夏休みの夕闇~刑務所編~

苫都千珠(とまとちず)

文字の大きさ
14 / 67
第二章 神様

カミサマとの邂逅

しおりを挟む
5日ぶりに僕の独房の扉を開いたのは、看守の男だった。


特別棟に来てから初めて見た看守の顔。内面の陰気さを隠そうともしない土気色の顔は、見ているだけで気が滅入りそうだ。


「囚人番号2084、出なさい。カミサマとの面談だぞ」

感情のこもらない、野太く機械的な声で呼ばれる。


特別棟に移される前の、ごくごく一般的な刑務所生活の日々をうっすらと思い出す。

でもあっちにいた看守は、もう少し『生きている感じ』があった気がする。こっちの看守は、どこからどう見ても生気がない。

『実は死んでるんです』と告白されたら素直に信じてしまいそうになるほどの、生気のなさだった。


奇妙なのはそれだけじゃない。一番おかしいのは、看守が火置ひおきさんに対して何も反応しないことだ。絶対に視界に入っているはずなのに、彼女の方を見ようとすらしない。

こんなことってあるんだろうか?だって囚人番号2084の独房に、囚人番号2084以外の人がいるんだよ?しかも、女の子。普通なら、扉を開けた瞬間に腰を抜かしてもおかしくないくらい、驚くべきことだと思う。

え、まさか……火置ひおきさんって、僕にしか見えていないとか……?だって『魔法使い』なんて……よくよく考えたら現実的にありえない話だもんな。

僕は自分で作り出した妄想の幻覚を見ていたのだろうか。まずい……頭がクラクラしてきた……。


軽い目眩を覚えつつ、看守に連れられて長い廊下を歩く。天井も壁も床も真っ白で、遠近感のない廊下。目眩の原因はこのせいもあるかもしれない。

どこまで歩いてもどこにも辿り着けないんじゃないか……そう思わせるような長い廊下だったが、気づけば行き止まりにぶち当たっていた。全部白だから、行き止まりかどうかすら直前までわからなかった。


看守のくせに道を間違ったのかな、とぼんやり考えていたら、彼は突き当りの壁のすぐ横を手で押した。目を凝らしてみると、そこには白いボタンがついていた。

きっとこの特別棟のオーナーである『カミサマ』は、大層『白い色』がお好きなんだろう。

不便だとしか言いようがないのにここまで白にこだわるなんて、きっと偏執的で面倒なタイプに違いない。できればあまり、近づきたくない人種だ。……人のことを言えないかもという自分へのツッコミは、この際しないでおこう。


ほどなくして、目の前の扉が開く。看守は僕を中に入るように促した。入った部屋は、真っ白で何も無い部屋だった。……ここも白か。流石に頭がおかしくなりそうだ。

突き刺さる白に目が痛くなって、俯いて眉間を押さえる。すると前方から、よく通る聞き取りやすい声が響いた。


「こんにちは。囚人番号2084。ご無沙汰しています」

その声は妙に若々しくハキハキしているのに、なぜだか脳の裏に引っかかるような不快感がある。

僕はゆっくりと顔を上げる。部屋の中央付近に、全身白づくめの背の高い男が両手を広げて立っていた。……『カミサマ』だった。




カミサマ。


10年ほど前に、この国に現れた謎の男。やつは突然国会を占拠し、この国の『宗教のトップ』を名乗りだした。

国会中継の生放送中、カミサマは国会議事堂に乱入して議長席に立ち、全国民に告げたのだ。

『これからは、私カミサマがこの国の宗教の長として君臨いたします。大丈夫、何も不安に思うことはありません。
別に、踏み絵してできないやつを見せしめに殺すとか、毎日一人生贄を要求するとか、そういったことはしません。皆様には、いつも通り生活していただきます。ただ、私が、この国の宗教のトップだということ、ただそれだけなのです』


国は一時騒然となり大混乱に陥ったが、それ以降カミサマが何かをしてくるわけでもなく、事件を起こすわけでもなく、信者の暴動などが起きることもなく、気づけば『この国にはカミサマがいる』ということが自然になっていったのだ。

カミサマは時折テレビやラジオやSNSに顔を出しては、国民に愛を語る。いつしか国民の『ゆるキャラ』みたいな立ち位置になっていた。

『カミサマストラップ』が一時期女子高生の間で大流行し、どこもかしこもみんながスマホから白い人形をぶら下げていた。僕は気味が悪いと思いながら、それを眺めていたのを記憶している。



それにしても……改めて見るこの男は、やはり『奇妙』という他ない。

2メートルはあるんじゃないかという高身長で、手足が異様に長くヒョロヒョロとした体型。ツヤツヤしたシワのない顔には、常にわざとらしい微笑みを浮かべている。

顔だけなら2,30代くらいに見えるのに、なぜか髪と髭は真っ白だった。しかもその髪と髭は長くて毛量が多く、豊かに波打っている。その部分だけを切り取って見ると『いかにも神っぽい』と言えるかもしれない。


ちなみに『神っぽい』部分はもうひとつある。その服装だ。彼はギリシア神話の神々が着ているような、ゆったりとしたローブを身につけていたのだ。

堂々とした体躯の人が身につけてこそ、そのローブは映えるのだろう。しかし肝心の彼はひどく痩せていて、ローブを纏うことでよりその肉体の貧弱さが強調されているように見えた。

そう、シンプルに言うと何もかもが『しっくりこない』し『不快』なのだ。すべての要素がチグハグな気がして、その姿を見ているだけで落ち着かない気分になってくる。

「どうかしましたか?ぼーっとして。あなたとは……あの時以来ですね。ここに最初に来た時に一度お会いして以来。どうです、ここの生活にも慣れましたか?」

「……おかげさまで」

「そうですか。それならよかったです。……では、早速ですが始めましょうか。『第一回カミサマ面談』です。さあどうぞ、そこの椅子にかけてください」

僕は白い部屋の中央にぽつんと二つ置かれた木造りの椅子に腰を下ろす。面と向かう形で、カミサマも椅子に座った。

視線を上げて目の前をよく見ると、カミサマと僕との間はガラスの板のようなもので仕切られているようだ。防犯的な意味合いだろうか。少なくとも僕には、カミサマに触れることは認められていないようだった。

「…………カミサマとか言う割に、随分と用心深いんだな。囚人が暴れて襲いかかってくるのが心配?」

「………………はぁ、あなたの目の前にいるカミサマが私でよかったですよ。他のカミサマならそんな口の聞き方許してくれませんよ?……まあ、いいでしょう。始めましょうか」


こうして僕とカミサマの、最初の面談が始まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

青春リフレクション

羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。 命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。 そんなある日、一人の少女に出会う。 彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。 でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!? 胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...