夏休みの夕闇~刑務所編~

苫都千珠(とまとちず)

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第四章 夢

よき友人とは

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『明日もたくさん話そうよ』

一昨日の夜にそう言葉を交わした僕達だったけれど、その次の日の火置ひおきさんは何やら忙しそうに刑務所内を調べ回っていて、夜までほとんど会話らしい会話ができなかった。



話をしたいって、言ったんだけどなあ……。

僕は少し悲しくなる。忙しいのはわかっているけど、せっかく話そうよって言ったのに。火置さんだって、うんって言ったのに。


そしてその次の日……つまり今日の朝の自由時間、僕は刑務所探索をする火置さんをずっと後ろから見ていることにした。

言い訳だと思わないでほしいんだけど、僕は別に『なんで僕と話してくれないの』っていう不満を訴えるために火置さんをじっと見ていたわけじゃない。

僕が火置さんを見張ることにしたのは、何をしでかすかわからない彼女が心配だからだ。具体的には、2日前のこの発言が僕を不安にさせている。


『看守の言ってたルールを破ってみようかしら。自由時間の終了までに部屋に戻らないで、あえて看守に捕まってみるとか』


あのセリフを聞いた時にはおいおいと頭を抱えたけど、それでも心のどこかで半分くらいは冗談かなって思っていた。
でも、彼女を知れば知るほど『火置さんなら本当にやりかねない』と考えるようになったし、今では『僕が見張っていないと、彼女なら絶対にやる』と断言できる。


……ちなみに火置さんはさっきから僕が見ていることに気づいている風だけど、僕に対して特に何も言ってこない。ある意味では『無視されている』と言えるのかもしれない。

でも、『悲劇的な人生』のせいで人に避けられがちだった僕は無視に慣れている。しかもこの無視を前向きに捉えるならば、『見張ることを許されている』ということになるはずだ。だって、見ないでって言ってこないんだから。


そんなことを考えているそばから、ほら。火置さんがエレベーターをこじ開けようとしている……。やっぱり、いわんこっちゃない。

トレーニングルームの隣りにある『動かずのエレベーター』の前で、何度かボタンを押していた彼女。
今日も変わらず無反応なエレベーターに諦めるかと思った矢先、彼女は右の太もものホルスターからナイフを取り出し(ナイフなんて持っていたんだととても驚いた)、エレベーターの扉の隙間にナイフの刃を入れてこじ開けようとしていたのだ。


止めに入るべきか迷う。迷いながら、看守の言葉を思い出す。

……看守から言われたルールは『施錠したエリアは入るな』であって、『エレベーターをこじ開けてはいけない』とは言われていない。おそらく、このことだけでルール違反を問われ、即命を奪われるということはない……はず。


ごちゃごちゃと頭を悩ませていたら、彼女から声をかけられた。

「見ているなら、手伝ってよ」

「……わかった」

僕は彼女を手伝うことに決める。彼女が本当に危険なことをしそうになったら、その時に止めればいい。

「ヤミがナイフでこじ開けてみてくれない?」

「やってみる」

僕はナイフの持ち手を握り、テコの原理で思いっきり横に倒す。金属がぎりぎりとこすれる音がして、どう考えても刃に悪そうな感じがした。
全体重をかけてこじ開けようとしてもびくともしないほど、エレベーターの扉は固く閉じられていた。

「……さすがに、これを開けるのは、厳しいんじゃ、ないかな……っ!」

「これ以上びくともしないね……うーん、男の人の力でもだめかぁ」

僕はエレベーターの扉に挟まったナイフを抜いて彼女に返す。

「ごめん、これもう使えないかもしれない……」

「いいのよ、気にしないで。それは使い捨てのナイフだから。お気に入りのはこういうことに使わないの」

「……ナイフ、たくさん持ってるんだね……」

「そう。魔法が使えない場面では、私はナイフを使うようにしてる。素早く動けるし、軽くて力のない女でも扱いやすい。銃みたいに、弾切れすることもない。
無駄のない動作をマスターすれば、手の届く至近距離なら1秒で相手を仕留められる。呪文の詠唱よりも、下手すりゃ早い」

彼女の強さの自信の一つがわかった気がした。『魔法使いだけど、魔法が使えなくてもなんとかできる強さがある』。

そして、やっぱり彼女の話を聞きたくなった。魔法を使えるようになったときの話。どうやって今まで生きてきたのかっていう話。


「……火置さん、今日は話できる?君の話を聞きたいんだけど。この間の続き」

「……………………いいけど」

火置さんの返事に力がなくなる。さっきまで元気に見えたのに。そんなに僕と話をしたくないのかな?

「あの、火置さん。もしかして僕、しつこすぎる?」

「……しつこい方ではあるかもね。でも、別にだからどうって訳じゃないけど……」

じゃあなんだろう。僕のこと嫌いになった?……いや、もともと嫌いだったか?



僕の考え事の靄《もや》を、火置さんの『ふぅっ』っていう短いため息が吹き飛ばす。そして、彼女は切り出した。

「あのさ、今後はあんまり仲良くするの、やめようよ」

…………え、なんで?

「ひと月後に死ぬくせに仲良くなったらつらいじゃない。……仲の良い友達が死んだら心が痛くなる、それくらいあなたにだって想像がつくでしょ?
気づいてなかったのかもしれないけど、私ってクールに見えて情に厚いの。悲しいことが嫌いだからこそ、クールに生きてるの。わかる?」

「………………えっ」

「『えっ』って何よ……あなたって、友達が死んだらつらくなるってことも想像できないサイコパスだったわけ……?」

「…………僕って、火置さんの友達?」

「!?そこ??……それ以外に何だって言うのよ……」

友達……友達……。…………………………。



「…………すごく、嬉しい……………………」

「なっ!?!?」

「『友達』なんて言われたの、小学四年生以来だ」

「……嘘でしょ?本気?」

「本当さ。……火置さんは僕のことを友達だと思ってくれているんだ」

「素直に喜ばないでよ!ますますつらくなる!」

彼女は険しい顔をして、ちょっと大袈裟に身を引く。

『友達を失うとつらい』そんなことを言って、わかりやすく反応してくれる彼女の様子に、僕はますます嬉しくなってしまう。

「火置さんって、聖母様みたいだ」

「やめなさい」

火置さんはなぜだか褒めると嫌がる。もう少し自分に自信を持てばいいのに。

「もうわかったから、私が魔法使いになった時の話をすればいいんでしょ?自由時間が終わったら、部屋で話そう。だから今は解散。もう少しフロアを調べさせて」

「…………」

そう言って彼女は、反対側の廊下の方へ向かってしまった。追っていい雰囲気ではなかったから、僕は仕方なく図書室に入って本を読むことにする。


図書室で本を物色していた僕は久しぶりに聖書を手に取る。10歳の頃に夢中になって読んで、それこそ暗記するくらい読み耽ったから、その後はそんなに読んでいなかった。ページを開くのは久しぶりだ。


僕はパラリと本を開き、適当に開いた箇所に目を通す。




明らかな懲らしめは
隠された愛にまさる。

愛する人の与える打ち傷は真実
憎む者の口づけは偽り。

引用:日本聖書協会『聖書 聖書協会共同訳』    箴言27.5,6




……火置さんは僕に、こういうところが嫌だとか、そういうのはよくないと思うとか、濁さずに言ってくれるな。


改めて僕は、彼女の僕に対する態度をありがたく思う。死ぬ前にいい友人に巡り会えてよかった。僕の悲劇も、少しは役に立つものだ。
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