ」
「そうだな……、仕方ないか……」
ヴァーナもシュンとしてその指示に従う。レフォードが言う。
「じゃあ行くぞ。早く戻らねば」
「了解!」
ガイルが握りこぶしを作ってそれに答える。
「ねえ、レー兄」
そんなレフォードにヴァーナが甘えた声でよぶ。
「何だ?」
そう答えたレフォードにヴァーナは抱き着き、そしてちょっと背伸びをして顔を近付けた。
チュッ
「は?」
「はあああああ!? ちょ、ちょっとヴァーナちゃん!!!!!」
レフォードに抱き着いたヴァーナは、その勢いのまま彼の頬に口づけをした。慌てるレフォード。怒りまくるミタリア。そんな光景を見ながらゲルチが思う。
(ホントこれがあの『業火の魔女』って言うんだから、笑っちゃうわね~、彼の前じゃただの恋する乙女だわ)
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