23 / 67
第三章 探索
ヤミの違和感
しおりを挟む
「じゃあ、決まりだ。僕は君に協力する。君がこの刑務所の謎を解き明かし、カミサマと対決し、歪みを調査するのを全面的にサポートする」
私の『降参という名の同意』を受け、すっきりした顔でヤミが言う。ヤミって、ふわふわした雰囲気がある割に案外押しが強い。威圧的ではないのに、有無を言わせない何かがある。
彼は妙に嬉しそうだ。本当の本当に『死ぬかもしれない調査』になるってことを……わかっていないんじゃなかろうか。
「……どうしてそこまでするの?暇だから?」
「それは大いにある」
「でしょうね。私ならとっくのとうに狂ってるよ。こんな、どこへも行けずに何もできない生活。3日が限度」
「僕はじっとしているのは得意な方ではあるんだけど……。せっかく君に会えたのに、死ぬまでこのままボーっとしてるのもなって思って。……あとは、死ぬまでに君の『魔法』をどうしても見たいんだ」
まあ……それはわかる。仮に私が彼の立場だとしても、絶対に魔法を見てみたいと思うもん。
「見たいって言ってたもんねえ。まさか私も、こんなにずっと魔法が使えないなんて驚いてる。……そろそろ私のこと、魔法使いだと信じられなくなってきたかと思ってたけど、信じてくれてるんだ」
「うん」
魔法の使えない『自称魔法使い』を信じてくれるなんて……彼もなかなか、酔狂な人だと思う。
自分で考えた神様のことをずっと信じているというくらいだし、心根は純粋なんだろうな。
……ちょっと行き過ぎているというか、『無垢』という言葉では片付けられない歪な純粋さを感じるけど。
「冥土の土産に見せてあげられるように頑張るね。それまでに死んじゃっても……悪いけど恨まないで」
彼は傷つかないだろうなと踏んだうえで、ちょっとした皮肉をぶつけてみる。もう少し『生』に執着してもいいんじゃない?って思いで。
とはいえ、死ぬことを痛くも痒くも思っていない彼にとっては、もちろんそんな皮肉もノーダメージのはず。
……だけどそんなに死にたいなんて、本当によっぽどな人生を送ってきたんだろうな。3歳の交通事故の後も、きっと色々あったんだろう。
「で、だ。そんな君にさっそく情報提供があるんだけど」
「……なんでしょう」
「さっきフロアを歩いた時にすごく気になったんだけど……、カミサマの部屋に行く道がないんだ」
「……違う階なんじゃないの?エレベーター使えなかったじゃない」
そう。トレーニングルーム隣のエレベーターは機能していなかった。ボタンを押しても、うんともすんとも言わなかったのだ。
「……僕の記憶の限りでは、カミサマ面談に行った時にはエレベーターを使っていない。もちろん階段やエスカレーターも使っていない。
ただひたすらに長い廊下を歩いて、突き当りにカミサマの部屋があった。でも、このフロアにはその長い廊下に続く道がなかった。同じフロア内にあるはずなのに、どこにも見つからなかったんだ」
カミサマ面談に行った時のヤミは、頭が妙にクラクラしていてあまり周囲の記憶が定かではなかったらしい。面談の際に見たフロアの風景と、さっき独房の外に出たときに見たフロアの風景も、どことなく違って見えたという。
……それもこれも、時空が歪んでいるせいなのだろうか。にしても、どうしてこの刑務所自体が歪んでいるのだろうか。
今までたくさんの世界で時空の歪んだ場所を見てきたけれど、物理空間そのものが不安定になっているケースは見たことがない。きっと『歪み』が近くにあるということなんだろうけど……。
ブーーーーーーッ
図書室内に、鼓膜を震わす大音量の電子ブザーが鳴り響く。まずい、時間を忘れて話しすぎた!?私は焦って周囲を見渡す。
「火置さん、大丈夫。これは5分前のブザーみたいだよ。ちゃんと時計は確認していたから」
ヤミは落ち着いた調子で、私に向かって話しかけた。彼が指さした方向には、壁掛け時計があった。そっか、フロアの時計は一箇所しかないけど、各部屋の中にはちゃんと時計があるんだ。
……ほっと胸をなでおろす。彼ってすごく、抜け目ないわね。私はおっちょこちょいなところがあるから、ものすごく頼りになる。
「ありがとう、ヒヤッとしちゃった。……にしても、自由時間終了の5分前にブザーがなるなら、気づかずにルールを破るってことはなさそうね。親切なんだか、何なんだか」
私達は書架に本を戻し、一旦部屋に帰ることにする。
独房に戻って程なくすると、もう一度ブザーが鳴って、扉の施錠音が聞こえた。
私はベッドに寝転びながら、ヤミが書き起こしてくれた見取り図を眺め、次の作戦を練る。
ヤミの話によると、カミサマはこの階のどこかにいるということになる。そしてこの階にカミサマがいるってことは……この壁のどこかに隠し通路があるってことか。ヤミからいい情報をもらえて助かった。この情報がなかったら、私は当分エレベーターの動かし方を調べ歩いていただろう。
昼食後の自由時間、私はもう一度フロア内を調べることにした。
『心配だから』と最初の15分ほどヤミが付いてきたけど、やっぱりどこをどう見ても他の囚人の気配はせず、危険らしい危険はないように思えた。
私は『もう大丈夫だから』と言って彼をトレーニングルームの前まで送り、『でも……』とごねていたヤミを半ば無理やり押し込む形で中に入れてから、一人で刑務所の探索を再開する。
叩いたり触ったりしながら外周の壁を隅々まで調べたけれど、隠しボタンや怪しい隙間など、気になるものは何一つ見つけられなかった。
夜の自由時間も、ヤミは心配して私について来たがって『デジャブかな?』と思うほどの同じやり取りが繰り返され……結局私の方にはなんの収穫もなく、その日の自由時間は終了。
これだけ探してアリの子一匹のヒントすらないというのは、ちょっと堪える。次は……他の独房をじっくり見て回ってみようか。
ベッドに寝転んで天井を見上げながら、私は明日の計画をたてていたのだった。
私の『降参という名の同意』を受け、すっきりした顔でヤミが言う。ヤミって、ふわふわした雰囲気がある割に案外押しが強い。威圧的ではないのに、有無を言わせない何かがある。
彼は妙に嬉しそうだ。本当の本当に『死ぬかもしれない調査』になるってことを……わかっていないんじゃなかろうか。
「……どうしてそこまでするの?暇だから?」
「それは大いにある」
「でしょうね。私ならとっくのとうに狂ってるよ。こんな、どこへも行けずに何もできない生活。3日が限度」
「僕はじっとしているのは得意な方ではあるんだけど……。せっかく君に会えたのに、死ぬまでこのままボーっとしてるのもなって思って。……あとは、死ぬまでに君の『魔法』をどうしても見たいんだ」
まあ……それはわかる。仮に私が彼の立場だとしても、絶対に魔法を見てみたいと思うもん。
「見たいって言ってたもんねえ。まさか私も、こんなにずっと魔法が使えないなんて驚いてる。……そろそろ私のこと、魔法使いだと信じられなくなってきたかと思ってたけど、信じてくれてるんだ」
「うん」
魔法の使えない『自称魔法使い』を信じてくれるなんて……彼もなかなか、酔狂な人だと思う。
自分で考えた神様のことをずっと信じているというくらいだし、心根は純粋なんだろうな。
……ちょっと行き過ぎているというか、『無垢』という言葉では片付けられない歪な純粋さを感じるけど。
「冥土の土産に見せてあげられるように頑張るね。それまでに死んじゃっても……悪いけど恨まないで」
彼は傷つかないだろうなと踏んだうえで、ちょっとした皮肉をぶつけてみる。もう少し『生』に執着してもいいんじゃない?って思いで。
とはいえ、死ぬことを痛くも痒くも思っていない彼にとっては、もちろんそんな皮肉もノーダメージのはず。
……だけどそんなに死にたいなんて、本当によっぽどな人生を送ってきたんだろうな。3歳の交通事故の後も、きっと色々あったんだろう。
「で、だ。そんな君にさっそく情報提供があるんだけど」
「……なんでしょう」
「さっきフロアを歩いた時にすごく気になったんだけど……、カミサマの部屋に行く道がないんだ」
「……違う階なんじゃないの?エレベーター使えなかったじゃない」
そう。トレーニングルーム隣のエレベーターは機能していなかった。ボタンを押しても、うんともすんとも言わなかったのだ。
「……僕の記憶の限りでは、カミサマ面談に行った時にはエレベーターを使っていない。もちろん階段やエスカレーターも使っていない。
ただひたすらに長い廊下を歩いて、突き当りにカミサマの部屋があった。でも、このフロアにはその長い廊下に続く道がなかった。同じフロア内にあるはずなのに、どこにも見つからなかったんだ」
カミサマ面談に行った時のヤミは、頭が妙にクラクラしていてあまり周囲の記憶が定かではなかったらしい。面談の際に見たフロアの風景と、さっき独房の外に出たときに見たフロアの風景も、どことなく違って見えたという。
……それもこれも、時空が歪んでいるせいなのだろうか。にしても、どうしてこの刑務所自体が歪んでいるのだろうか。
今までたくさんの世界で時空の歪んだ場所を見てきたけれど、物理空間そのものが不安定になっているケースは見たことがない。きっと『歪み』が近くにあるということなんだろうけど……。
ブーーーーーーッ
図書室内に、鼓膜を震わす大音量の電子ブザーが鳴り響く。まずい、時間を忘れて話しすぎた!?私は焦って周囲を見渡す。
「火置さん、大丈夫。これは5分前のブザーみたいだよ。ちゃんと時計は確認していたから」
ヤミは落ち着いた調子で、私に向かって話しかけた。彼が指さした方向には、壁掛け時計があった。そっか、フロアの時計は一箇所しかないけど、各部屋の中にはちゃんと時計があるんだ。
……ほっと胸をなでおろす。彼ってすごく、抜け目ないわね。私はおっちょこちょいなところがあるから、ものすごく頼りになる。
「ありがとう、ヒヤッとしちゃった。……にしても、自由時間終了の5分前にブザーがなるなら、気づかずにルールを破るってことはなさそうね。親切なんだか、何なんだか」
私達は書架に本を戻し、一旦部屋に帰ることにする。
独房に戻って程なくすると、もう一度ブザーが鳴って、扉の施錠音が聞こえた。
私はベッドに寝転びながら、ヤミが書き起こしてくれた見取り図を眺め、次の作戦を練る。
ヤミの話によると、カミサマはこの階のどこかにいるということになる。そしてこの階にカミサマがいるってことは……この壁のどこかに隠し通路があるってことか。ヤミからいい情報をもらえて助かった。この情報がなかったら、私は当分エレベーターの動かし方を調べ歩いていただろう。
昼食後の自由時間、私はもう一度フロア内を調べることにした。
『心配だから』と最初の15分ほどヤミが付いてきたけど、やっぱりどこをどう見ても他の囚人の気配はせず、危険らしい危険はないように思えた。
私は『もう大丈夫だから』と言って彼をトレーニングルームの前まで送り、『でも……』とごねていたヤミを半ば無理やり押し込む形で中に入れてから、一人で刑務所の探索を再開する。
叩いたり触ったりしながら外周の壁を隅々まで調べたけれど、隠しボタンや怪しい隙間など、気になるものは何一つ見つけられなかった。
夜の自由時間も、ヤミは心配して私について来たがって『デジャブかな?』と思うほどの同じやり取りが繰り返され……結局私の方にはなんの収穫もなく、その日の自由時間は終了。
これだけ探してアリの子一匹のヒントすらないというのは、ちょっと堪える。次は……他の独房をじっくり見て回ってみようか。
ベッドに寝転んで天井を見上げながら、私は明日の計画をたてていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる