夏休みの夕闇~刑務所編~

苫都千珠(とまとちず)

文字の大きさ
22 / 67
第三章 探索

図書室にて

しおりを挟む
私が感じたそこの第一印象は『公民館の中に併設されている図書館』。

枯れた草みたいな色をしたリノリウムの床に、長辺二人掛けの机が規則正しく配置されている。そして蔵書エリアには、シンプルな作りをしたスチール製の書架がいくつも並んでいた。

火置ひおきさん、あそこに座ろう」

ヤミは部屋の角にぽつんと置かれている机を指さした。私はヤミについていき、彼の向かいの席に座る。

「……君に言っておきたいことがあって」

ヤミは少し声を落として私に話しかけた。……どことなく、周囲を気にしているようにも見える。

「……どうしたの?」

「まずは、本を読もう。君も好きなものを取ってきて」

「……うん」

……本でも読みながらこっそり会話するのかな。……監視の警戒?とりあえず、本を取ってこよう。

私達はそれぞれ本を探しに行く。思った以上に渋い蔵書がそろっていて、私は心が踊った。
哲学関係の本も多かったから、当分はここで時間を潰せそうだ。

結局私はデカルトの『方法序説』を選んだ。

机に戻ってページをめくっていると、ヤミが戻ってきた。……彼は何を選んだんだろう。本の趣味が気になる。

「何選んだの……?あ、『アエネーイス』!私も好きよ!」

「そう?久しぶりに読みたくなって。君は……デカルト?……哲学が好きなんだ」

「哲学者なら、デカルトが好きなの。あと、ニーチェと荘子」

「デカルトって……『我思う、ゆえに我あり』だよね?」

「そう!その言葉に惚れてデカルトが好きになったの。『方法序説』も、何度も読んだ」

「……ニーチェは……ニヒリズムだったよね?『神は死んだ』の人」

「あってる。でもニーチェのニヒリズムは『いい意味』なのよ?この世は虚無なのだから、結局すべては自分次第。シンプルに言うとそういうこと」

「……個人主義な性格がにじみ出てるな」

「選ぶ本で人間性がバレちゃうね。…………で、話って……?」


やや声のボリュームを落とし、ヤミを見る。何かこの空間について気づいたことがあるなら、教えてくれるとありがたい。

「……その前に、火置さんってペン持ってたよね?使える紙はある?」

「うん、あるよ。……ペンとか、没収されないのかね。囚人が隠し持ってたら危なそうだけど……」

「そうだね。僕に奪われないように気を付けて」

「…………気を付けるわ」

私は腰につけたバックに手をつっこみ、ペンと紙を取り出しヤミに渡した。彼は柔らかい動作で、私のペンを受け取る。

彼の動作は私よりずっと丁寧で繊細だと思う。話し方もおっとりしていて言葉遣いがきれいだし、いいご家庭で育ったんだろうなあと、頭の片隅で想像する。

ヤミは私から受け取った紙を机に広げると、さらさらと刑務所の見取り図を描いていった。





「お、見やすい」

「迷うような構造ではなかったけど、念の為。君にとっても必要な情報なんだろ?」

「うん、ありがとう。助かる」

するとヤミは、ペンで紙の一部分をコツコツと叩いた。なんの意味もなく見える自然な動作だったけど、よく見るとそこには小さい文字でこう書かれていた





僕らの独房は監視・盗聴されている





……なるほど、伝えたいことってこれだったのか。

でも、実は私も監視カメラがないかは探していた。けど……少なくともヤミの部屋には見当たらなかったの。だから私は、監視カメラとは別の可能性を考えていたんだけど。

私は本で口元を隠し、声を落としてヤミに話しかける。

「それって……看守がこっそり部屋の様子を見て、報告していたって線はないの?寝ている時に巡回して、小窓から覗いていたかも。それでカミサマに報告したのかも。監視カメラで何から何まで見られているかどうかはわからなくない?」

「でもこの間の面談の会話の内容からすると、カミサマは君がやってきた時刻までほぼ正確に把握していたんだ。君が時空の穴から落ちてきたということも、どうやら知っている風だった。つまり、一部始終を見ていたと考えるのが自然だと思う」

……カミサマ。彼って、人間なのかしら?

おそらく、人間ではない何か……な気がしている。私の予想では、歪《ひず》みから生まれた邪悪の類。つまり、この世界に生きるすべての生き物の敵。

「やっぱり私は、カミサマに会わなくてはいけない」

「……無理やり会うのはおすすめしないけどな……こんな狂った刑務所を作っちゃうようなヤツだよ?勝手なことしたら、どうなるかわからない」

「でも、多分私が会わなくてはいけないタイプの相手だと思う。時空の歪ひずみについても、彼は知っていると思う」

「危険だとわかっていて、行くんだね……」

「私は強いから。最強の魔法使いなの。……いまだにここでは魔法が使えないけど」

少々の自虐と自信、両方を含ませる。……というか、一体全体私はいつになったら魔法が使えるようになるんだろう。

「僕には君を止めることはできないけど……」

ヤミは視線を落として呟いた。そりゃ、元気もなくなるよね。だって彼には何一つ関係のない話だし、『大人しく残りの時間を過ごしたい』みたいなことをしきりに言っていたから。私に変な動きをされるのは、彼の望むところではないだろう。

でもね、今なんとかしなくてはひずみの影響が世界中に広まってしまうから、やるしかないの。
あなたには申し訳ないけど……そんな気持ちを込めて彼を見る。

するとヤミは、私が予想もしていなかった言葉を口にした。

「……でも、協力はできる」

え、なんて?

「僕にできることがあったら、何でも言って」

「あのね、わかってる?私はこれから刑務所のルールをする勢いで、ここの秘密を解き明かそうとしている。なんならカミサマに無理やりご対面して、ひずみのことを聞き出そうとすらしている」

彼は私の目を見て、ゆっくりと頷く。彼は、静かな決意を固めた人の顔をしていた。……どうしよう、そんな決意をされても困ってしまう。

「それに多分……独房だけじゃなく、カミサマはこの刑務所内のことは全部把握できているんじゃないかしら。筒抜けなら隠しても関係ないということで、私はこれから堂々とここを調査することにするよ?

もしかしたらそのうち、カミサマと対決!なんてことにもなるかも。私に協力なんてしたら、あなたには危険や不利益しかないと思う。とにかく、いいことが一つもない」

……どう?気が変わって、協力を諦める気になったかな?

……………………いや、諦めてない顔してる……。ちょっと、いい加減にしてよ……。変に巻き込みたくないんだって気持ちをわかってほしい。

「もし私がカミサマを倒せたら、死にたいあなたにとっては悲劇的なことに『死刑が延期』されるかも。
もしくは私がカミサマに負けたら、あなたも連帯責任で死ぬことになるかも。本来の死刑執行よりもずっと早く。……端的に言うと、協力は諦めて欲しい。巻き込みたくないから」

「でもそれって、どっちにしろ死ねるってことだろ。じゃあ、協力しない理由がないよ。僕は『死刑』になりたいというより『死にたい』んだ。理由や方法は何でもいいんだよ」


何の迷いもなく、間髪入れず、ヤミが答える。

「はぁ…………どこまいっても『打てど響かず』、ね……」


私は大きなため息とともに、『降参』の思いで肩を竦めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

処理中です...